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第八話_謁見の間

アマデウス魔王城は、ローデウスの漆黒の居城とは対照的に、寒々しいほど白を基調とした造りであった。

常に重い曇天に覆われ、銀灰色の霧が立ち込めるアマデウス領において、その白亜の城は救いではなく、むしろ周囲を拒絶するような異様な存在感を放っている。

重厚な扉が開かれ、清十郎は一歩、また一歩と「謁見の間」へと足を進める。


磨き上げられた大理石の床、天井を支える巨柱。

視界の全てが白で統一された空間は、まるで巨大な墓標の内部に迷い込んだかのようだ。

その最奥、一段高い玉座に魔王アマデウスが鎮座していた。

ローデウスよりも一回り大きな体格。だが、酷似した面影。

決定的な違いは、その「眼」だ。ローデウスが布で覆い隠している強大な魔力の奔流を、アマデウスは隠そうともせず、獲物を射抜くような恐ろしい瞳を爛々と輝かせている。


そして、その傍ら。

純白のドレスに身を包んだ、金髪の女性が静かに佇んでいた。

魔王の巨躯と比較すればあまりに小さく、折れそうなほど華奢な身体。

しかし、その冷たい瞳は、広大な謁見の間を支配するほどの圧力を孕んでいる。


バルハート帝国第一王女『セルス=バルハート』


清十郎は歩を進めながら、彼女を観察した。

これまで斬ってきた数多の強者、主である伊多田鬼屋の半蔵、また魔王ローデウスとも違う。

肌を刺すような闘気ではなく、底の知れない深淵を覗き込むような、正体不明の違和感。

近づくほどに、その感覚は粘りつくような濃さを増していく。


「――ローデウス魔王軍遊撃将、朽木清十郎をお連れいたしました。」


隣でクラウハルトが深く跪き、清十郎もそれに倣う。


「…面を上げよ。」


アマデウスの声が響いた。

ローデウスに似た、地に響くような威圧的な重低音。

清十郎が顔を上げると、魔王の鋭い視線とぶつかった。


「ほう…良い目をしておるな。してクラウハルトよ、この男をどうするつもりだ?」


「はっ。この男、類稀なる武の使い手。我らが先遣隊の約半数が、この男によって屠られました。」


クラウハルトは、手にしていた清十郎の愛刀を恭しく床に置く。


「この刀一本で、でございます。このまま処刑するにはあまりに惜しいかと。」


「裏切らぬという保証はどこにある?」


「私の目の届く場所に置いてくだされば、そのような心配はございませぬ。」


アマデウスは僅かに思案する仕草を見せ、隣のセルスへと顔を向けた。


「…セルスよ、お前はどう思う?」


その問いを受け、セルスが清十郎から視線を外し、アマデウスへと向けた。


――刹那。

クラウハルトの頬を、一筋のそよ風が横切った。

床に置かれていたはずの刀と共に、清十郎が彼の隣から消える。

風の正体を知覚できた者は、間近にいたクラウハルトを除いてその場に一人としていなかった。


清十郎の身体は物理法則を無視した加速で空を裂き、セルスの首を一直線に狙っていた。

鞘から抜かれた刃が、銀の残光となって彼女の喉笛を断ち切る


――はずだった。

だが、正面からは認識できなかったアマデウスの首元。

そこに、淡く光る「見慣れた形状の首輪」が視界に入った。


(従属の…!?)


首輪による死の制約。

主人であるセルスの死は、そのままアマデウスの死に直結する。

その可能性が、清十郎の刃をコンマ数秒、停止させた。


その「一瞬」に満たない刹那、誰も知覚できない速度で、セルスの瞳が動く。

逃れられぬはずの刀の切先を、彼女の眼球が正確に捉えたのだ。

軌道を完全に見切っているその瞳と視線が合った瞬間、清十郎の背中に未だかつてない悪寒が走った。


ダッ!


激しい衝撃音が響く。

清十郎は空中で無理やり軌道を変え、地を蹴って再びクラウハルトの隣へと着地した。


静まり返っていた謁見の間が、にわかに騒然となる。

清十郎は荒い息一つ乱さず、抜き放った刀を構えたままセルスを鋭く見据えた。


「…『従属の首輪』ですか?」


「セイジュウロー殿、何を…!」


驚愕するクラウハルトを余所に、清十郎は言葉を継ぐ。


「触れた魔族の自我を破壊し、操り人形に変える、かつてこの地に降り立った勇者がもたらしたという禁忌の魔道具。ヘパルディア王国が保有していた以上、かの勇者降臨の地であるバルハート帝国が持っている可能性も高いとは踏んでいましたが…。」


清十郎の糾弾に対し、セルスがゆっくりと口を開いた。


「無礼者め。我が首を獲ろうとした罪、万死に値する。」


その冷ややかな一言で、左右に控えていた衛兵たちが一斉に色めき立つ。


「従属の首輪は意外にも使い勝手が悪くてですね。ちゃんと指示を出しておかないと、ただの動かない人形になってしまう。…ほら皆さん、アマデウス様をよく見てください。」


その言葉に、全員の視線が魔王へ集中した。

アマデウスは、先ほどセルスに助言を求めて首を横に向けた状態のまま、ピクリとも動いていなかった。

その爛々と輝いていたはずの瞳は、今は焦点すら合っていない。


「…ふふ、戯言を。」


セルスは冷笑を浮かべ、虚ろな魔王へ語りかけた。


「陛下、この不届き者をこの場で処刑しても?」


一拍の間を置き、アマデウスが首を元の位置に戻すと口を開く。

その行動は、清十郎の話を聞いた者からすると、あまりに機械的に見える。


「…良い。皆のもの王女の指示に従うのだ。」


その場にいる全ての魔族が違和感を感じ取っていた。

だが、王の言葉は絶対。

証拠もないまま、得体の知れない暗殺者の言葉を信じるわけにもいかない。

戸惑い、足を止める衛兵たちに、セルスがまるでゴミでも見るかのような冷たい視線を向けた。


「聞こえなかったの?」


感情の一切こもらない、死の宣告。

瞬間、衛兵たちが一斉に武器を構える。


「クラウハルトさん、ここは引きましょう。」


清十郎は刀を鞘に収め、低く告げた。


「…あとで詳しく聞かせてもらうぞ!」


クラウハルトも瞬時に状況を察し、槍を構え直す。

二人は隣り合わせに、殺到する衛兵に武器を構えて後ずさった。

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