第十三話_語られる目的
薄れる煙の向こう側、静寂を切り裂くように銀の閃光が一つ、収まりを見せた。
「…バカな。私の奥義を、真っ向から!」
クラウハルトの声は震えていた。
彼の喉元には、清十郎の切っ先が、皮一枚の距離でピタリと突きつけられている。
対するクラウハルトは、精根尽き果てたように片膝を突き、自慢の槍は傍らに転がっていた。
「アッ、アニキィィ!!」
シロとクロが弾かれたように駆け寄る。
「…何が、起きたんだ?」
「見えなかった…あの光の中に踏み込んで、受け流したのか…?」
ランドとリュウが戦慄混じりに呟く。
清十郎の着流しは風にたなびいているが、その立ち姿には乱れひとつない。
「勝負ありましたね、クラウハルトさん。」
清十郎が静かに告げると、クラウハルトは自嘲気味に口の端を歪めた。
「…なぜトドメを刺さない。情けのつもりか、それとも侮辱か?」
「そうですね…。」
清十郎は少しだけ視線を上げ、夜空を見つめて考え込む素振りを見せた。
そして、ふっと表情を和らげ、切っ先を下ろして鞘に収める。
「もう決着もつきましたし、腹を割って話し合いましょうか。あなたからは、純粋な殺意以外の『何か』を感じていましたから。」
◇◆◇
消えかかっていた焚き火に薪がくべられ、パチパチとはぜる音が周囲を包む。
重苦しい沈黙が流れる中、清十郎が「さて、何から話しましょうか」と切り出した、その時だった。
クラウハルトが突如その場に平伏し、清十郎に向けて深く膝を屈したのだ。
「我が王を、アマデウス様を救ってほしい。」
「え!?」
「おいおい、どういうことだよ?」
ランドやシャゼル達が思わず立ち上がる。
敵の将軍から出た想定外の言葉に、全員が言葉を失った。
清十郎だけが崩さぬ表情で「詳しくはなしてもらえますか?」と先を促す。
クラウハルトは苦渋に満ちた表情で語り始めた。
「我が主、魔王アマデウス様がおかしくなられたのは…あの女が来てからだ。」
クラウハルトは地面に拳を叩きつけた。
石畳が小さく鳴る。
「アマデウス領の隣国、人間の国『バルハート帝国』から使者が来た。第一王女・セルス=バルハート。」
「帝国…あそことは何百年も小競り合いが続いてるはずだろ?」
ランドが腕を組み、訝しげに眉をひそめる。
「バルハート帝国からの休戦協定…。当初はそれが使者来訪の理由だった。だが、そこからだ、すべてが狂い始めたのは。」
クラウハルトは忌々しげに顔を歪め、焚き火の火を睨みつけた。
「あれほど人間を忌み嫌っていた御方が、即座に帝国と同盟を結ばれた。それどころか、領内に帝国の駐屯地を置くことまで許可されたのだ。…わかるか? 敵を、心臓部に招き入れたのだぞ。」
「そんなの、魔族の人たちが黙ってないんじゃ…?」
シャゼルが不安げに口を挟むと、クラウハルトは力なく首を振った。
「当然だ。だが、異を唱える忠臣たちは次々に冷遇され、代わりに人間たちが我が物顔で城を歩いている。そして…。」
そこで言葉を切ったクラウハルトの肩が、微かに震える。
「あろうことか、アマデウス様は、あのセルスとの婚姻を発表された。」
「結婚!?魔王が人間と!?」
リュウが声を荒らげる。
その驚きを代弁するように、シロとクロも顔を見合わせた。
「ありえん話だ。…だが、それを強行しようとするアマデウス様の瞳には、かつての覇気も慈悲もなかった。まるで、中身を摩り替えられた人形のようにな。」
クラウハルトは、足元に転がっていた折れた矢の破片を無造作に拾い上げ、握りつぶした。
「今回の進軍もそうだ。本来は魔王城攻略の一手として、五十超える軍勢で奇襲し、このアマデウス領に隣接した森を蹂躙する計画だった。だが、私は…それを止めたかった。」
「それで、先遣隊を志願したっていうのかい?」
マーベルが煙管を休め、細めた目で問いかける。
「あぁ。どこか一つの村を『派手に』襲うことで、ローデウス様に警鐘を鳴らすつもりだった。防衛を固めさせ、全面戦争を思い留まらせるために…。だが、まさか貴様のような男がこの村にいるとはな。」
クラウハルトは自嘲気味に笑い、再び清十郎に向き直って深く頭を下げた。
「私はこれから、敗北を報告しに戻る。将軍である私が敗れたと知れば、アマデウス様…いや、あの女も、安易な進軍は控えるはずだ。」
顔を上げた彼の瞳には、一筋の希望が宿っていた。
「だが、それも時間の問題だ。お願いだ、朽木清十郎。この異常事態をローデウス様に知らせてほしい。今の魔王領を…あのお方を救えるのは、外部からの介入、そして貴様のような規格外の力を持つ者だけなのだ。」
清十郎は、爆ぜる火の粉を静かに見つめていた。
「…これは、おおごとですね。」
ぽつりと漏らしたその言葉には、いつもの飄々とした雰囲気はなく、静かな決意が滲んでいた。




