第十二話_攻略の鍵
中庭の柔らかな光の中で、清十郎は自身のみぞおちを抑えたまま、アーデルミノスを見つめていた。
「あの村で…僕が意識を失いかけてから、ここに何か、ずっと温かな何かが残っているんです。」
「な…!?」
彼女は驚いたように清十郎の胸元を凝視する。
「…まさか、あの時のものが残っているのか? あれは瀕死のお前を救うため、一時的に魔力を定着させようと試みた、いわば一か八かの賭けだったのだが。」
アーデルミノス自身、異世界人である清十郎に自分の魔力を直接注ぎ込めばどうなるかなど、確信があったわけではない。
ただ、あの時はそうするしか彼を繋ぎ止める方法がなかったのだ。
「魔力…。それがこの温かさの正体なんですね。」
「おそらくはな。だが不思議だ…。通常、他者の魔力などすぐに霧散するか、拒絶反応を起こすものだが。セイジュウロー、その『温かなもの』を、自分の意思で動かすことはできないか?」
「動かす、ですか?」
清十郎が戸惑いながら問い返すと、アーデルミノスは真剣な表情で頷いた。
「我ら魔族やこの世界の人間は、無意識に自らの内にある魔力を感じ、それを操作することで魔法という力を発揮する。お前の中に私の魔力が留まっているのなら…その操作を覚えれば、お前も魔法を使えるようになるかもしれん。」
清十郎は、自分の内側に意識を向けてみた。
まだ「操作」なんて感覚は分からない。
だが、そこにある熱は確かに自分の一部であるかのように、静かに拍動していた。
「もう少し大きいともっと感じられるとは思うのですが…。」
少し考え、清十郎はぱっと思いついたように笑顔を向ける。
「アーデルミノスさん、良かったらもう一度ボクにその時の魔力定着を試してもらえませんか?」
アーデルミノスの端整な顔が、一瞬で朱に染まる。
「い、いや…!あれは…その、あの時は咄嗟にっ!?」
なぜか慌てて手をバタつかせるアーデルミノスだが、清十郎は理解できない。
そんな二人の様子を、中庭の入り口で控えていたジャブラが、咳払い一つで引き戻した。
「アーデルミノス様。…海竜将軍リア殿より、返信が届きました。」
その言葉に、アーデルミノスの表情が瞬時に引き締まる。
彼女は清十郎から一歩離れ、ジャブラが差し出した羊皮紙を受け取った。
「アマデウス様がセルスの傀儡になったと報じた私の手紙、まともに取り合わぬかと思っていたが…。」
アーデルミノスは手紙に目を落とす。
そこには、リアの整った、だが鋭い筆致で現在の魔王領の「歪み」が綴られていた。
「アーデルミノス。貴女の言う『従属の首輪』などという遺物の話、正直に言えばまだ信じるには足らないわ。
でも、今の魔王領においてセルス=バルハートがもたらしているのは『混沌』よ。
地竜将軍クラウハルトの離反、そして飛竜将軍フェルディナンドまでもが魔王様から距離を置き始めている…。三将軍が離散していくこの現状は、軍を預かる身として到底見過ごせるものではないわ。」
手紙の行間からは、現状を冷徹に分析しつつも、かつての戦友たちが消えていくことへのリアの静かな焦燥が滲んでいた。
「もし、貴女の手元にその『首輪』に支配された人間がいるという話が真実ならば、それを私に見せてくれるかしら。
確証さえあれば、私は海の軍勢と共に動く用意があるわ。…貴女の妄信でないことを祈っている。」
アーデルミノスは手紙を握りしめ、ふんと鼻で笑った。
「相変わらず、理屈っぽくて可愛げのない女だ。だが…無視せず返してきたということは、あいつもセルスという存在がもたらす『違和感』を感じている証拠だな。」
「海竜将軍…リアさん、ですか?」
清十郎の問いに、アーデルミノスは頷いた。
「ああ。アマデウス魔王軍のもう一人の将。海を支配する、極めて現実主義な女だ。ローデウス領とアマデウス領は陸で繋がっているが、あいつがセルス側に付けば、我々は常に海からの奇襲に怯えることになる。」
アーデルミノスは手紙をジャブラへ戻し、再び清十郎に視線を向けた。
「リアを納得させ、こちら側に引き込むには言葉だけでは足りん。リゼアという存在、そしてお前のような『例外』が鍵になる可能性がある。…覚悟はしておけよ。」
「もちろんですよ、仕事ですからね。…というより、命の恩人であるアナタのためなら、何でもやりますよ。」
清十郎は、自分の内側に宿る見知らぬ熱を、もう一度確かめるように抑えた。
それが何を意味するのかは分からないが、自分とアーデルミノスを繋ぐ確かな絆のように感じる。
「よし。そうこなくてはな!」
力強く笑うアーデルミノス。
しかし、清十郎の真っ直ぐな瞳に見つめ返され、またすぐにまた顔を真っ赤にして付け加えるのだった。
「…あ、あと、すまんが、魔力定着はそんな易々とできるものではない!また、折を見て…な。」




