表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/122

第十二話_魔力供給

「なぜじゃ!なぜ効かんのじゃ…ッ!」


マーベルの悲痛な叫びが、静まり返った村に響き渡る。

彼の両手からは、回復魔法の淡い緑色の光が発せられているが、その光は清十郎の肌に触れた瞬間に霧散し、傷口に浸透する気配すら見せない。


「こんな現象初めてじゃ。魔力が定着せん….。」


マーベルが眉を潜める。

強化バフ弱体化デバフ、回復のいずれの魔法も、対象の体内にある魔力を媒体に効果をもたらす。

魔力が定着しない、その言葉を聞いたアーデルミノスの瞳に、一つの仮説が閃いた。


「…まさか。おい、人間。」


アーデルミノスが鋭い声でマーベルを呼ぶ。


「貴様、分析アセスの魔法は使えるか?今すぐセイジュウローを診ろ。…この男には、『魔力』そのものが欠落している可能性がある。」


その言葉に、真っ先に反応したのはシャゼルだった。彼女は信じられないと言わんばかりに声を荒らげる。


「な、何言ってるのよ!魔力のない生物なんてこの世に存在しないわよっ!!回復魔法を止めて、分析アセスをやってる暇なんてないわっ!」


リーダーのランドが、制止するようにシャゼルの肩を掴む。


「…確かに、あの化け物じみた身体能力で魔力ゼロってのは考えにくい。だが、分析アセスの魔法なら、対象にかけられた呪いや異常な術式の類も察知できる。やってみる価値はあるはずだ。」


ランドの促しを受け、マーベルが震える指先で呪文を紡いだ。

清十郎の全身を、透き通るような青い膜が包み込んでいく。


「…なんじゃ、これは。…なんじゃ、これはぁッ!?」


分析の結果を読み取ったマーベルが、腰を抜かさんばかりに驚愕した。


「マーベルどうしたの!? 何かの呪いなの!?」


「ア、アーデルミノス殿…。この、セイジュウローという男は、一体何者なんじゃ…。」


マーベルは、まるで未知の怪物を見るような目で横たわる清十郎を見つめた。


「魔力が…魔力が一切ない。空っぽなのじゃ。枯渇しているのではない、端から『存在』しておらん。そんな、そんな馬鹿なことが…。」


「そんな馬鹿なことがあってたまるか!」


ランドが叫ぶ。


「たとえ死んでいたとしても、肉体には一定期間、残留魔力が残るもんだ。ましてやセイジュウローはまだ生きてるんだぞ!あの恐ろしい剣技が、魔力の強化によるものじゃないなんて…あり得るのかよ!」


「…やはりな。」


アーデルミノスは、吐き捨てるように呟いた。

ヘパルディアの勇者との戦いの最中、突如として戦場に現れた清十郎。

その身なり、言動、そしてあまりに異質な武技。どれをとっても、この世界のことわりに当てはまるものではなかった。

かつて勇者パーティーの僧侶が行った分析でも、結果は同じだった。

この男、朽木清十郎は、この世界のシステムから外れた異物。

遥か遠き、魔法など存在しない「異世界」から来た人間なのだ。

アーデルミノスは、心のどこかで気づきながらも、考えないようにしていた真実に、今確信を得た。


「でも、それじゃ回復魔法が効かないじゃない!このままじゃ彼、死んじゃうわよ!どうすればいいの…ッ!」


シャゼルが泣きそうな声で訴える。

清十郎の呼吸は、一刻一刻と浅くなっている。

そんな周囲の混乱を余所に、アーデルミノスは静かに、しかし決然とした動作で清十郎のそばに跪いた。


(内側に魔力という「種」がないのなら、外から直接流し込むしかない。)


アーデルミノスは、清十郎の血の気の引いた顔を優しく包み込んだ。

そして、彼を愛おしむように見つめると、ゆっくりと顔を近づける。


「…っ!? アーデルミノス、あんた何を…!」


シャゼルの驚愕の声を無視し、アーデルミノスは清十郎の、微かに開かれた唇に、己の唇を重ねた。

物理的な接触。

そこを回路として、アーデルミノスの体内に流れる濃密で強大な魔力が、奔流となって清十郎の冷えた体へと流れ込んでいく。

それは、魔族が愛する者に捧げる、最も原始的で、最も献身的な魔力供給。


「な、なっ…!?」


『黒鉄の翼竜』の面々が絶句する。

だが、その瞬間だった。

清十郎の体内に「火」が灯った。

アーデルミノスの魔力を足がかりにして、マーベルの放っていた緑の光が、ついにその役割を果たし始める。

光は吸い込まれるように腹部の傷へと集まり、裂けた肉を繋ぎ、血管を繋ぎ、みるみるうちに傷口を癒していく。

荒かった清十郎の呼吸が、次第に深く、穏やかなものへと変わっていく。

苦痛に歪んでいた眉間の皺が解け、その表情は、まるで深い眠りにつく子供のような、安らかな寝顔へと変わった。


「おおっ!傷が、傷が塞がっていくぞ!」


「すげぇ…本当に治りやがった!」


ランドとリクラットが、子供のように手を取り合って歓喜の声を上げる。


「ふぅ…。もう限界じゃ、魔力が空じゃ…。」


マーベルが安堵の溜息と共に、その場にへたり込んだ。


「…ズルい」


一人、シャゼルだけが、頬を赤く染めながら不満げに、しかしどこか羨ましそうに呟いた。

アーデルミノスは、清十郎の命の灯が力強く燃え始めたのを確認すると、ゆっくりと、名残惜しそうに唇を離す。

彼女は、静かに眠る清十郎の額にかかった髪を指で払い、小さく、誰にも聞こえない声で囁いた。


「…戻って来い、セイジュウロー。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ