第十話_決定的な決別
「なぜだ…。なぜ、こうなった…?」
巨大なワイバーンの背に跨りながら、フェルディナンドは混濁する思考を必死に繋ぎ止めていた。
あの兵士たちの狂気じみた言動は何だったのか。
記憶にない村の襲撃。
そして、対話を望もうとした瞬間に放たれた、あの不自然なまでに見事な一矢。
すべてが最悪のタイミングで噛み合い、彼を、そしてこの軍を逃れられぬ破滅へと引きずり込んでいる。
たった四人の勇者パーティーにより、飛竜将軍直下の精鋭部隊は半分以下にまで減っていた。
クライムの聖剣が振るわれるたび、魔族の戦列は紙細工のように切り裂かれ、イルゼの広域魔法とドルンの剛腕は、数に勝るはずの魔族兵は蹂躙された。
だが現在、戦況はワイバーン部隊の到着によって一変している。
「上空から仕掛けろ!地上に近づかなければ脅威はない!!」
防御魔法の要であるキフィルが右肩を射抜かれ、満足に呪文を紡げない今、勇者一行は致命的な隙を晒していた。
上空から降り注ぐ火の雨を、剣と斧、そしてイルゼの攻撃魔法を盾代わりにして防ぐしかない。
「フェルディナンド様!あの僧侶が傷を癒し、復活すれば厄介です!今のうちに…勇者どもを息の根を止めるしかありません!」
同じくワイバーンを駆る兵士が、血走った眼で叫ぶ。
確かにそれが上策。
だが、どうしても踏み出せない自分がいる。
思案を巡らせながら、フェルディナンドはふと視線を走らせた。
(待て…あやつは…?)
戦況を無理やり殺し合いへと誘導したあの弓兵。
戦場が乱戦に突入したというのに、彼は高台の岩陰に身を隠し、戦う様子もなくじっとこちらを観察していた。
まるで、舞台の首尾を見届ける観客のように。
「貴様ぁッ!!」
フェルディナンドはワイバーンを旋回させ、一気にその高台へと急降下した。
巨大な翼が巻き起こす突風で、岩肌が崩れ落ちる。
「ひっ…!?」
怯える弓兵を、フェルディナンドはワイバーンの背から手を伸ばし、その胸ぐらを掴み上げた。
「貴様、どこの部隊だ!?誰の差し金で戦場を汚したッ!」
四本の手のうち一本が、兵士の首をギリギリと締め上げる。
兵士は恐怖に顔を歪めながらも、やがて口の端を吊り上げ、卑屈な笑みを浮かべた。
「…オレがどこの兵士かなんて関係ない。…もう、この戦いは止められませんよ将軍…!勇者の怒りに、火が付いちまったんだからな!!」
その瞳の奥に宿る、冷酷な光。
フェルディナンドは、そこでようやく、この地獄を招いた真の黒幕が誰なのか理解した。
「セルス=バルハートッ!!あの女かッ!!」
激情に任せ、フェルディナンドはその兵士を八つ裂きにして投げ捨てる。
だが、分かったところで遅すぎた。
兵士の言った通り、もうこの戦場に「共存」という選択肢はない。
「――みなさん、もう大丈夫ですわ!聖なる光よ、我が友を導きたまえ!!」
眼下で、キフィルの清らかな声が響き渡る。
眩いばかりの魔力が勇者一行を包み、ついに光の勇者一行が反撃に転じる。
「行くぞみんな!悪を断ち斬るんだ!!」
キフィルの強化魔法を受けたクライムが、一跳びで高度数十メートルの上空まで舞い上がり、空を駆けるワイバーンの首を切り落とす。
「うおぉぉおッ!」
ドルンの巨大な斧が旋回し、生じさせた突風がワイバーンの編隊を叩き落としていく。
先ほどまでの優位は霧散し、戦場は一方的な「勇者による虐殺」へと変貌を遂げようとしていた。
「くっ…!戦う理由のない我らが、なぜこれほどまでに…!」
フェルディナンドは奥歯が砕けるほどに歯を食いしばった。
このままでは部隊は全滅する。
罠だと分かっていても、もはや剣を収めて言葉を交わせる状態ではない。
「全軍…全軍撤退ッ!散り散りになって逃げろ!命を繋げッ!」
悲痛な撤退命令が、戦場に響き渡る。
「逃がすかぁッ!」
その時、撤退に移ろうとしたフェルディナンドの背後から、クライムの鋭い咆哮が上がった。
振り返ると、光を纏ったクライムが空を蹴り、一気に距離を詰めてくる。
「神聖なる光刃!!」
振り抜かれた聖剣から、三日月形の巨大な光刃が放たれた。
逃げ遅れたワイバーンを瞬時に消し飛ばし、光の刃がフェルディナンドへ肉薄する。
「…ぐうぅッ!」
回避不能と悟ったフェルディナンドは、二本の巨剣を交差させ、守備を固める。
だが、キフィルの強化を受けた勇者の一撃は、魔族の将軍である彼の防御すら容易に粉砕する。
凄まじい硬質音と共に、巨剣が弾き飛ばされ、無防備になった胴体を、光の刃が深々と走り抜ける。
「がああぁッ!!」
肩から脇腹にかけて鮮血が激しく噴き出す。
袈裟斬りに切り裂かれた衝撃で、フェルディナンドの巨体は鞍から引き剥がされ、真っ逆さまに落下した。
「将軍!」
叩きつけられる直前、一軍のワイバーンが滑り込むように下降し、その背で彼を受け止めた。
「フェルディナンド様!しっかりしてください!!」
部下が必死に彼を支え、そのまま全力で高度を上げる。
勇者の追撃を振り切るように、彼らは散り散りに消えていった。
空を舞う血の飛沫を浴びながら、クライムは冷徹な眼差しでその影を睨みつける。
聖剣に滴る魔族の血。
その光景は、もはや「光の勇者」が掲げる平和とは、あまりにかけ離れたものだった。
正義の名の下に突き進む勇者と、汚名を着せられ敗走する忠義の将。
セルスの描いたシナリオ通りに、かつて共闘した者たちは、決定的な決別へと至った。




