第九話_奇妙な同盟
「…何をしている?」
重厚な扉を背に、ジャブラの冷徹な声が響いた。
その巨躯から放たれる威圧感に、メイルートは反射的に杖を握り直した。
「それはこっちのセリフよ…。これは何?リゼアに…彼女に一体何をしたのよ!」
メイルートは震える声で叫び、杖の先端に膨大な魔力を集約させ、臨戦態勢に入る。
敗戦の将がどのような末路を辿るか、彼女も魔法使いとして知識では知っている。
敵国に囚われ、このような変わり果てた姿にされることも、残酷な現実として納得できないわけではなかった。
だが、理性よりも先に感情が爆発する。かつてのライバルであり、目指すべき存在でもあったリゼアの状態が、メイルートの心を逆なでしていた。
「聞く耳もたぬか…仕方がないっ!」
ジャブラの額、布に隠れていた独眼が怪しく深紅に輝く。
「なっ!?」
刹那、メイルートの周囲に強力な拘束術式が展開された。
集約していた魔力は霧散し、指一本動かすことすら叶わない不可視の鎖が彼女を縛り上げる。
「…勇者パーティーの魔法使いよ、ここで我らがやりあえば、この同盟に支障が出る。ここは大人しくしてもらうぞ。」
落ち着いて言うジャブラとは反対に、リゼアは血走った目で彼を睨みつける。
「その女がなぜこうなったのか…その真実を話させて欲しい。貴公の怒りは、向けるべき先が違っている。」
緊迫した空気の中、リゼアは相変わらず無表情に虚空を見つめていた。
◇◇◇
晩餐会の場は一転して重苦しい対話の場へと変わっていた。
そこには、虚ろな瞳のまま椅子に座るメイド姿のリゼアも同席させられていた。
「偽って我が城を物色していたことは感心せんな。」
アーデルミノスがグラスを傾けながら、呆れたように鼻を鳴らす。
「…こんな秘密を隠している方が悪いのよ。」
拘束を解かれたメイルートが、毒づきながらも視線を逸らす。
お互いに軽い憎まれ口を叩き合ったが、話題はすぐに避けては通れない本題へと移った。
「――『勇者の遺物』、従属の首輪。」
リゼアの口から放たれたその言葉は、あまりにも現実味がなかった。
彼女は感情の消えた淡々とした口調で、自分がその首輪によって心を砕かれ、支配された経緯を説明していく。
かつての彼女なら決して見せなかった、敗北と屈辱の物語。
しかし、一切の虚飾がないからこそ、その話には戦慄するほどの信憑性が宿っていた。
「…魔族でもないあんたが、どうしてそんな首輪に?」
メイルートの問いに、リゼアはただ首を振る。首輪の正体も、誰がそれを用意したのかも、リゼア自身にも分からない。
あまりに不確定要素が多く、不可解で危うい「遺物」。
「一人だけ、その真実を知っていそうな人物がいますよ。」
静かに口を開いたのは、清十郎だった。
「勇者降臨の地、バルハート帝国…その第一王女、セルス=バルハート。魔王アマデウス様をもこの首輪の支配下に置き、傀儡とした彼女なら、あるいは。」
その言葉に、ジノーブスの大使を含む勇者一行に衝撃が走った。
「なっ…魔王アマデウスが、支配されて…!?」
「真実だ。」
アーデルミノスが、重々しく肯定する。
「この清十郎が、実際に魔王城でアマデウス殿に謁見し、その首に嵌められた首輪と、意思を奪われた姿をその目で見ている。」
「これは…世界を揺るがす大事だぞ!すぐに本国へ報告を!」
あたふたと騒ぎ立てる大使を、グレイが鋭い一言で黙らせた。
「騒ぐな、おっさん。…こんなことが公になれば、大陸全土を巻き込んだ大戦乱になる。バルハートが何を企んでいるかは知らねえが、世界がひっくり返るぞ。」
「ふん。ただの戦闘狂かと思っていたが、さすがは勇者というところか…。」
アーデルミノスが、グレイの冷静さを認めるように小さく笑った。
「我らはアマデウス魔王領の奪還を狙っている。だからこそ、今はジノーブスには動いてほしくない。後顧の憂いは取り除いておきたいのでな。」
大使は相変わらず狼狽えているが、グレイとメイルートの瞳には思案の光が宿っていた。
「…つまり、そのセルスっていう王女を捕縛すれば、首輪の真実を、あるいは『死』以外の解決方法を聞き出せる可能性がある、ってことね?」
メイルートの問いに、アーデルミノスは短く答える。
「断言はできん。だが、唯一の希望であることは間違いなかろう。」
それを聞いたメイルートは、決然と顔を上げた。
「いいわ、協力してあげる。…でも、一つ条件があるわ。」
「おい、メイルート!何を勝手に決めてんだ!」
焦るグレイを無視して、彼女はアーデルミノスを真っ直ぐに見据えた。
「私も、アマデウス領奪還…そしてセルス=バルハートの確保に連れていってもらうわ。リゼアの心を戻せる可能性があるなら、一秒だって待ってられないの。」
「何言ってんだ、これは俺たちのパーティーの問題だろ!」
「グレイ、あんたたちは関係ないわよ。好きにすればいいわ。これは、私の問題なの…。」
メイルートの頑固な言葉に、それまで静かにしていたガルーダがボソリと口を開く。
「…たくさん殺せるなら、私もメイルートについていく。」
グレイは頭をかき乱し、「ああああっ!」と天を仰いで絶叫した。
そして、観念したように大きく溜息をつく。
「…分かったよ、クソ!俺たちはパーティーだろ?なんで俺だけ仲間外れなんだよ!」
目の前のグラスに並々と注がれたワインを一気に煽ると、続ける。
「わかった、協力する。俺も行かせろ!」
勇者グレイの予想外の申し出に、今度はアーデルミノス一行が戸惑いの表情を浮かべる番だった
表面上の危うい状態だった同盟の対談が、一つの目的のために結びつく。
アマデウス領奪還、そしてセルスの捕縛を目的とした奇妙な連合軍がここに誕生した。




