第十一話_騎士と魔獣
巨躯を鎧い、地響きを立てて現れたギガントバジリスクは、焚き火の明かりが届く境界線でピタリと動きを止めた。
その背に跨る漆黒の騎士が放つ威圧感は、夜の闇よりもなお深く、重い。
「ひっ…あ、あああ…っ!」
避難を始めていた村人たちの中から、絶望に満ちた悲鳴が上がった。
先ほどの三体でも村が滅びかけたというのに、目の前に現れた個体はそれより一回り大きく、何より不気味な黒い鎧を全身に纏っている。
その巨体が動くたびに、地面が太鼓を叩くように震え、民家の窓ガラスがカタカタと悲鳴を上げた。
「…嘘だろ。おい、さっきのとは比べものにならねぇぞ!」
「アニキ、これ本当にバジリスクですか!?」
シロとクロが武器を握る手を震わせ、リュウの後ろへと下がる。
彼らの本能が、目の前の怪物を「生物」ではなく「災害」だと告げていた。
「総員、村人を連れて後退だ!森の奥に伏兵がいるかもしれん、周囲を警戒しつつ避難を急げ!」
ランドが的確に指示を飛ばし、冒険者たちが負傷者や老人を抱えて村の奥へと退避していく。
だが、あまりの恐怖に足がすくみ、動けなくなる者も少なくない。
「時間稼ぎくらいはさせてもらうわよ!」
シャゼルが杖を掲げ、鋭い氷の礫を無数に放つ『アイスニードル』を放つ。
同時にリクラットが、急所である目を狙って三連射の矢を放った。
A級冒険者による、淀みのない同時攻撃。
しかし――。
ギガントバジリスクは、煩わしい羽虫を払うかのように尾を一振りした。
キン、という硬質な音と共に矢は叩き落とされ、氷の礫は魔獣が纏う鎧に触れた瞬間に粉々に砕け散った。
傷一つ、ついていない。
「…魔法も矢も通じないのかよ!?」
リクラットが戦慄する。
先ほど彼らが苦戦した個体よりも、防御力も反応速度も桁違いだった。
緊張の糸が張り詰める中、清十郎だけは酒の匂いが残る焚き火の傍らで、のんびりと見上げるように声をかけた。
「…上だと首が疲れますので、降りてきて話をしませんか?」
騎士は応えず、わずかに顎を引いて合図を送った。
刹那、ギガントバジリスクが太い前脚を振り抜き、清十郎を叩き潰そうと薙ぎ払う。
だが、その爪が清十郎の鼻先に触れる寸前、不自然なほど急激に停止した。
「…よく訓練されているんですね。」
清十郎は微笑んでいるが、その手元では刀が三寸ほど抜かれている。
もし、魔獣がそのまま腕を振り抜いていれば、その前脚は今頃音もなく切断されていただろう。
騎士はその「境界線」を瞬時に見極め、制したのだ。
「…こいつは、俺たちがいねぇ方がいいな。…シロ、クロ、下がるぞ!」
リュウが冷や汗を流しながら、子分二人の襟首を掴んで後退させる。
「アニキ!くれぐれも無理はしないでくだせぇ!あんたに何かあったら、俺たちはアネゴに八つ裂きにされますからね!」
リュウたちの叫びに、ギガントバジリスクが応えるように猛然と咆哮した。
空気が震え、その圧力だけで周囲の民家の屋根瓦が吹き飛ぶ。
魔獣はそのまま巨大な尾を鞭のようにしならせ、清十郎を背後から強襲した。
シャゼルの魔法すら通じなかった、鎧われた尾の猛撃。
――シュッ。
鋭く、しかし静かな風切り音。
次の瞬間、ギガントバジリスクの巨躯が悲鳴を上げて横転した。
清十郎の周囲を薙ぎ払うはずだった尾が、根元から、鎧ごと綺麗に断たれて地面に転がっている。
その反動で背から放り出された騎士は、重厚な鎧を感じさせぬ軽やかさで清十郎の目の前に着地した。
「…。」
起き上がったギガントバジリスクが怒り狂い、突進をしようとしたのを騎士が制する。
低い唸り声をあげながら、なんとか感情を制御している。
「本当によく懐いていますね。」
「図に乗るなよ、人間…。」
騎士が槍の穂先を清十郎へ向けた。
その瞬間、清十郎が踏み込む。
本来なら、その一撃で騎士の首を刎ね飛ばしていたはずの速さ。
だが、金属同士が激突する甲高い音が響いた。
騎士は、清十郎の神速の抜刀を、その大槍の柄で見事に受け止めていたのだ。
「…おっと。」
少し驚いたように、清十郎が距離を取る。
「うそだろ…?俺の目には、今の踏み込みすら見えなかったぜ…。」
ランドが呆然と呟く。
そこでようやく、騎士が初めて清十郎を「敵」として認め、正式に言葉を紡いだ。
「よもや、このような村に貴様ほどの強者がいようとはな。…我が名は地竜将軍・クラウハルト。魔王アマデウス様の命により、この地を更地へ変えに来た。」
隠すことなく告げられたその名と目的に、ランドやリュウの間に戦慄が走る。
「地竜将軍…!?アマデウス軍の幹部じゃねぇか!」
「なんで魔王が、別の魔王の領地を攻めるんだ!? 戦争でも始める気かよ!」
ざわつく周囲を余所に、清十郎は困ったように肩をすくめた。
「それは困るので、対処させて頂きます。」
清十郎が、改めて刀を正眼に構える。
「…ああ、失礼。名乗りが遅れました。ボクの名前は清十郎。魔王ローデウス軍遊撃将――朽木清十郎です。」
夜の静寂を、その名が切り裂く。
魔王軍の看板を背負った二人の「将」が、月明かりの下で対峙した。




