第十二話_魔力供給
「なぜじゃ!なぜ効かんのじゃ…ッ!」
マーベルの悲痛な叫びが、静まり返った村に響き渡る。
彼の両手からは、回復魔法の淡い緑色の光が発せられているが、その光は清十郎の肌に触れた瞬間に霧散し、傷口に浸透する気配すら見せない。
「こんな現象初めてじゃ。魔力が定着せん….。」
マーベルが眉を潜める。
強化、弱体化、回復のいずれの魔法も、対象の体内にある魔力を媒体に効果をもたらす。
魔力が定着しない、その言葉を聞いたアーデルミノスの瞳に、一つの仮説が閃いた。
「…まさか。おい、人間。」
アーデルミノスが鋭い声でマーベルを呼ぶ。
「貴様、分析の魔法は使えるか?今すぐセイジュウローを診ろ。…この男には、『魔力』そのものが欠落している可能性がある。」
その言葉に、真っ先に反応したのはシャゼルだった。彼女は信じられないと言わんばかりに声を荒らげる。
「な、何言ってるのよ!魔力のない生物なんてこの世に存在しないわよっ!!回復魔法を止めて、分析をやってる暇なんてないわっ!」
リーダーのランドが、制止するようにシャゼルの肩を掴む。
「…確かに、あの化け物じみた身体能力で魔力ゼロってのは考えにくい。だが、分析の魔法なら、対象にかけられた呪いや異常な術式の類も察知できる。やってみる価値はあるはずだ。」
ランドの促しを受け、マーベルが震える指先で呪文を紡いだ。
清十郎の全身を、透き通るような青い膜が包み込んでいく。
「…なんじゃ、これは。…なんじゃ、これはぁッ!?」
分析の結果を読み取ったマーベルが、腰を抜かさんばかりに驚愕した。
「マーベルどうしたの!? 何かの呪いなの!?」
「ア、アーデルミノス殿…。この、セイジュウローという男は、一体何者なんじゃ…。」
マーベルは、まるで未知の怪物を見るような目で横たわる清十郎を見つめた。
「魔力が…魔力が一切ない。空っぽなのじゃ。枯渇しているのではない、端から『存在』しておらん。そんな、そんな馬鹿なことが…。」
「そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
ランドが叫ぶ。
「たとえ死んでいたとしても、肉体には一定期間、残留魔力が残るもんだ。ましてやセイジュウローはまだ生きてるんだぞ!あの恐ろしい剣技が、魔力の強化によるものじゃないなんて…あり得るのかよ!」
「…やはりな。」
アーデルミノスは、吐き捨てるように呟いた。
ヘパルディアの勇者との戦いの最中、突如として戦場に現れた清十郎。
その身なり、言動、そしてあまりに異質な武技。どれをとっても、この世界の理に当てはまるものではなかった。
かつて勇者パーティーの僧侶が行った分析でも、結果は同じだった。
この男、朽木清十郎は、この世界のシステムから外れた異物。
遥か遠き、魔法など存在しない「異世界」から来た人間なのだ。
アーデルミノスは、心のどこかで気づきながらも、考えないようにしていた真実に、今確信を得た。
「でも、それじゃ回復魔法が効かないじゃない!このままじゃ彼、死んじゃうわよ!どうすればいいの…ッ!」
シャゼルが泣きそうな声で訴える。
清十郎の呼吸は、一刻一刻と浅くなっている。
そんな周囲の混乱を余所に、アーデルミノスは静かに、しかし決然とした動作で清十郎のそばに跪いた。
(内側に魔力という「種」がないのなら、外から直接流し込むしかない。)
アーデルミノスは、清十郎の血の気の引いた顔を優しく包み込んだ。
そして、彼を愛おしむように見つめると、ゆっくりと顔を近づける。
「…っ!? アーデルミノス、あんた何を…!」
シャゼルの驚愕の声を無視し、アーデルミノスは清十郎の、微かに開かれた唇に、己の唇を重ねた。
物理的な接触。
そこを回路として、アーデルミノスの体内に流れる濃密で強大な魔力が、奔流となって清十郎の冷えた体へと流れ込んでいく。
それは、魔族が愛する者に捧げる、最も原始的で、最も献身的な魔力供給。
「な、なっ…!?」
『黒鉄の翼竜』の面々が絶句する。
だが、その瞬間だった。
清十郎の体内に「火」が灯った。
アーデルミノスの魔力を足がかりにして、マーベルの放っていた緑の光が、ついにその役割を果たし始める。
光は吸い込まれるように腹部の傷へと集まり、裂けた肉を繋ぎ、血管を繋ぎ、みるみるうちに傷口を癒していく。
荒かった清十郎の呼吸が、次第に深く、穏やかなものへと変わっていく。
苦痛に歪んでいた眉間の皺が解け、その表情は、まるで深い眠りにつく子供のような、安らかな寝顔へと変わった。
「おおっ!傷が、傷が塞がっていくぞ!」
「すげぇ…本当に治りやがった!」
ランドとリクラットが、子供のように手を取り合って歓喜の声を上げる。
「ふぅ…。もう限界じゃ、魔力が空じゃ…。」
マーベルが安堵の溜息と共に、その場にへたり込んだ。
「…ズルい」
一人、シャゼルだけが、頬を赤く染めながら不満げに、しかしどこか羨ましそうに呟いた。
アーデルミノスは、清十郎の命の灯が力強く燃え始めたのを確認すると、ゆっくりと、名残惜しそうに唇を離す。
彼女は、静かに眠る清十郎の額にかかった髪を指で払い、小さく、誰にも聞こえない声で囁いた。
「…戻って来い、セイジュウロー。」




