第四話_公開対談
アーデルミノス城、その大広間は異様な熱気に包まれていた。
頭上ではローデウス魔王軍の旗とジノーブス連邦の旗が並んで掲げられているが、それを見上げる兵士や市民たちの瞳には、未だに隠しきれない敵意が宿っている。
無理もなかった。
つい先日まで、ここは人間至上主義を掲げるヘパルディア王国と血みどろの小競り合いを続けてきた最前線なのだ。
上層部が握手を交わしたからといって、家族や仲間を殺された憎しみが数日で消えるはずもない。
この公式対談は、そんな現場の不穏な空気を鎮めるための「儀式」でもあった。
「――以上の通り、ヘパルディア平定に伴う魔族奴隷の処遇については、ジノーブス連邦としても段階的な解放、及び法的な身分保障を約束しよう。」
大広間の中心、円卓を挟んで大使が述べる。
ジノーブス連邦にも奴隷制度は存在するが、それは人種を問わない罪人や債務者に対するものであり、魔族というだけで鞭打たれるヘパルディアのそれとは異なっていた。
「我が国の北部を守護する『光の勇者』クライム殿の強い要望もあり、この決定は連邦議会においても遵守される。」
大使がその名を口にすると、場内の魔族たちの間に微かなどよめきが起きた。
光の勇者クライム。
彼は魔族領の境界付近においても、種族を問わず魔獣や盗賊から人々を救っているという。
その清廉潔白な影響力は、敵対していたはずの魔族の間でも無視できないものとなっていた。
「…光の勇者、か。相変わらず人気だな。」
列席していた勇者グレイが、面白くなさそうに鼻を鳴らした。
その態度は、友好的な対談の場には相応しくないものだったが、アーデルミノスはそれを一瞥するに留めた。
魔族奴隷の身柄を一時的に魔王領で預かること、そして通行証による二国間の往来の許可。主要な議題は概ね穏やかに合意に達し、公開対談は表面上の平和を保ったまま幕を閉じた。
◇◆◇
その後、場所を城内の応接室へ移し、限られた者たちだけでの非公式な会合が持たれた。
「光の勇者殿の尽力もあり、大きな混乱なく終えられたことに感謝する。」
アーデルミノスが、重厚なソファに深く腰掛けながら大使に言葉を掛けた。
大使もようやく「大役を終えた」と言わんばかりに、ホッと胸を撫で下ろしている。
だが、アーデルミノスの視線はすぐに、部屋の隅で不機嫌そうに佇むグレイ一行へと向けられた。
「それにしても…勇者グレイ。貴公らも一国の代表として同行しているのなら、もう少しその剥き出しの殺気を抑えてくれんか。商談の場が台無しだ。」
「あぁ?文句あるのかよ。魔族の城で大人しくしてろってのか?」
「ヘパルディアの勇者パーティーを壊滅させたのはアナタだって聞いてるわよ。そんな危険な女と同じ部屋にいるのよ? 殺気立つのも当たり前でしょ。」
メイルートも、冷ややかな視線でアーデルミノスを睨みつける。
その言葉に、副官のジャブラが激昂して一歩前に出た。
「貴様、あれは奴らが先に――!」
「よせ、ジャブラ。…案ずるな、ジノーブスの勇者たちよ。我らは同盟を重んじる。こちらから手出しするつもりはない。」
アーデルミノスが制すると、グレイは低く、地を這うような声で問いかけた。
「……でどっちだ。どっちがアレクを殺ったんだ? あんたか、それとも――。」
その問いに、部屋の空気が凍りついた。
その沈黙を破ったのは、あまりにも場違いなほど軽やかな声だった。
「…ボクですよ。」
控えめに、しかしはっきりと。
一歩前に出たのは、柔和な笑みを浮かべた清十郎だった。
威圧感を放つアーデルミノスやジャブラに比べ、あまりに「普通」の青年。
ジノーブスの一行は、驚きに目を見開いた。
「へぇ…。」
唯一、ガルーダだけが獲物を見つけた獣のように小さく笑った。
「お前みたいなヒョロい男が、あのアレクをだと?笑わせるな。嘘を吐くにしても、もう少しマシな奴を用意しろ。」
グレイが鼻で笑い飛ばす。
だが清十郎は、困ったように眉を下げてサラリと返した。
「いえ、本当ですよ?嘘をついても仕方がありませんから。」
その瞬間、事態が動いた。
ガルーダの姿が掻き消える。
彼女は隠し持っていた小刀を抜き放つと、常人には捉えきれない速度で清十郎の死角、後方へと回り込んだ。
「っ!?貴様、何をするッ!」
アーデルミノスが叫ぶ。
だが、その時にはすでに勝負は決していた。
「――急に物騒じゃないですか。」
ガルーダは背後に回り込んだはずだった。
だが、彼女が刃を突き立てようとした場所には誰もいない。
逆に、ガルーダの背後に立っていたのは、いつの間にか移動していた清十郎だった。
ガルーダが手放したはずのない小刀は、今や清十郎の手にあり、その刃は彼女自身の細い首筋にピタリと添えられている。
「…なっ!?」
グレイとメイルートの顔から血の気が引いた。
彼らの目を持ってしても、清十郎がどう動いたのか、いつ武器を奪ったのか、全く視認できなかったのだ。
「せっかくの同盟です。穏便にいきましょう。」
清十郎は爽やかに笑いながら、奪った小刀をくるりと回して、困惑するガルーダの手元へ優しく返した。
その場にいたジノーブスの勇者たちは、戦慄と共に理解する。
ヘパルディア勇者パーティーの殲滅。
たしかに目の前にいるこの「異質な男」ならば実現可能だったのだろうと。




