第六話_初めてのクエスト
「さて、僕たち勇者パーティーの最初のクエストは、街の周辺に沸いたゴブリンの群れの退治だ!」
ギルドを出るなり、ロンが空を仰いで拳を突き出した。
その瞳は、冒険への期待と使命感に満ち溢れている。
「ゴブリンとは、あの森で遭遇した緑の小人のことだな?」
アーデルミノスが、この世界に来て初めて出会ったモンスターの姿を思い出し、淡々と言う。
「群れというと、大体何匹くらいいるものなんですか?」
清十郎が歩調を合わせながら尋ねると、ロンは指をニ本立てて「二十体くらいって聞いたよ」と答えた。
「二十か…。フン、あれが二十匹集まったところで、脅威にはならんな。」
アーデルミノスが鼻で笑う。彼女の常識では、二十の群れなど瞬き一つの間に消し飛ぶ数に過ぎない。
しかし、そんな三人の背後に、威圧的な気配が忍び寄っていた。
「おいおい…!ゴブリン二十匹が脅威じゃねぇとか、随分と調子こいてなぁ、コラァ!?」
振り返ると、そこには絵に描いたような「柄の悪い」男たちが三人、立ちはだかっていた。
全員が見事なまでのモヒカン頭で、首から上だけで治安の悪さを体現している。
「ロン…テメェごときが、しゃしゃってんじゃねぇぞ?お?」
二人目のモヒカンが、下から舐めるような視線をロンに向け、睨みをきかせる。
「舐めてっとよ…挽肉にされっぞ!?」
三人目のモヒカンに至っては、意味が通じているのか怪しい脅し文句を吐きながら、手にしたナイフの刃を不気味にペロリと舐めた。
アーデルミノスの眉がピクリと跳ねる。
彼女の周囲の空気が、一気に冷え込んだ。
清十郎もまた、微笑を絶やさないまま、腰の刀の鯉口を音もなく切る。
だが、衝突が起こる直前、ロンが予想外の反応を見せた。
「ソーンさん!カッチさん!ピスタロットさん!!」
清十郎は、刀に添えていた指をゆっくりと戻す。
ロンの顔に浮かんでいるのは、恐怖ではなく、純粋な親愛の情だったからだ。
「心配してくれるのは嬉しいんですが、今回は初のパーティーでのクエストなので、僕たちだけでやらせて欲しいんです!頑張りますから!」
ロンが満面の笑みでそう告げると、三人のモヒカンは毒気を抜かれたように顔を見合わせた。
「…ちっ!ヤバくなったら、いつでも呼びやがれ、このバカ野郎がっ!!」
吐き捨てるように言い残し、三人のモヒカンは足早に去っていった。
その去り際、最後の一人がナイフを鞘に収めながら「無茶すんじゃねぇぞ」と小さく呟くのを、清十郎は聞き逃さなかった。
「…意外と、良い人たちだったのですか?」
「ええ、あの見た目で口も悪いんですが、いつも僕に助言をくれる優しい方々なんですよ!」
朗らかに笑うロンを見て、アーデルミノスが肩の力を抜いて溜息をついた。
「あやうく始末してしまうところだったな、清十郎。」
「そうですね。危ないところでした。」
二人が事もなげに笑い合うが、先に歩き出した二人の背中を見ながら、ロンは反復するように小さく「…始末?」と呟く。
「…っえ?怖っ!」
意味に気づいたロンが叫んだ時には、すでに二人の背中は遥か先に進んでいた。
◆◆◆
数時間後。指定の森の奥深くで、ロンは膝をついて絶句していた。
その目に映る光景は、戦いと呼ぶにはあまりに一方的な、一方通行の「作業」の痕跡だった。首を綺麗に刎ね飛ばされたゴブリンが十体。
その断面はあまりに滑らかだ。
さらに、いまだに激しい蒼炎に包まれて炭化していく個体が五体、巨大な氷柱の中に閉じ込められ、呼吸すら許されず静止している個体が五体。
合計二十体の群れが、接敵からものの数秒で、清十郎とアーデルミノスの手によって蹂躙されていた。
戦場の中央では、最後の一体――他よりも豪華な装飾を身に纏い、指揮官然としていた「ボスゴブリン」が、あまりの惨状に腰を抜かして震えていた。
「あれだけの種族が平和に暮らしている街なのだから、このゴブリンというのも共生していてもおかしくなさそうだが…。」
アーデルミノスが、事もなげに周囲を見渡す。
「リュウさんやクラウハルトさん、ジャブラさんのような見た目の種族はいませんでしたからね。もしかすると、人型から大きく外れた種族は、この世界では『魔族』として分類されているのかもしれません。」
清十郎が刀の血を払う(といっても、一滴も付いていないのだが)動作をしながら、冷静に考察を加える。
そんな二人の悠長な会話を聞き、追い詰められたボスゴブリンが最後の悪あがきに出た。
懐からひび割れた笛を取り出し、ありったけの呼気を吹き込む。
ピーッ!!
甲高い笛の音が静かな森に響き渡った。
直後、森の奥から鳥たちが一斉に飛び立ち、地響きのような咆哮が地を揺らす。
「…ほう、これほど巨大なゴブリンもいるのか。」
アーデルミノスが平然と視線を向けた先。
木々をなぎ倒して現れたのは、ゴブリンなど比較にならない巨体を持つモンスターだった。
「色も違いますね。ゴブリンというのは成長すると灰色になるのでしょうか?」
清十郎もまた、感心したように観察を続けている。
その目の前で、灰色の皮膚をした巨人が咆哮した。
突き出した下顎から上向きに伸びる巨大な牙。
丸太のような太い腕には、無骨な棍棒が握られている。
「な、なに悠長に感想を述べてるんですか!オークですよっ!!なんでこんな場所に…!!」
ロンが震える手で剣を構え、叫んだ。
これまで怯えきっていたボスゴブリンは、ロンの恐怖した表情を見て取ると、卑しく口角を歪めて笑った。
そしてオークに向け、勝ち誇ったように指示を飛ばす。
「グルアァァッ!!」
オークが巨大な棍棒を振り上げ、三人目掛けて一気に振り抜いた。
「うわぁぁあ!!」
ロンは反射的に目を閉じ、来るべき衝撃に備えて身を縮めた。
強烈な風圧が吹き抜け、森が鳴動する。
だが、いつまで待っても痛みは来なかった。
恐る恐るロンが目を開けると、そこには物理法則を否定するような光景があった。
アーデルミノスが、あろうことか「片手」で、振り抜かれた巨大な棍棒を受け止めていたのだ。
いや、受け止めたという表現すら正しくない。
彼女の五本の指は、硬い木製の棍棒に深く食い込み、それを完全に制止させていた。
「…… 何だ、この非力な攻撃は。見た目からして力自慢かと思ったのだが…。」
アーデルミノスが欠伸を噛み殺しながら、冷淡な言葉を放つ。
オークが驚愕し、両手で棍棒を掴んで引き抜こうと足掻くが、彼女の腕は微動だにしない。
「耳障りだな。」
アーデルミノスが短く呟くと、彼女の指先から極低温の冷気が爆発的に溢れ出した。
一瞬にして棍棒を白く染め上げ、冷気はオークの腕、肩、そして全身へと這い上がる。
焦ったオークが棍棒を離そうとしたが、既に遅い。
凶悪な表情を浮かべたまま、オークは巨大な「氷の彫刻」へと変貌し、沈黙した。
腰を抜かすロンを尻目に、アーデルミノスが残されたボスゴブリンに冷ややかな視線を向けた。
「さて、もう他にはいないのか?」
ボスゴブリンは恨めしげな悲鳴を上げると、背を向けて一目散に逃走を図った。
だが、その身体が左右に分かたれたのは、彼が二歩目を踏み出すのと同時だった。
チャキ、と清十郎が刀を鞘に収める。
「…うそでしょ?やっぱり、なんなの君たち…。」
ロンの呆れたような、諦めに似た呟きが、静まり返った森に虚しく響いた。




