第七話_交渉と罠
「で、旦那。これからどうするんで?」
巨漢のドルンが、地響きのような声で問いかけた。
その視線の先では、光の勇者クライムが一点の曇りもない眼差しで北の空を見据えている。
「すぐに飛竜将軍の元に向かおう、一刻を争う事態だ。」
「相変わらず決断が早ぇな。事を急ぎすぎるのは博打に近いが…まあ、その即断即決こそがアンタの良いところだけどな。」
魔法使いのイルゼが、呆れたように、しかし信頼を込めて笑う。
隣では賢者のキフィルが、祈るように胸元で手を組んだ。
「飛竜将軍フェルディナンド閣下とは、以前魔物討伐で共闘したことがありますわ。クライム様が誠心誠意話せば、きっと耳を傾けてくださるはずです。」
「ああ、彼は実直な武人だが、決して話の通じない相手ではない。人と魔の融合こそがこの世界の未来に繋がると、僕の言葉で説いてみせるよ。」
クライムの言葉には、絶対的な正義への確信が宿っていた。
自分が正しい道を進んでいるという自負。
それが彼の輝きであり、同時に危うさでもあった。
「もしもの時は、僕たち勇者パーティーが間に入って取り持とうじゃないか!」
仲間に向けた眩い笑顔。
一行は、せめて食事だけでもと引き止めるセルス王女の申し出を丁寧に断り、反乱軍の駐屯地へと馬を走らせた。
◇◇◇
勇者一行が去り、静まり返った謁見の間。
王座の傍らに立つバルハート帝国の将が、低く、懸念を含んだ声でセルスに語りかけた。
「王女殿下…飛竜将軍とクライムには過去に接点がございます。万が一、彼らが結託し、我らへの反抗勢力としてまとまる可能性も否定できませんが?」
セルスは優雅に椅子に深く腰掛け、鼻で小さく笑った。
「案ずるな、ゴミどもが何人集まろうが私の敵ではない。だが、せっかくの舞台だ…。」
彼女の指先が、無意識に自らの唇をなぞる。
「…飛竜将軍には、すでに『土産』を送り届けてある。さあ『人間』ども、存分に踊るがいい。」
◇◇◇
クライム一行が辿り着いた反乱軍の陣営は、拍子抜けするほどすんなりと彼らを迎え入れた。
「光の勇者殿が我ら側に付いてくださるぞ!」という魔族兵たちの歓声さえ聞こえてくる。
「…旦那、連中、盛大に勘違いしてやがらねぇか?」
ドルンが斧の柄を握り直し、否定の言葉を口にしようとしたが、クライムがそれを手で制した。
今は誤解を解くよりも、まずはフェルディナンドと会うことが先決だ。
やがて天幕が開き、四本の屈強な腕を持つ多腕魔族――飛竜将軍フェルディナンドが姿を現した。
威厳に満ちたその姿に対し、クライムたちは勇者としての敬意を示す。
「堅苦しい挨拶は抜きにしよう。貴公らとは対等な立場で話したい。」
フェルディナンドは椅子を勧め、重々しく問いかけた。
「…どこまで聞いている?」
「人と魔の融合を、貴公らが拒んでいると。バルハート王女と魔王アマデウス様の婚約が成った今、時代は共存へと舵を切るべきではないのですか?」
クライムの問いに、フェルディナンドは深い溜息をついた。
「貴公らが魔王城からこちらに向かっていると聞いて、嫌な予感はしていたが…。やはり、我ら側が一方的に『悪』として吹き込まれているのだな?」
「魔王城で傷ついた兵たちを見ました。友好を結ぶべき同胞に対し、刃を向けるのは間違っている。」
クライムの正論に対し、フェルディナンドの眼光が鋭さを増した。
「…貴公は、アマデウス様の『眼』を直に見たか?セルス=バルハートの計略にかかり、あろうことか傀儡へと成り果ててしまった主君の姿を!」
その言葉に、キフィルが即座に反論する。
「私の分析の魔法は、何の反応も示しませんでしたわ。あの方に術が掛かっている形跡など微塵も…。」
「彼女の魔法は一級品だ。並大抵の隠蔽術じゃ騙せやしねぇよ。」
イルゼが自信たっぷりに付け加える。
フェルディナンドは絶望に似た苛立ちを見せ、天を仰いだ。
「話にならん…。こちらの話を聞く耳を持たぬというなら、これ以上の対談は無用だ。何もせず、今すぐ自国へ立ち去ってはくれんか?」
その時だった。
天幕の外から、割れんばかりの歓声が沸き起こった。
「何事だ!」
フェルディナンドが天幕を飛び出し、勇者一行もそれに続く。
そこで彼らの目に飛び込んできたのは、言語を絶する地獄絵図。
広場に積み上げられた、大量のバルハート兵の死体。
そしてその中には、武装すらしていない、幼い子供や老人を含む一般人の亡骸が混じっていた。
「…なんだ、これは?」
フェルディナンドが戦慄する。
だが、その部下である魔族兵の一人が、返り血を浴びた顔で得意げに胸を張った。
「報告します!将軍のご命令通り、バルハート帝国の村を襲撃した成果です!魔王様を誑かそうとする人間どもへの見せしめとしては、最高の結果かと!」
「貴様…誰の命令でこんな真似をッ!」
フェルディナンドが叫ぶが、部下は逆に「将軍、何を仰っているのですか…?」と当惑の表情を浮かべる。
「フェルディナンド殿、これは一体…どう説明をしてくれるのですか!?」
クライムの声が怒りに震える。
イルゼもドルンも、武器に手をかけ、周囲を包囲する魔族兵たちを睨みつけた。
その時、死体の山の中から、一人の少女の泣き声が響いた。
「パパ…ママ…どこにいるの?」
泥と血にまみれた小さな少女が、力なく這い出してくる。
「今助けるよ!」とクライムが駆け寄ろうとした、その瞬間――。
近くにいた魔族兵が、無慈悲にその槍を少女の背中に突き立てた。
「ヒッ…あ…。」
絶望の表情を浮かべたまま、少女は息絶える。
それを刺した魔族兵は、「人間など、こうして殺すのが一番だ」と嘲笑を浮かべている。
「…貴様ぁッ!!」
一閃。
クライムの聖剣が、一瞬でその魔族兵を両断した。
「て、敵襲ッ!敵襲!!総員、構えろ!」
周囲の魔族兵たちが一斉に武器を掲げ、包囲網を縮めていく。
「フェルディナンド…これは、紛れもない悪だ。勇者の名の下に、貴様らを許しておくわけにはいかない!」
クライムが兵士の奥にいるフェルディナンドを睨みつける。
「待て!何かの間違いだ、これは罠だ!」
フェルディナンドは必死に叫ぶが、すでに戦いの火蓋は切って落とされた。
部下たちは「将軍を守れ!」と咆哮し、勇者一行へと襲いかかる。
遠く魔王城の窓辺で、セルスはその光景を思い描きながら、静かに極上の蜜を味わうように微笑んでいた。




