第四話_祝福の儀式
夕闇が古びた街並みを包み込み、石畳に街灯の魔石が淡い光を灯し始めた頃。
清十郎とアーデルミノス、そしてロンは、教会の扉の前に立っていた。
「司祭様!それから、ミリチェアさん!この二人の『祝福』をお願いします!」
ロンが勢いよく両開きの大扉を押し開ける。
突然の訪問者に、祭壇の奥から一人の女性が顔を出した。
緩やかに波打つ緑色の髪を後ろで束ね、清潔な白い法衣に身を包んだシスター。
眼鏡の奥で、その瞳は鋭く、しかし温かく揺れている。
彼女の名はミリチェア。
この教会の運営する孤児院で育ったロンにとっては、文字通り姉のような存在であり、密かに胸に抱き続ける憧れの女性でもあった。
「あらロン、お帰りなさい。…ついに仲間ができたの?」
ミリチェアは驚きを隠せずに眼鏡の端を指で直した。
「いや、ええと…まだ仲間ってわけじゃ…。」
ロンは照れくさそうに青い髪を掻きながら、視線を泳がせる。
ミリチェアはクスクスと笑い、清十郎とアーデルミノスの方へ歩み寄った。
「お二人とも、ロンをよろしくお願いしますね。この子、こんな明るい性格ですけど、冒険者なんて荒くれ者が多いでしょう?いつも心配で…。」
ミリチェアは面倒見の良い姉としての顔で微笑んだが、不意にアーデルミノスの前で、その足を止めた。
彼女の視線が、アーデルミノスの全身をなめるように走る。
(綺麗な人…いえ、それよりも…。)
ミリチェアの心臓が、警鐘を鳴らすように跳ねた。
眼鏡の奥で彼女の特殊な視界が明滅する。
(底が見えない…。この人の体の中から、恐ろしいほどの魔力が溢れ出している。)
あまりに凝視されたため、アーデルミノスはわずかに眉を寄せた。
「…どうした? 私の顔に何かついているか?」
「えっ!?い、いえ、なんでも!あはは、失礼いたしました!」
ミリチェアは慌ててはぐらかし、己の動揺を隠すように咳払いをした。
そこへ、奥から威厳のある老司祭がゆっくりと歩み寄ってくる。
「ロンよ。祝福と言ったが、この方々は生まれてから一度も祝福を受けていないのですか?」
司祭の問いに、ロンが一瞬、説明に窮して視線を彷徨わせる。
教会の常識からすれば、生まれた時に祝福を受けない者などいないからだ。
そこで、清十郎が穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。
「司祭様。信じていただけないかもしれませんが、実は僕たちは、この世界の人間ではないのです。」
清十郎は、自分たちが異なる次元からこの地へ迷い込んだ経緯を、短く、しかし説得力のある言葉で伝えた。
当然、二人は最初こそ呆然としたが、ミリチェアが深刻な顔で司祭に耳打ちする。
「司祭様、彼の話は真実かもしれません。…この女性、アーデルミノスさんの魔力量は恐ろしいほどです。上級冒険者の魔術師に何度かお会いしたことがありますが、これほどの密度は…今まで一度も見たことがありません。」
「ほう、魔力量が見えるのか?」
アーデルミノスの問いに、ロンが得意げに胸を張った。
「ミリチェアさんのスキルは『魔視』。相手の魔力量を色として見ることができるんですよ。凄いでしょう?」
「コラ、ロン!勝手に人のスキルをベラベラと話すものじゃないの!」
ミリチェアがロンの頭を軽く小突く。
そのやり取りは、まるで本物の姉弟のように睦まじいものだった。
その様子を見ていた清十郎が、ふと慈しむように優しく笑う。
その笑みに目を奪われたミリチェアは、さらに不思議そうな顔で清十郎に近づいた。
「…あなた。あなたは魔力をほとんど持っていないようね。でも、何か胸の奥に、小さな…。」
ミリチェアが眼鏡の位置を整えながら、清十郎の胸元へ顔を寄せる。
その距離、わずか数センチ。
「お、おい、近すぎないか?」
アーデルミノスが、低く鋭い声を漏らした。
それと同時に、清十郎が笑顔のまま、ミリチェアの方へ少しだけ顔を傾ける。
「そうですね。少し近すぎますよ、ミリチェアさん。」
不意に、ミリチェアの視界が清十郎の端整な顔立ちで埋め尽くされた。
その至近距離での微笑みに、彼女は「ひゃっ」と短い悲鳴を上げて飛び退き、顔を真っ赤にして狼狽した。
「コ、コホン!…失礼。ええと、不思議なことに清十郎さんの魔力の『色』がアーデルミノスさんとほぼ、というか、全く同じに見えるわ。血縁でもこんなことはないのに…一体、どんな関係なのかしら?」
「ああ、それは僕も気になっていたんですよ。あちらの世界でも、アーデルミノスさんの温かさを常に感じていたというか…。」
清十郎が何気なく放った言葉に、アーデルミノスの肩がビクリと跳ねた。
彼女の頬が朱に染まり、視線を泳がせる。
「あ、ああ!以前にお前が瀕死になった時があったろう?その時にだな…。」
少し間を起くと、アーデルミノスは声を荒げる。
「ええい!今はそんな話はいいだろう司祭、早く祝福とやらをお願いできるか!?」
そして、急かすように祭壇を指差した。
◇◇◇
司祭は二人を祭壇の前に立たせ、女神の聖典を手に取った。
「大いなる女神よ、かの者等の魂に慈悲と導きを。その本質を刻み、理に従わん。」
司祭が二人の頭上に手を翳すと、聖堂の天井に巨大で複雑な魔法陣が現れた。
眩い黄金の光が降り注ぎ、二人を包み込む。
「なんと…!」
結果を告げる聖典の文字を見た司祭が、声を震わせた。
ミリチェアも疑問に思って横から覗き込むが、その瞬間、彼女もまた絶句する。
「初めて見たわ、こんなの…。」
「えっ、何?僕と同じく『勇者』だったり!?」
離れた場所でワクワクしながら待っていたロンが駆け寄る。
司祭は深く息を吐き出し、信じがたい事実を告げた。
「…アーデルミノス殿は『魔導士』。そして、清十郎殿は『暗殺者』。そう刻まれている。」
その言葉を聞いた瞬間、ロンはその場に腰を抜かした。
「えっ…そ、それって、『上級職』じゃないか!!」
「上級職…?」
アーデルミノスが首を傾げると、ミリチェアが興奮気味に説明を補足した。
「ええ、普通はかなりの研鑽を積み、数えきれないほどの試練を乗り越えた者だけが到達できる、頂点のクラスよ。…前の世界では、お二人は相当な…その、凄い人たちだったの?」
アーデルミノスは、かつて魔軍を統率し、数多の戦場を血に染めた日々を思い返し、短く答えた。
「まあ、それなりにはな。」
「ロンさんも上級職ではないのですか?『勇者』ですし。」
清十郎が問いかけると、ロンは力なく笑って首を振った。
「いや、勇者だけは別なんだ。魔術師の上級職が『魔導士』、狩人の上級職が『暗殺者』。でも勇者は、戦士や僧侶の延長線上にあるクラスじゃなくて、最初から『勇者』っていう独立したクラスなんだよ。」
「そうね、戦士は騎士か求道者に分岐、僧侶は賢者となるけれど、どの上級職もレアすぎて、私は今まで一度も実物を見たことがなかったわ。まさか二人も同時に現れるなんて…。」
ミリチェアの言葉に、清十郎は冷静に頷いた。
「これで先程の『ステータスオープン』というもので、数値が見えるようになるのでしょうか?」
「ああ、それなんだけど、本格的に数値を固定するにはギルドで鑑定する必要があるね。」
ロンが言うと、司祭が厳しい表情で言葉を継いだ。
「ギルドの装置は古く、上級職を正しく反映できないでしょうが、ミリチェアの見たものが本当ならステータスがかなり高く表示される可能性があります。そこから、異世界人であることや上級職の件が公になれば、国家や魔王軍の標的になりかねません。一旦、これは我々だけの秘密にしておくべきですね。」
「異世界から来たという話も、どんな騒ぎになるか分かりませんからね…。」
司祭とミリチェアの懸念に、アーデルミノスも同意した。
「無意味に事を荒立てるのは不本意だ。その配慮、痛み入る。」
「ふふ、今日はもう遅いわ。ロン、あなたたち、今日はここに泊まって行きなさいよ。」
ミリチェアの提案に、ロンが「やった!」と跳び上がった。
「いいの!?助かるよ、実は宿代がなくて困ってたんだ!」
「もう…本当にあなたは、昔から変わらないわね。」
呆れるミリチェア、安堵するロン、そして無表情ながらもどこか満足げなアーデルミノス。
清十郎はそんな彼らを眺めながら、自分が守るべきものがまた一つ増えたような、穏やかな充実感を感じていた。
◆◆◆
その夜、教会の宿舎の窓から二つの月を眺めながら、清十郎は自分の胸元をそっと押さえた。
ミリチェアが言った「色が全く同じ」という言葉。
魔力を持たないはずの自分に、なぜ彼女と同じ色が自分の中に流れているのか。
清十郎は、それがアーデルミノスの必死の献身による結果だとは露知らず、ただ夜風に揺れる彼女の気配を心地よく感じながら、静かに瞳を閉じた。




