第十話_魔獣被害
砂塵が晴れた村の広場。
そこには、信じられないものを見たという顔で固まる『黒鉄の翼竜』の面々と、事も無げに刀を収める清十郎、そして鼻高々な獣人三人の姿があった。
「お前らは…!」
ランドが驚愕の声を上げる。
「この世界は、意外と狭いものですね。」
清十郎は、まるで行きつけの茶屋で知人に会ったかのような、のんびりとした調子で会釈する。
「テメェ等、まだこの国にいやがったのかよ。」
リュウが呆れたように言うが、それには反応せずランドが四人の後方を覗き込む。
「あのバケモン…いや、あの女は一緒じゃないのか?」
「アネゴはいねぇが、アニキがいればこんなトカゲは一瞬よ!」
シロとクロの言葉に、ランドは苦々しく吐き捨てた。
「…あの女がいればもしかするとと思ったが、お前らじゃ役不足だ。このバジリスクの鱗がどれだけ硬いか分かってねぇのか!」
だが、清十郎はその忠告を聞くよりも早く、残る一体のギガントバジリスクに向かって静かに歩き出した。
「せっかくですから、首を一刀両断…やってみますか。」
独り言のように呟き、新調された刀の柄にそっと手を添える。
「あの優男、自殺願望でもあるのかしら!?」
そんな清十郎の姿を見ながら、シャゼルが眉をひそめる。
同時に、ギガントバジリスクが咆哮を上げ、腐食性の酸を吐き出した。
だが、清十郎は舞うような足運びでそれを紙一重でかわし、一気に距離を詰めていく。
至近距離。
巨大な顎が清十郎を丸呑みにせんと迫った瞬間――地面を蹴る鋭い音が響いた。
宣言通り、白刃がひらりと一閃する。
「なっ…うそ…!?」
シャゼルの顔が驚きで引き攣る。
一階建ての家ほどもある巨獣の首が、まるで豆腐でも切ったかのように滑らかに宙を舞い、鮮血の雨を降らせた。
清十郎は着地すると、刃こぼれ一つない刀身を愛おしそうに見つめる。
「本当にすごい刀ですよ。こんな巨体を、羽毛を断つように両断できるなんて。」
「アニキは最強だぜ!」と騒ぐシロとクロ。
一方、リュウは歓喜と興奮に震えながら、呆然とするランドたちに言い放った。
「見たかよA級。これが、セイジュウローさんの力だ。」
◇◆◇
すっかり辺りは暗くなり、壊された家屋の片付けや魔獣の解体作業が一段落した頃。
村の中央広場では大きな焚き火が焚かれ、即席の宴が始まっていた。
死を覚悟していた村人たちは、救世主たちのために蔵から酒と干し肉を出し、涙ながらに感謝を伝えている。
「助かった…本当に助かったんだ!」
「ありがとうございます、冒険者様方!」
村長らしき老人が震える足取りで清十郎のもとへ歩み寄り、何度も深く頭を下げる。
「あなたがトドメを刺してくださらなければ、この村は今頃地図から消えていたでしょう。何とお礼を申し上げればよいか…。」
「いえ、ボクはただの通りすがりです。それより、必死に村を守ってくれたのはあちらの冒険者さん達ですよ。」
清十郎はどこまでも腰が低く、村人から手渡された粗末な蒸しパンを「美味しいですね」と微笑んで受け取っている。
その姿は、先ほど巨大な魔獣の首を飛ばした男とは到底結びつかない。
一方、シロとクロは他の冒険者パーティーに囲まれ、上機嫌で吹聴していた。
「見たかよ、うちのアニキの剣筋!俺たちも横で死ぬ気でサポートした甲斐があったぜ!」
「えっ、君たちも戦ってたのかい?ずっと後ろで震えてるように見えたけど…。」
B級冒険者の鋭いツッコミに、クロが「バカ言え!あれは『静』の構えだ!」と強弁し、周囲の笑いを誘っている。
「あ、あの…本当にありがとうございました!」
村の娘たちが頬を赤らめながら、清十郎に手作りの果実酒を差し出す。
「皆さんが無事で何よりです。」
清十郎が穏やかな笑顔で酒を受け取ると、隣で見ていたシャゼルが「ちょっと、抜け駆けは禁止よ!」と割り込んできた。
「あんたスゲェな! 本物の怪物だ!」
そんなシャゼルを更に押しのけて、ランドとリクラットが酒の入った革袋を片手に清十郎の肩を叩く。
「しかもこんな良い男、魔族にしとくにはもったいないわよ。どう?ジノーブスに来ない?」
シャゼルが熱っぽい視線を送ると、清十郎は苦笑して首を振った。
「正確にはボクは魔族ではないらしいですよ。」
「えっ、じゃあ私と…!」
シャゼルが身を乗り出した瞬間、横からリュウが冷や水を浴びせた。
「やめといた方がいいぜ?アニキはアネゴの男だ。手を出したら、あんたの人生どころか国ごと終わるぜ?」
「…なっ!?」
シャゼルはあからさまに肩を落とし、焚き火の隅でやけ酒を煽り始める。
「それにしても…。」
ランドが真面目な顔になり、清十郎に向き合う。
「今回のバジリスクども、明らかにおかしい。俺たちの国の方じゃ、こんなのが群れで動くなんて聞いたことがねぇ。まるで誰かに『仕込まれた』みたいじゃねえか?」
「…そうですね。森のバジリスクたちも、何かから逃げているようでした。この村を襲ったのも、腹が減っていたからではなく、ただ追い立てられた結果かもしれません。」
清十郎がそう言った直後、森の空気が一変した。
楽しげな宴の喧騒が、凍りついたように止まる。
「…ッ!」
清十郎の目が、鋭く細められる。
同時に黒鉄の翼竜の面々も、肌を刺すようなプレッシャーに表情を強張らせた。
森が、異様なまでに騒がしい。
鳥たちが一斉に飛び立ち、木々をなぎ倒す地響きと共に、闇の奥から「本物」の気配が這い出してきた。
「…先ほどの三体よりも、さらに一回り大きいですね。」
現れたのは、これまでのバジリスクとは比較にならない巨躯を持つ個体だった。
しかも、その全身は未知の黒い鎧で重厚に武装されている。
そして何より、見る者を戦慄させたのはその背の上だった。
同じく漆黒の鎧に身を包み、堂々たる体躯を誇る一人のリザードマンが、槍を携えて屹立していたのである。
「…魔獣を、御しているのか?」
ランドの喉が鳴る。
現れた「騎士」は一言も発さなかったが、その身から放たれる圧倒的な闘気は、この場にいるA級冒険者たちですら足が竦むほどに苛烈だった。
「やっぱり、ただの魔獣被害ではなさそうですね。」
清十郎は穏やかな顔を消し、静かに立ち上がって腰の刀に手をかけた。




