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第二話_光の勇者

新興国家「ジノーブス連邦」――。

それは、魔獣の脅威に晒された周辺の小国や自治都市が、生存を賭けて寄り添うように結成された多民族・多国家連合である。

広大な領土を抱えるこの連邦において、平和を維持するための象徴たる「勇者」は一人ではない。

血気盛んで「南部の狂犬」と恐れられ、力による解決を信条とする勇者グレイ率いるパーティーが南部守護。

一方で、北部の民から絶大な信頼を寄せられ、慈愛の象徴として仰がれているのが、もう一人の勇者、クライムであった。

北方の雪原に巣食う巨大魔獣の討伐を完遂し、連邦の首都へと凱旋したクライムの一行を、市民たちは狂喜乱舞で迎えていた。


「さすが北部の守護神、光の勇者様だ!あの冷原の主を傷一つ負わずに仕留めるなんて、神業としか言いようがない!」


「勇者様はこの足でアマデウス魔王領に向かわれるらしいぞ。ついに魔王討伐か?乱世も終わりだな!」


「いや、あの御方がそんな力任せなことをするはずがない。光の勇者様は、魔族との共存を誰よりも望んでおられるのだから…きっと対話で平和を導いてくださるさ。」


沿道を埋め尽くす市民たちの賞賛と期待の声。

白馬に跨り、透き通るような銀髪を春風に靡かせる青年、クライムは、誰に対しても分け隔てなく柔らかな微笑みを返していた。

その端正な容姿と、弱きを助け強きを挫く慈愛に満ちた振る舞いは、民衆にとって文字通り「希望の光」そのものであった。

民衆の熱狂的な歓声を背に受けながら、クライムは希望に満ちた晴れやかな顔を仲間に向けた。


「…ローデウス魔王軍との同盟が成った今、私たちの悲願だった『真の共存』が、ようやく現実味を帯びてきたよ。世界が、変わろうとしているんだ!」


「そうですわね。魔族を激しく迫害していた旧ヘパルディアが瓦解したことも、きっと神のお導きですわ。血で血を洗う時代は、もう過去のものになるべきなのです。」


クライムの隣で、祈るように胸元で手を組んだのは僧侶のキフィルだ。

おしとやかな佇まいの少女でありながら、その瞳には聖職者のような強い意志が宿っている。

彼女の放つ神聖魔法は、これまで数多の傷ついた兵士や民を救ってきた。


「ガハハ!旦那がそう言うと、本当に実現しちまいそうに聞こえるから不思議だぜ。俺みたいなデカ物でも受け入れてくれる世の中、悪くねぇな!」


豪快に笑い、巨大な斧を肩に担ぎ直したのは、巨漢の戦士ドルンだ。

彼は一つ目の魔族でありながら、クライムの掲げる理想に心酔し、魔族でありながら勇者の盾となる道を選んだ。

彼が存在すること自体が、クライムの掲げる「共存」の証明でもあった。


「ああ。魔王アマデウスは元々魔族至上主義の権化、人間など虫ケラ程度にしか思っていなかったらしいが、風向きが変わった。最近、バルハート帝国の第一王女と婚姻を結んだって話だぜ?あの誇り高い魔王が人間を娶ったんだ。人と魔の融和は、案外もう目の前まで来てるのかも知れねぇな。」


整えられた髭を指先で弄り、どこか食えない、しかし確かな期待を込めた笑みを浮かべるのは魔法使いのイルゼだ。

パーティーの知恵袋である彼は、各国の裏事情や最新の政情にも精通していた。


「バルハート帝国とはこれまで交流がなかったが、それは素晴らしい情報だイルゼ!王女を迎え入れ、一族として認めたのであれば、対話の余地は十分にある。アマデウスもまた、変革を望んでいる証拠だ。」


クライムは確信に満ちた表情で力強く頷いた。


「上層部には既に許可を取ってある。私たちはこのまま北の国境を越えてアマデウス領へ入り、魔王アマデウスと直接対談を行う。そして、平和同盟を提案する。剣で支配し、恐怖で統治する時代は、もう終わりにしよう。私たちは、新しい時代の先駆者になるんだ!」


希望に満ちた勇者クライムが、腰に帯びた黄金の聖剣を高く掲げた。

春の柔らかな太陽の光を反射し、眩いばかりに輝くその刃。

民衆の歓声は最高潮に達し、誰もが新しい時代の幕開けを信じて疑わなかった。


◇◇◇


その熱狂の渦を、王城の高い窓から見下ろす影があった。

ジノーブス連邦の政治を司る「賢人会議」の上層部たちである。

彼らは民衆のような純粋な歓喜ではなく、冷徹な計算が透けて見えるような、薄汚れた笑みを浮かべていた。


「見ろ、あの民の熱狂を。もはやクライムの言葉は神託にも等しい。あの輝きこそが、我ら連邦の最大の武器よ。」


一人の老議員が、高級なワイングラスを傾けながら満足げに頷く。

隣に立つ外務官が、それに応えるように不敵な笑みを浮かべた。


「ええ。南部のグレイがローデウスを抑え、北部のクライムがアマデウスを懐柔すれば、この世界のパワーバランスは完全に我が国の掌の上です。武力による制圧など、もはや古臭い。光の勇者が魔王を心酔させれば、実質的にジノーブスが世界を牛耳ったも同然…。」


「勇者降臨の地と触れ回り、我ら新興国家を見下してきたバルハート帝国とて、いずれは膝を屈し、ジノーブスに降るでしょうな。聖剣に選ばれた勇者を二人も保有する我が国こそ、この世界の中心でなくてはならんのだ。」


老議員は窓から視線を外し、部屋の奥に鎮座する巨大な地図に目を向けた。


「クライムには存分に、その『平和の理想』とやらをアマデウスの地で振り撒いてもらうとしよう。彼の純粋さが、我らの覇道を最も美しく彩るのだからな。」


彼らの傲慢な野心など露知らず、光の勇者はその聖なる輝きを纏い、深淵の待つ北へと歩みを進める。

ジノーブス連邦の暗い欲望と、クライムの純粋な理想。

二つの相反する想いを乗せて、運命の歯車は冷酷に回り始めていた。

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