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第七話_風雲急を告げる

一羽の鴉が、夕闇に染まる魔王領の空を切り裂くように飛んでいた。

その脚に固く括り付けられた筒の中には、アーデルミノスが書き綴った親書が収められている。

鴉が辿り着いたのは、漆黒の尖塔が天を突くローデウス魔王城。


「…陛下、アーデルミノスより緊急の伝令にございます。」


四本の腕を恭しく重ねた宰相ジャミロクワイが、鴉から受け取った書状を差し出す。

ローデウスは無言でそれを受け取り、封を切った。

紙が擦れる音だけが、広大な玉座の間に虚しく響く。

書状に目を通すローデウスの眉間が、次第に深く刻まれていく。

読み終えた瞬間、彼の大きな掌が凄まじい力で紙を握りつぶした。


「…バルハート帝国第一王女・セルス=バルハート。」


ローデウスの低い声には、怒りよりもむしろ、敵ながらその知略の鋭さに向けられた忌々しさが混じっていた。


アーデルミノスの予測――それは、単なる「もしも」の懸念ではない。

魔王領を長年守護してきた彼女の直感が導き出した、最悪のパズルの一片だ。


従属サブミッション首輪カラー』。

かつて世界を席巻した「最初の勇者」がもたらしたとされるその遺物は、主従の命を一つの鎖で繋ぐ。


もし、アマデウスが王女セルスによってこの呪いにかけられているのだとしたら。

そして、その事実に気づかぬまま清十郎が「任務」を完遂してしまったら。


ローデウスは思案を巡らせる。

アーデルミノスから聞いている清十郎の実力なら、アマデウス城の厳重な警備を潜り抜け、確実にセルスの喉元を掻き切るだろう。

だが、セルスの命が尽きれば、その瞬間に連鎖して兄アマデウスの命の灯も消える。

それは魔族同士の、未来永劫拭えぬ怨恨となり、凄惨な全面戦争へと直結する。


強力な魔獣を兵として使役するアマデウス軍。

正面からぶつかれば、ローデウス軍とて無傷では済まない。

多くの同胞の血が流れ、領土は焦土と化すだろう。

王を失った軍を制圧することは不可能ではないが、問題はその「後」だ。


ローデウスは傍らに控えるジャミロクワイに視線を向けた。


「ジャミロクワイ、ジノーブスとの同盟の話…今すぐ、強引にでも進められるか?」


「すでに使節団の派遣準備は完了しております。」


四つの掌を合わせ、冷徹なまでの最適解を提示するジャミロクワイ。

ローデウスは僅かに口角を上げ、自嘲気味に笑った。


「…やはり、お前の言うことはいつも正しいな。」


「滅相もございません。全ては陛下の御代を盤石にするため。」


ジャミロクワイの瞳が、主を見据える。

ローデウスは再び、北の空を見上げた。


◇◇◇


一方、自城からアマデウス領へと続く荒野を、一陣の旋風が駆け抜けていた。

アーデルミノスである。


彼女は領内でも随一の脚力を誇るリザードホースに跨り、一心不乱に鞭を振るっていた。

清十郎がアマデウス領に向けて出発してから、既に三日。

馬の蹄が地を叩く振動が、彼女の焦燥を煽る。


どう考えても間に合うはずがない。

すでに『事』は起きてしまっている可能性が高い。

だが、止まるわけにはいかなかった。

たとえ暗殺を止められなくとも、戦争の最前線となるアマデウス領隣接の森に、軍司令である自分が入らなければならない。


ローデウス魔王軍には、新参の清十郎を除き、アーデルミノスを含めて三人の将がいる。

一人は東の国境でジノーブス連邦の動向を監視しており、一歩も動けない。

もう一人の将は、既にローデウスの特命を受けて北の森へと先行している。

だが、その将は剛直な性格ゆえ、事態が紛糾した際に柔軟な判断ができるかは疑わしかった。


(私がいかなければ、誰がこの混乱を収めるというのだ…!)


背後からはリュウたち獣人三名も追ってきていたはずだが、疾走する彼女の視界からは既に消えて久しい。

彼らを待つ余裕など、一秒たりともなかった。

リザードホースの吐息は白く荒れ、足元からは土煙が舞い上がる。

アーデルミノスは、ただ一人、遠く離れた地にいる清十郎に思いを馳せる。


(セイジュウロー、貴様はいつもそうだ。私の想像を軽々と超えていく。だが、今回だけはまだその刀を抜かないでくれ!)


彼女は祈るように手綱を握りしめ、前方の闇を見据えた。


◆◆◆


そして二日目、清十郎がアマデウス領に向かってから五日目。

かつてバジリスクの襲撃を受け、清十郎とクラウハルトが「取引」を交わしたという村の入り口に辿り着いた時。


「なっ…。」


アーデルミノスは、激しく手綱を引いた。

リザードホースが嘶き、前脚を高く上げる。


砂埃が収らぬうちに、彼女が目にした光景。

それは、道中に想像していた、どのパターンとも一致しないものだった。


「なんだ…一体?何が起きた…?」


アーデルミノスの瞳が、驚愕に見開かれる。

魔族の将として、数多の修羅場を潜り抜けてきた彼女の経験則が、目の前の光景を理解することを拒否していた。

アーデルミノスは、その光景に、馬から降りることも忘れただ呆然と立ち尽くすしかなかった。

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