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第十四話_刀と鞘

地竜将軍・クラウハルトがもたらした情報は、あまりに重く、この場にいる者たちの背筋を凍らす。

バルハート帝国の影。

それは、この大陸のパワーバランスを根底から覆し、平和という名の薄氷を叩き割るに十分な衝撃を含んでいた。


「この話は、公にするにはあまりに危険すぎる。我らがバルハート帝国の動きに気づいたと知れれば、奴らは正体を隠すことをやめ、即座に強行策に打って出るだろう。そうなれば、この村どころか、周辺諸国もタダでは済まぬ。」


クラウハルトの重々しい警告を受け、ランドは沈痛な面持ちで頷いた。

彼は冒険者としての長年の勘で理解していた。

これは自分たちのような一パーティーが抱えきれる情報ではない。

ランドは、焚き火を囲んで顔を強張らせている他の冒険者たち――生き残った二組のB級と一組のC級パーティーへ向けて、釘を刺すように言い放った。


「いいか、全員。今ここで聞いたことは、ギルドへの報告も、家族への土産話も厳禁だ。…この場にいる全員の命がかかっていると思え。」


魔族のB級パーティーとC級パーティーは、主君ローデウスへの忠義に厚い。

彼らは互いに顔を見合わせると、即座に拳を胸に当てて沈黙を誓った。

しかし、唯一の人間パーティーであるB級『蒼銀そうぎんきば』のリーダー、若き剣士だけは違った。

彼は震える手で折れた剣の柄を握り直し、不満げに鼻を鳴らした。


「冗談じゃねぇ…。ギガントバジリスクに殺されかけて、どうにか生き残ったんだ。それなのに、こんな特大のネタを黙ってろだと?バルハート帝国の動向なんて、ジノーブス連邦の特使に売れば、一生遊んで暮らせる金になる。こんな危ない橋渡って、一銭にもならねえんじゃ割に合わねぇよ!」


「てめぇ…!アニキが助けてやらなきゃ、今頃トカゲの餌になってたんだろうが!」


シロとクロが激昂し、牙を剥いて飛びかかろうとする。

しかし、ランドがそれを片手で制した。


「…無理もない。命を懸けるのが冒険者だが、一文の得にもならない命懸けを強いる権利は、俺にはねぇ。」


ランドの苦渋に満ちた言葉に、剣士は「分かればいいんだよ」と勝ち誇ったような笑みを浮かべ、仲間を促して立ち上がろうとした。

そこで、静観していた清十郎が、そこでパチリと薪の爆ぜる音に合わせるように、氷のような声を出した。


「…仕方ありませんね。」


その声に含まれた異質な「温度」に、リュウの背筋に電撃が走った。


「…ッ、セイジュウローさん!それはダメだ!」


リュウが制止の声を上げ、手を伸ばす。

だが、その指先が届くよりも早く、銀光が夜の帳を切り裂いた。

音も、予備動作もなかった。

『蒼銀の牙』のリーダーが腰に差していた、予備のロングソード。

それが、鞘に収まったまま真っ二つに断たれた。


「…あ、…え?」


剣士は、自分の腰から滑り落ちた剣の破片を、呆然と見つめた。

遅れてやってきた金属音が、静寂に波紋を広げる。

背後にいた仲間の槍使いと魔法使いが、反射的に武器を構える。


「な、何をするんだあんた!正気か!?」


ランドとリクラットも、一触即発の間に割って入る。


「黙っていて頂けないなら、黙ってもらうしかないですからね。」


その言葉を紡ぐ清十郎の顔には、いつもの穏やかな笑顔が張り付いている。

だが、その笑顔が、あまり空虚で、あまりに純粋な殺意を孕んでいた。

その場の全員が息を呑む。

クラウハルトだけは、腕を組み「流石は魔王軍の遊撃将…。」と、感心したように目を細めていた。


「…それはやりすぎじゃないか、セイジュウローさん。冗談だろ?」


リュウが、今にも壊れそうなものを扱うような、震える声で諌める。


「仲間を、同じ人間を斬る気かよ!」


槍使いが、震える手で槍を突き出す。


「そ、そんな脅しは通用しねぇぞ!俺たちを殺せば、ギルドが…冒険者全体が貴様を敵と見なすぞ!」


「残念ですが、ボクは始末屋です。」


清十郎は、世間話でもするかのように平然と言い放った。


「目的のためなら、誰でも、何人でも排除しますよ。障害になるのであれば、ね」


「冗談はやめてよ…セイジュウロー様…。笑えないわよ。」


シャゼルが引きつった笑いを浮かべ、後ずさる。。

リクラットも弓を構え、苦渋の表情で弦を引き絞った。


「これ以上動くなら、俺たちも容赦できねぇぞ、セイジュウロー!!」


「困りましたね。皆さんまで排除する気はなかったんですが…。」


清十郎が刀の柄を握り直したその瞬間。

広場全体が、一瞬にして極寒の地に変貌したかのような、圧倒的な殺気が放たれた。

それは魔力による威圧プレッシャーではない。

この男がこれまで積み上げてきた、膨大な「死」の蓄積そのものが形を成した影。


B級リーダーの剣士は、その殺気に当てられただけで、自分が左右真っ二つに両断され、内臓が地面に溢れ出す凄惨な幻覚を見た。


「ひ…っ、あ…あああああ!!」


情けない悲鳴を上げ、剣士は白目を剥いてその場に崩れ落ちる。

そのまま泡を吹き、完全に気絶してしまった。

同じく槍使いと魔導士も、膝から崩れ落ちる。

彼らは武器を捨て、地面に額を擦り付けるようにして、なりふり構わず許しを乞う。


「だ、黙る!誰にも言わない!ギルドにも国にも、一生喋らないから!だから…だから殺さないでくれ!!」


「…ありがとうございます。」


清十郎はパッと殺気を消し、またいつもの爽やかな笑顔を向けた。

周囲の空気が一気に弛緩する。


だが、その刹那。

清十郎の姿が、篝火の影に溶けるように掻き消えた。

次の瞬間、震えていた槍使いの喉元には、薄氷のように冷たく鋭い刃が、一厘の狂いもなく当てられていた。


「…やっぱり、信じられませんね。死人は口を割りませんから。確実な方を選びましょう。」


絶望。

槍使いの瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。死の接吻にも等しい冷徹な刃。


「や、やめ…て…助け…て…。」


清十郎は無機質な、鏡のような瞳で数秒間彼を見つめていた。

まるで、その命に価値があるかどうかを計る天秤の針を眺めているかのように。


…やがて、清十郎はふっと力を抜いた。


「冗談ですよ。」


鮮やかな動作で刀を鞘に納め、清十郎は軽やかに笑う。

そして、何事もなかったかのように踵を返すと、焚き火のそばに座り直す。


「さあ、これからの話をしましょう。」


その場にへたり込む冒険者たち、そして背中に冷や汗をびっしょりとかいたランドたちの、凍りついたような沈黙だけが残された。


彼らは、この夜初めて知った。

この男が向ける「穏やかさ」は、優しさではない。

それは、獲物を屠るまでの時間を快適に過ごすための、ただの「鞘」に過ぎないということを。

そしてその鞘の中には、いつでも、誰に対しても、一切の躊躇なく振り下ろされる「死」が、研ぎ澄まされたまま眠っているのだということを。


「…怪物め。」


クラウハルトがポツリと、皮肉とも称賛とも取れる言葉を漏らし、暗い森の奥を見据えた。

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