第八話_新しい相棒
三人の獣人と別れ、稀少金属オリハルコンを町の鍛冶屋に預けた翌日。
清十郎とアーデルミノスは、約束通り打ち直された刀を受け取りに店を訪れていた。
軒先からは、昨日よりも一段と力強く、澄んだ槌音が響いている。
「…できたぞ。受け取れ!」
一ツ目の鍛冶屋が、恭しく包みを解いた。
そこに横たわっていたのは、優美な反りと輝きを保ちつつも、刃紋の奥に星屑を散りばめたような、底知れぬ深みを帯びた一振りだった。
清十郎がその柄を握り、ゆっくりと引き抜く。
「これは…すごいですね。持った時の重さは変わらないのに、空気を裂く感覚が以前よりずっと鋭い。指先にまで、刃の意志が伝わってくるようです。」
感嘆の声を上げる清十郎に対し、鍛冶屋はタオルで汗を拭い、腕を組んだ。
「フン、お世辞はやめろ。オリハルコンを芯に使い、自己修復の術式は完璧に刻み込んだ。だがな…お前がもともと持っていた刀の『魂』とも呼ぶべき研磨の技術には、俺の腕じゃ逆立ちしても及ばねぇよ。」
「ははは、ボクにはその違いがあまり分からないんですけどね。斬れるなら、それで十分ですよ。」
清十郎がいつものようにのんびりと笑うと、鍛冶屋は「せっかくの業物だってのに、そんなんじゃ作り甲斐がねぇ!」と、職人気質ゆえに機嫌を悪くしてプイと顔を背けてしまった。
「まあ待て店主。性能さえ保証されていれば問題ない。……試し斬りといこう。セイジュウロー、持ち帰ったアーマードリザードの鱗を貸してみろ。」
アーデルミノスに促され、鍛冶屋が自ら刀を握った。
鋼より硬いとされるリザードの鱗を頑丈な鉄の台に置き、気合と共に一閃、振り下ろす。
キィィン――! という耳を突く高い金属音が響いた。
だが、鱗には白い筋のような薄い傷がついただけで、両断するには至らない。
「…くそっ、やはりこれじゃダメか! 所詮は見よう見まねで作った紛い物かよ!」
鍛冶屋がガックリと肩を落とす。
それを見守っていた清十郎が、「ちょっとボクにやらせてください」と、穏やかな手つきで刀を受け取った。
清十郎が台の前に立つ。
殺気も、力みも、一切ない。ただ、散歩にでも行くような自然体。
だが、彼が動いた瞬間、空気が凍りついた。
吸い込まれるように、静かに、そして速く刀身が流れる。
次の瞬間、鱗は何の音も立てずに二つに分かれ、台座から左右に滑り落ちた。
切断面は鏡のように滑らかで、あまりの精度に、本当に斬れたのかどうか一瞬判別がつかないほどだった。
「…ッ!!」
先ほどまで腐っていた鍛冶屋の目が、驚愕と、そしてそれ以上の歓喜で見開かれた。
「これだ…これだよ!道具が悪いんじゃない、俺の腕がこの刀を御しきれなかっただけだ!おい、あんた! あんたほどの達人なら、刀の価値なんて分からんでも何の問題もねぇ!この一振りは、あんたの手の中で初めて完成するんだ!」
職人の魂が震えるような大絶賛に、アーデルミノスはなぜか自分のことのように鼻高々に胸を張っている。
「ふふん、言っただろう。この男は本物だとな。……これで戦いの最中に刃こぼれを心配する必要もなくなったな、セイジュウロー。」
◇◇◇
「さて、この鱗だけではつまらないだろう。セイジュウロー、試し斬りついでにお願いしたいことがある。」
店を出ようとした時、アーデルミノスがふと真面目な、軍司令官としての顔で切り出した。
「昨夜、魔王様に魔獣の件を報告したところ、正式に調査の命が下った。アマデウス領との境界付近を調査し、必要があれば魔獣の討伐と、その生態を報告してほしいのだ。」
「ボク一人でですか?方向音痴ではありませんが、土地勘がないのは困りますね。」
「私はそろそろに軍司令として自城に戻り、戦況の分析をせねばならん。だが、適任を用意してあるから安心しろ。お前の腕を頼りにして止まない連中だ。」
その言葉と同時に、鍛冶屋の入り口から賑やかな、そしてどこか必死な声が響いた。
「アニキ、アネゴ!お待たせしやした!準備万端ですぜ!」
シロとクロが元気よく飛び込み、続いてリーダーのリュウが深々と、頭が地面につくほどの勢いで現れた。
「俺たちのような者に、こんな大役を任せていただきありがとうございます。アーデルミノスさん、そしてセイジュウローさん。この命に代えても、道案内を務めさせていただきます!」
「皆さんとなら安心ですね。よろしくお願いします。」
清十郎が柔らかく微笑むと、アーデルミノスは「では、任せたぞ」と踵を返そうとした。
その際、シロとクロが素早く彼女の両脇ににじり寄り、声を潜めてニヤニヤしながら囁いた。
「アネゴ、安心してくだせぇ。アニキに変な虫が寄り付かねぇように、俺たちが二十四時間、瞬きもせずにバッチリ監視しときますぜ!」
「それとアネゴ。アネゴみてぇな良い女、早く手をつけておかねぇと他の男に取られちまうって、道中でアニキの耳にタコができるくらい吹き込んでおきますからね!」
「…っ!そ、そういうのはいいっ!早く行け、この馬鹿者どもが!」
アーデルミノスは耳まで真っ赤に染め、裾を翻して逃げるように店を去っていった。
その嵐のような背中を見送っていた鍛冶屋が、ポツリと清十郎の肩を叩いて忠告する。
「おい、あんた。あんな良い女、そうそういねえぞ。これだけあんたを買ってるんだ、逃しちゃならねぇ。男ならビシッと決めちまえ。」
「ははは、ボクでは釣り合いませんよ。」
清十郎は苦笑いしながら冗談として受け流し、新しく打ち直された、しかし馴染み深い「相棒」を腰に帯びた。
◇◆◇
数時間後。
一行はアマデウス領に近い、鬱蒼とした原生林の入り口に立っていた。
昨日よりもさらに色濃く、粘つくような不気味な魔力が漂っている。
結界の綻びから漏れ出す、精神を蝕む「毒」のような気配。
リュウたちは武器を握る手に力を込め、緊張に身を固めている。
「…空気が重いな。何かが、確実に変わってやがる。」
リュウが低く唸る。
だが、清十郎だけは楽しそうに目を細めていた。
「さて、どんなモノが見れるのか。…退屈はしなさそうですね。」
新しく生まれ変わった「相棒」の柄に指をかけ、清十郎たちは静かに、しかし迷いのない足取りで、光の届かぬ森の深淵へと足を踏み入れた。




