第六話_悪い予感
アーデルミノスの城、その静謐な執務室。
「…セイジュウローめ。あの男は、また勝手な真似を。」
リュウたちの報告を聞き終えたアーデルミノスは、呆れ半分、しかし隠しきれない喜びを滲ませて独りごちた。
「流石はセイジュウロー殿、アーデルミノス様がお認めになるだけはある!」
傍らに控える副将ジャブラも、彼女と同じように誇らしげに頷いている。
アーデルミノスの口元に浮かぶ微かな笑みを見て、獣人三名は「助かった」とばかりに、これ見よがしにホッと胸を撫で下ろした。
「ん?なぜ貴様ら、そんなに安心した顔をしている。」
鋭い金色の瞳が三人を射抜いた。
「いやぁ、アニキを一人で死地に行かせたなんて報告したら、アネゴが暴れ出すんじゃねぇかって…。」
シロが頭を掻きながら正直に漏らすと、アーデルミノスは鼻で笑った。
「ふん、私は奴を信頼しているからな。あの男が万が一にも後れをとることなどあり得ん。」
そこまで言って、ふと彼女は動きを止めた。
「ん…?『暴れ』る?」
呟く彼女の異変に気づかず、クロが畳みかける。
「ええ。魔王様も、アネゴはアニキの話になると手が付けられなくなるって仰ってましたよ。」
その言葉に、アーデルミノスの顔がじわじわと林檎のように赤く染まっていく。
それに気づいたジャブラだけは、危険を察知し僅かに彼女らから距離を取った。
そんな中、さらに安堵からくる気の緩みか、いつもは空気を読むリュウまでもが口を滑らせた。
「あのシャゼルって女魔法使いも、セイジュウローさんにかなり色目を使ってましたからね。あんなシーンをアネゴに見せたら、間違いなく大惨事――」
ゴンッ!!
アーデルミノスが、凄まじい勢いで執務机を叩きつけた。
「おい、貴様ら…私を一体何だと思っている!?」
「「「ひっ……! す、すみません!!」」」
◇◇◇
数分後。
床に綺麗に正座させられた獣人三人を前に、アーデルミノスはようやく荒い呼吸を整えていた。
「…ふぅ、まぁ良い。それにしても、いくらセイジュウローが強いと言っても、敵地にたった一人というのは、確かに危険が大きすぎるな。」
「俺たちじゃ止められませんでした。…アネゴがいたら、愛の力で――」
ジロリ、と殺気混じりの視線を向けられ、シロが慌てて口を噤む。
「あのクラウハルトという将軍、果たして信じて良かったのか。オレはそこが今でも引っかかっていますよ…。」
リュウの真剣な懸念に、アーデルミノスは顎に手を当てて思考を巡らせる。
「地竜将軍クラウハルトか。あの御仁なら私も昔から知っている。武辺者だが、くだらん嘘を吐くような卑怯な男ではない。…それよりも。」
アーデルミノスの視線が険しさを増した。
「気がかりなのは、そのセルスという王女だ。あの強大な魔力を持つアマデウス様を、容易く懐柔できる女…。」
その時、彼女の視線が、執務室のドアの前で完璧な姿勢で控えていたメイド――リゼアに移った。
かつては高慢な勇者パーティーの魔法使いだった女。
その首元に巻かれた、鈍く光る『従属の首輪』。
「…まさか!」
アーデルミノスは弾かれたように立ち上がった。
椅子が激しく床に倒れる音も気にせず、彼女の体は戦慄に震えていた。
(もし、私の考えが正しければ…大変なことになる。アマデウス様を操っているのが、『従属の首輪』による強制的な契約だとしたら…!)
最初の勇者がもたらしたとされる、呪われた遺物。
解除する方法は、主人か奴隷、どちらかの『死』。
そして――主人の死は、そのまま奴隷の『死』に直結する、逃れられぬ『死の誓約』。
「どうしたんですかい、アネゴ?」
(セルスを殺せば、その瞬間にアマデウス様も死ぬ。そしてその責任は、実行犯であるセイジュウロー…いや、その主であるローデウス様に全て振りかかる。そうなれば、魔王軍同士の全面戦争は避けられん!)
バルハート帝国の狙いがなんであれ、このままでは最悪な結末が待っている。
「今すぐ前線へ向かう!ジャブラ、一刻を争うぞ!至急、ローデウス様へ書面を用意しろ!!」
「アーデルミノス様、一体どういう…。」
「従属の首輪だっ!!」
疑問に被せるように言い放たれた一言。
ジャブラも、その単語の意味を理解した瞬間、鱗を逆立たせて顔を強張らせた。
(早まるなよ、セイジュウロー…まだ、斬るなっ!!)
先ほどまで赤面していた彼女とは打って変わった、鬼気迫る形相。
取り残された獣人三人を尻目に、アーデルミノスは遠くアマデウス領の暗雲を見据える。




