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第五章_城の秘密

アーデルミノス城の晩餐会は、奇妙な静寂と賑やかさが同居する場となっていた。

円卓には魔王領の珍味や芳醇なワインが並び、ジノーブス連邦の大使は「これほどとは!」と上機嫌で舌鼓を打っている。

しかし、その傍らに座る勇者グレイとメイルートの表情は、依然として鉄仮面のように硬いままであった。


「…おい、勇者よ。そんな面構えをしていては、せっかくの料理も味がせんだろう?」


アーデルミノスが、自身の杯を傾けながら不敵に笑う。


「全くですよ。せっかくの豪華な食事なんですから、楽しまないと損ですよ、ね?」


そう言って笑いながら、清十郎は和やかに肉料理を頬張る。

その真横、本来なら護衛や給仕が立つべき場所に、なぜか戦士ガルーダがぴったりと腰を下ろしていた。

先刻、一瞬で組み伏せられた屈辱などどこへやら、彼女は獲物を見定めた獣のような、あるいは純粋に強者に惹かれた少女のような瞳で、清十郎をじっと見つめている。


「それにしても…ガルーダと言ったか。お前、流石に距離が近すぎないか?」


アーデルミノスが眉をひそめて指摘するが、ガルーダはどこ吹く風。

清十郎の肩に触れるほどの距離で、その一挙手一投足を観察し続けている。


「…放っておきなさい。その子は根っからの戦闘狂なのよ。そこの『勇者殺し』の底知れない強さに、すっかり心を奪われてしまったんでしょ。」


メイルートが、吐き捨てるように、しかしどこか呆れた様子で口を開いた。

彼女は手元のグラスにはほとんど手をつけず、冷めた瞳で広間を見渡している。


「…少し酔ってしまったみたい。外の空気を吸いに行っても構わないかしら?」


「案内致します、メイルート様。」


一人の魔族のメイドが恭しく近づこうとするが、メイルートはそれを杖の先で制した。


「いいわ、一人でいたいの。それとも…この城には、私に見られては困るような『隠し事』でもあるのかしら?」


挑発的な言葉に、副官のジャブラが色めき立つが、アーデルミノスは小さく溜息をついて手を振った。


「やれやれ、好きにしろ。ただし、迷い込んで消し炭になっても知らんぞ?」


◇◇◇


一人で廊下に出たメイルートは、喧騒が遠のくのを確認すると、すぐにその仮面を脱ぎ捨てた。

彼女の目的は最初から「散歩」などではない。


(…ヘパルディアの連中が全滅したという話、どこまでが真実なの?)


公式対談の場では、アレクたちが清十郎に敗れたことまでは聞き出せたが、その後のパーティーメンバーの行方については、アーデルミノスもジャブラも口が重かった。

こちらとしても、あまり深追いすれば変に勘ぐられる可能性もあり、自重せざるを得なかったのだ。


(リゼア、あんた本当に死んだの? それとも…。)


メイルートは杖の先端に魔力を込める。


「――追跡トレース。…対象の波長を炙り出せ。」


発動したのは追跡の魔法。

範囲こそ狭いが、あらかじめ記憶させておいた特定の魔力波長を感知し、その位置を特定する高等魔法だ。

かつてヘパルディアの「天才魔法使い」として、同じ魔道に身を置くライバルだったリゼアの魔力なら、この城のどこかに少しでも残っていれば、必ず捉えられるはずだった。


(もし囚われているのなら、願ってもないことだわ。あの高慢な秀才が、魔族に奴隷として飼われている様を、存分に拝んで笑ってやりたい…。)


歪んだ愉悦を胸に、杖の光が指し示す方向へと足を早める。

入り組んだ廊下を抜け、兵舎から離れた静かな区画へと辿り着いた時、杖の先端が強く拍動した。

光が差し示したのは、何の変哲もない客間の一室。


(…ここ?)


客人として丁重に扱われているのか、あるいは魔族の慰み者にでもなっているのか。

様々な憶測が頭をよぎる。

メイルートはドアを数回ノックしたが、内側からの反応はない。

試しにノブを回したが、内側から厳重に鍵がかかっているようだ。


「…少し乱暴にいかせてもらうわよ。」


メイルートは杖に緋色の炎を纏わせ、魔法の鍵を焼き切った。

静かに、しかし心臓の鼓動を早めながら、扉を押し開く。

部屋の奥、月明かりが差し込むベッドの上に、一人の女性が腰掛けていた。


「…リ、ゼア?」


久々の再会だった。

常に自分の前には彼女がいた。

魔法学園の成績も、勇者のパーティーに選ばれたのも、常に彼女が先を行っていた。

だからこそ、いつか見返してやりたかった。

ヘパルディアの勇者が魔王軍に敗退したと聞いた時、そのパーティーも残らず殲滅されたと報告を受けた時、メイルートの胸を締め付けたのは、驚きと同時に「もう彼女に追いつけない」という強烈な喪失感と怒りだった。


だが、いざ目の前にリゼアを捉えた時、メイルートの口からは安堵の吐息が漏れた。


「あんた、生きてたのね…。」


優しくそう言い、その顔を覗き込もうとして、メイルートは絶句した。

月明かりに照らされたリゼアの服装――。

それは、かつて誇り高く纏っていた魔法使いの法衣ではなく、魔王軍の紋章が入った「メイド服」だった。


「えっ…?あんた、魔族のメイドなんかやらされてるの!?」


次の瞬間、我慢しきれないといった様子で笑いが込み上げてきた。

あの傲慢な、常に自分こそが至高だと信じて疑わなかったリゼアが、エプロンを締めて魔族に跪いている。


「あははっ!いい気味ね、リゼア!負け犬のあんたにはお似合いの格好じゃない!」


膝を叩いて笑い飛ばし、屈辱に歪むであろう親友の顔を楽しもうとした。


――しかし、何かがおかしい。

リゼアは何の反応も見せなかった。

それどころか、月明かりの差す窓の外を虚ろに見つめたまま、瞬き一つせず微動だにしていない。

呼吸はしている。

だが、まるで精巧な人形がそこに置かれているかのように、彼女の存在からは「生」の気配が抜け落ちていた。


「…リゼア? ちょっと、聞いてるの?」


メイルートは背筋を走る奇妙な悪寒に、笑い声を止めた。

返事はない。

呼びかけはおろか、こちらの存在すら認識していないような静止。


「洗脳?いえ、あんたほどの術者がそんな単純な術にかかるわけ…。」


メイルートは瞬時に「分析アセス」の魔法を展開した。

対象の精神状態、術式の残滓、魔力の流れ。それらすべてを白日の下に晒す鑑定。

しかし、術を終えたメイルートの指先は、絶望に震えていた。


「なんなの…これ?術式が見えない…。空っぽなの?魂の、形そのものが…。」


リゼアの瞳には光がなく、ただ暗い深淵が横たわっている。

魔法的な欠陥ではない。まるで、中身を丸ごと抜き取られたかのような、絶対的な「不在」。

その戦慄の沈黙を破り、背後で扉が勢いよく開かれた。


「…何をしている?」


そこには、月光を遮るように立つジャブラの巨大な影があった。

その冷徹な瞳が、秘密の部屋に足を踏み入れた不届き者を見据える。

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