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第一話_同盟と動揺

ローデウス魔王軍の宰相、ジャミロクワイ。

その怜悧かつ冷徹なまでの政治手腕により、魔王軍とジノーブス連邦との同盟交渉は、周囲の予想を裏切るほどの速さで妥結へと至った。

両者が手を取った背景には、双方の利害が複雑に絡み合っていた。


一方、清十郎によるアマデウス領での王女セルス暗殺未遂――。

あの一件以来、アマデウス側からは驚くほど何の反応も示されていない。

清十郎とクラウハルトが命からがら脱出した後、数日が経過しても、魔王城の動向は沈黙を守ったままだった。

ローデウス側は最悪の事態、すなわち全面戦争を想定し、アマデウス領に隣接する深い森一帯に、精鋭部隊の配備を継続している。

しかし、国境付近には兵の影一つなく、不気味なほどの静寂が森を支配していた。

それは嵐の前の静けさなのか、あるいはさらに深い深淵の企みが進行している証なのか。


◆◆◆


「魔族と同盟だと!?ふざけるな、何が平和だッ!」


旧ヘパルディア王国の王都。

現在はジノーブス連邦の施政下にある、重厚な石造りの会議室。

その張り詰めた静寂を、一人の男の怒声が容赦なく切り裂いた。


「同感ね。ヘパルディアを平らげた次は、そのままローデウスまで一気に制圧するって聞いてたわ。それが何?握手して仲良くしましょう、ですって?上の連中ときたら、随分と悠長なことね!」


勇者グレイの隣で、不満げに真っ赤な唇を噛むのは、連邦屈指の魔導師メイルートだ。

彼女は苛立ちからか、指先で机にを規則的に鳴らしている。


「…ヘパルディア全土の完全な平定には、予想以上のリソースを割かれているのだ。今は他国と戦火を交えている余裕はない。それが本国の下した、現実的な結論なのだよ。」


本国から派遣された大使の男が、深い溜息と共に眉間を揉む。

勇者パーティーという、国家の最高戦力でありながら制御の難しい「刃」をなだめるのは、彼の胃を焼くような重労働だった。

だが、グレイは納得した様子もなく、手近にあったワイングラスを乱暴に掴むと、一気に喉へ流し込んだ。


「どうせ、本国の保守派のジジイ共が、保身のために勝手に決めたんだろ。腰抜けの集まりが!」


ドン、と乱暴に置かれたグラスが机の上で音を立てる。


「いや…もしかして、アイツ等も絡んでるのか?」


一瞬眉を潜めるグレイ。

その部屋の隅、影の落ちる場所では、パーティーの殿しんがりを務める女戦士ガルーダが、一人黙々と短剣を研いでいた。


シャリ…シャリ…と、一定のリズムで響くその音は、どこか死の予感を孕んでいる。


「…残念。しばらく殺せないんだ。」


独り言のように漏れたのは、あまりに猟奇的な、純粋な殺意の言葉。

その濁った瞳には、平和への安堵など微塵も宿っていなかった。

彼女にとって、平和とは退屈という名の拷問に等しい。


「で、これから俺たちは何をすりゃいいんだ? 暇つぶしに国境の魔物狩りでも行かせてくれるのか?」


「いや。貴公らには、旧ヘパルディアに隣接する魔王軍の要塞――魔軍司令アーデルミノスの居城で行われる『公式対談』に同行してもらいたい。もちろん、護衛としてな。」


まつりごとなんて、お前ら役人で勝手にやってくれよ。俺たち勇者パーティーの仕事じゃない。」


うんざりした顔で吐き捨てるグレイだったが、大使は逃がさぬと言わんばかりに真剣な眼差しを向けた。


「我がジノーブス連邦が魔族ごときに舐められぬよう、武の象徴である『勇者』が必要なのだ。これは国家としての威信、そして今後のパワーバランスを決定づける重要な任務なのだよ。」


「…ちっ、くだらねぇ」


毒づきながらも、グレイは背もたれに深く体を預け、それ以上の拒絶はしなかった。

一方、メイルートは静かに瞳を閉じ、脳内で策を練り始めていた。

行方不明になっているヘパルディア勇者パーティーの魔法使いリゼア。

あの高慢な女がどこで野垂れ死んだのか、あるいは魔族に捕らわれているのか。

情報を聞き出し、あざ笑ってやる絶好の機会かもしれない。


「ねえ…うっかり、誰か殺しちゃってもいいのかな?」


ガルーダが無邪気な、子供のような声音で問いかける。

大使はそれに答えず、ただ天を仰いで、さらに深い溜息をつくだけだった。


◇◆◇


その頃、魔軍司令アーデルミノスの居城。

そこでは、ジノーブス連邦の使節団を迎えるための準備で、魔族の兵たちが慌ただしく走り回っていた。


「…リゼアはどう致しましょうか?現在はメイドとして、最低限の立ち回りはこなしてはおりますが…元勇者パーティーの一員。いつ、どこでボロが出るか分かったものではありません。」


副官のジャブラが、執務机に座るアーデルミノスに懸念を伝える。


「そうだな…我々が人間を奴隷のように酷使していると奴らに知れれば、同盟の初期段階としては印象が悪くなりかねんからな。……対談の間だけは、リゼアを奥の部屋に閉じ込めておくか。あるいは、顔を隠させておくのが無難だろう。」


その時だった。


「城全体が慌ただしいですね。お客さんでも招くんですか?」


不意に重厚な扉が開かれ、一人の男が執務室に入ってきた。

清十郎だ。


「…ッ!?セ、セイジュウローか!」


清十郎の姿を認めた瞬間、アーデルミノスは椅子から飛び上がるほど動揺し、持っていた羽根ペンを落としそうになった。

彼女は不自然なほど素早く視線を窓の外へと逸らす。


「も、もういいのか?体の方は…その、無理をしていないだろうな?まだ安静にしていろと言ったはずだが。」


「ええ、マーベルさんとアーデルミノスさんの魔法のおかげで、もうすっかり。…でもなぜだか分かりませんが、以前よりも妙に体調が良いんですよ。体の内側が温かいというか…。」


胸を軽く抑え、少し不思議そうな顔を見せる清十郎。

その言葉を聞いたジャブラが首を傾げた。


「…アーデルミノス様の『魔法』?司令は武官、我ら魔族の治療法ならともかく、人間を癒やすような回復魔法など、お使いになられないはずでは?」


その鋭い指摘に、アーデルミノスの肩がビクンと跳ねた。


「あ…ああ!それは、そのッ!思った以上にセイジュウローの回復には膨大な魔力が必要だったようでな!人間の魔力だけでは足りなかったから、私の魔力を…少し、こう、直接貸してやったのだッ!」


なぜか焦ったように声が裏返り、説明が支離滅裂になっていくアーデルミノス。

そんな彼女を見て、ジャブラも清十郎も、なぜ彼女がこれほどまでに挙動不審なのか、全く見当がつかない様子だった。

アーデルミノスは真っ赤になった顔を隠すように力強い咳払いをし、強引に話を転換する。


「…話を戻すぞ!お前が眠っている間に、ジノーブスとの同盟が正式に結ばれたのだ。我が城にも友好の証として、数日後にあちらの大使を招くことになっている。」


「大使の護衛として、向こうの『勇者パーティー』も同行すると聞いております。」


ジャブラが補足すると、清十郎は少しだけ眉を下げ、不安げな表情を浮かべた。


「勇者…ですか。ヘパルディアの時の一件もありますし、あまり良い印象はありませんね。」


「案ずるな。ジノーブスは旧ヘパルディアと違い、魔族への偏見が比較的薄いと聞いている。あちらの大使も分別のある男らしい。おそらく、表面上は穏便な話に終始するだろう。」


ジャブラが冷静に、淡々と答える。

アーデルミノスはようやく呼吸を整え、威厳を取り戻そうと背筋を伸ばしたが、清十郎を直視できず、やはり横目で彼を窺うことしかできなかった。


「…それに、今の我が軍にはお前がいるのだ。万が一、向こうの勇者ごとき恐るに足らん。」


そう力強く言い切ったものの、アーデルミノスの視線は、最後まで清十郎を避けるように泳いでいた。

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