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第九話_不穏な急報

魔王城の謁見の間。

アーデルミノスが、魔王ローデウスに自城への帰還報告をしていた。

その時、重苦しい空気を切り裂くように急報が飛び込んでくる。


「報告!人間軍の動向に劇的な変化あり!ジノーブス連邦の電撃的な侵攻により、勇者を失ったヘパルディア王国は事実上の壊滅!大陸の版図の約半分が、ジノーブスの手に落ちました!」


玉座に座るローデウスは、不敵な笑みを消さぬまま、退屈そうに指先で肘掛けを叩いた。


「…勇者という柱を失えば、脆いものだな。人間同士のくだらん小競り合い、放置しておけ。」


だが、その直後に届けられた二通目の書状が、魔王の瞳に鋭い火を灯した。

それは、実の兄である魔王アマデウスからの、傲慢極まる書状であった。


『ジノーブスの増長、目に余る。ローデウスよ、即刻兵を出しその国力を削ぎ落せ。もし臆病風に吹かれ、余の命を蔑ろにするならば…貴様の国ごと攻め滅ぼすことも厭わぬ。』


「…フン、相変わらず身勝手な兄よ。」


ローデウスは書状を握りつぶす。

口ぶりはいつもと変わらないが、明らかに苛立ちを隠している。

そこに、さらに追い打ちをかけるように、アマデウス領との境界付近にある村々で、魔獣被害が多発しているとの報告が入る。

正規軍を動かす暇もなく、冒険者組合ギルドに緊急の支援要請が出されたという。


「先日のポイズンスパイダーは、この前触れだったというわけか。…ローデウス様、兄君のやり口、少々強引が過ぎます。何か別の意図があるのでは?」


「…ああ。兄の真意を聞き出す必要はあるが、まずは我が国にそんな脅しは通じぬということを、身をもって教えてやらねばならん。…さて、動ける手駒は?」


アーデルミノスは、どこか楽しげに口角を上げた。


「ご安心を。ちょうどその場所には、あの『遊撃将』が向かっております。彼なら、兄君の放った魔獣どもに、目にモノを見せてくれるでしょう。」


◇◆◇


アマデウス領に近い深い森。

静寂の中に、空気を断つ鋭い音。

そして、清十郎の穏やかな声が響く。


「…十六じゅうろく。」


最後の一体が、首から鮮血を噴き出して絶命した。

清十郎の手にある新しい刀には、一滴の血も残っていない。

オリハルコンを芯に据えた刃は、魔力を吸って紫色の淡い光を放っているように見える。


「この刀は素晴らしいですね。」


清十郎が微笑むその背後には、中型の魔獣・バジリスクの死体が山をなしていた。

それを見つめるシロとクロは、自分たちの武器を握ったまま呆然と立ち尽くしている。


「…なあクロ。俺たち、本当に付いてきた意味あるんですかい?」

「俺たちの出番、一回もねぇなシロ…。」


リーダーのリュウだけは、険しい顔で周囲を警戒していた。


「バジリスク自体はこの辺りでも珍しくありませんが、それよりもこいつら、戦う前から何かに怯えていた。まるで、後ろからもっと恐ろしい何かに追い立てられているような…。」


「そうですね…、この先に『何か』がいますね。楽しみです。」


清十郎が歩みを速める。


◇◆◇


「ちょっと!手頃な調査依頼だって言ったのは誰よ!」


シャゼルが悲鳴に近い声を上げながら、氷魔法を連発する。

だが、放たれた氷の礫はギガントバジリスクの分厚い鱗に弾かれ、虚しく砕け散るだけだった。


「知るかよ!だが、この村を放って逃げるなんて、A級のプライドが許さねえ!」


ランドが大剣を振り回し、家一軒ほどもある巨躯の進攻を食い止める。

凄まじい衝撃が腕を伝うが、鋼鉄の鱗を突破できず、大剣の刃が通らない。

ここは国境付近の小さな村。三体のギガントバジリスクが吐き出す酸によって家々は溶け、逃げ遅れた村人たちが悲鳴を上げている。


「回復はわしが受け持つ!皆の衆、持ちこたえるんじゃ!」


老僧侶マーベルが杖を掲げ、傷ついた村人や冒険者に治癒の光を注ぐ。

しかし、現場の惨状は悪化する一方だった。

『黒鉄の翼竜』が一体を抑え込んでいる間に、同行していたB級二組とC級一組のパーティーは、残りの二体に翻弄され、すでに崩壊寸前まで追い込まれていた。


「くそっ、このままじゃ全滅だ…!シャゼル、リクラット、マーベル!あれをやるぞ!」


ランドの咆哮に、仲間たちが一瞬で意識を切り替える。

個々の攻撃が通じぬのなら、全てを一点に集中させるしかない。


「リクラット!」

「おう!」


リクラットが背負った矢筒から十本の矢を同時に掴み、夜空へ向けて扇状に放った。


「シャゼル、足場を頼む!」

「任せなさい!」


シャゼルが杖を振るい、空を飛ぶ十本の矢の軌道に合わせ、瞬時に氷の魔法を定着させる。

矢を核として空中に固定された氷の足場が、天へと続く階段のように形作られた。


「マーベル、最大強化バフを!」

「ほいきた!金剛の力を授けよう!」


マーベルの魔力がランドの全身を包み込み、その筋肉を限界まで膨張させる。

ランドは地面を蹴ると、空中に浮かぶ氷の足場を次々と跳ね、本来なら届くはずのない高空へと一気に駆け上がった。


「これで…終わりだぁ!『飛竜撃墜斬ひりゅうげきついざん』!」


重力と遠心力、そしてマーベルの強化魔法を乗せた渾身の一撃が、ギガントバジリスクの眉間へと叩きつけられた。

鈍い破壊音と共に鱗が砕け、巨獣の頭蓋が真っ二つにかち割られる。

断末魔の咆哮を上げ、一体の巨躯が砂塵を巻き上げて地に伏した。


「はぁ、はぁ…っ、ようやく一体か…。」


着地したランドは肩で息をし、剣を杖代わりに立ち上がる。

だが、勝利の余韻に浸る暇はなかった。

残された二体のギガントバジリスクが、仲間を殺された怒りに目を血走らせ、逃げ場を失った他の冒険者たちに牙を剥こうとしていたからだ。


「くそ、あと二体も残ってやがるのか…。」


「もう魔力が空っぽよ…。」


シャゼルが絶望に顔を歪めた、その瞬間だった。

一番離れた場所にいた二体目のギガントバジリスクが、何の前触れもなく、糸が切れた人形のように沈黙した。


「…なっ、何が起きた!?」


砂塵がゆっくりと晴れていく。

そこには、優雅な所作で刀を鞘に収める一人の男と、その後ろで得意げに胸を張る三人の獣人たちが立っていた。


「先ほどのより大きいですが、硬度はそこまでかわりませんかね?」


「セイジュウローさん…、あんたにゃそうかもしれねぇが、こいつは並の魔獣じゃねぇぜ。」


あっけらかんとした清十郎に、呆れ顔のリュウ。

シロとクロは相変わらず、「アニキの敵じゃねぇな」と軽口を叩いている。

清十郎は、驚愕に目を見開くランドたちに気づき、いつものように穏やかな笑みを浮かべた。

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