第三話_多様性
「しっ、しずかに!腰を落として!」
街へと続く街道の途中、ロンが血相を変えて茂みへと飛び込んだ。
清十郎とアーデルミノスもそれに従い、草木の陰に身を潜める。
ロンが指し示した先には、緑色の醜悪な肌をした、小柄な人型の存在が五体ほど屯していた。
手には錆びついた短剣や棍棒を握り、下卑た声を上げながら周囲を警戒している。
「あれは…?」
「あれはゴブリンだよ。一匹なら僕でもなんとかなるけど、五匹同時はマズイ。初級冒険者にとっては立派な全滅案件だ…。」
ロンは額に冷や汗を浮かべ、息を殺して彼らが去るのを待とうとした。
しかし、清十郎は「あれがモンスターなんですね。」と独り言ちると、事もなげに立ち上がる。
「えっ!ちょっと、だめだよ見つかっちゃう!」
慌てるロンを余所に、アーデルミノスもまた、退屈そうにふわりと立ち上がった。
その瞬間、ゴブリンの一匹がこちらに気づき、甲高い咆哮を上げる。
「セイジュウロー。」
「…はい。」
短く頷き合った刹那、清十郎の姿がロンの視界から掻き消えた。
「えっ!?」
ロンが驚愕に目を見開いたのと、三体のゴブリンの首が宙を舞ったのは同時だった。
あまりの速さに、金属の擦れる音さえ聞こえない。
清十郎が背後で静かに刀を鞘に収める。
残された二匹が恐怖に顔を歪め、逃げ出そうと背を向けた。
だが、その頭上からアーデルミノスの白く細い両手が伸びる。
「逃さん。」
回転しながら宙を舞い、二匹の頭を掴むと、一匹は一瞬にして氷像へと変わり、もう一匹は内側から噴き出した猛烈な業火に包み込まれた。
あまりに一瞬、あまりに圧倒的な蹂躙。
呆然と立ち尽くすロンの前で、清十郎とアーデルミノスは顔を見合わせて笑い合った。
「モンスターというのも、思ったより大したことはないんですね。」
「ふん、我々にかかれば、この程度当然だ。」
「え、ちょ…なんなの、君たち…?」
膝を震わせるロンだった。
◇◇◇
「すごい、すごすぎるよ!君たち、本当はどこか別の国で名を馳せた伝説の冒険者じゃないのかい!?」
興奮を抑えきれないロンが、アーデルミノスの白い手をがっしりと握りしめた。
瞳を輝かせ、ぐいぐいと顔を近づける。
「…っ。」
アーデルミノスがその勢いに一瞬怯んだとき、横からすっと影が差し込んだ。
清十郎が、至極自然な、それでいて一切の隙がない動きでロンの手を彼女から引き離したのだ。
「たまたまですよ。運良く急所を突けただけです。今度はぜひ、ロンさんの実力を見せてくださいね。」
清十郎はいつもの温和な笑顔を浮かべている。
「う、うん!もちろんだよ!」
急に引き離されたロンが少し圧倒されながら頷く。
その後ろで、清十郎の、自分を背に隠すような動きに、アーデルミノスは思わず思考を停止させた。
(今のは…何だ?さりげなすぎて流しそうになったが…。)
かつて城下町を歩いた時も、彼はこうして自分を守るように歩いていた。
だが、今の拒絶にはそれとは違う、もっと何か。
(ん?もしかして…嫉妬?)
そう思い至った瞬間、アーデルミノスの頬がわずかに赤らんだ。
魔軍司令として数多の戦場を支配した彼女が、たった一人の男の行動に、不覚にも動揺を隠せずにいた。
◆◆◆
日が西に傾き、二つの太陽が空を茜色と銀灰色に染め分ける頃。
三人はようやく目的の街に到着した。
「ようロン!今日はどうだった、収穫は…って、おい!」
重厚な石造りの城門をくぐろうとした際、門兵が気さくに声をかけてきた。
だが、ロンの横に二人に気づいた瞬間、彼は持っていた槍を落としそうになるほど硬直した。
「へへ、驚いたろ?僕が案内してきたんだ。」
得意げな顔のロンの肩を抱き、耳元で呟く門兵。
「お、おい!なんでお前が美女二人も連れてるんだよ!?」
「ん?二人?」
アーデルミノスは間違いなく美女。
もう一人は…と笑顔で城門を見上げる清十郎を軽く見やる。
サラサラの黒髪に、整った顔立ち、そしてきめ細やかな白い肌、服装もヒラヒラとして身体のラインが分かりづらい…。
なるほど!とロンは一人納得しつつ、とくに訂正はせずに更に得意げに門を潜って行った。
◇◇◇
一行は教会の尖塔がそびえる街の中心部へと向かう。
街の風景は、清十郎たちがいた世界の魔王城下町にどこか似ていた。
石畳の道、レンガ造りの家々。しかし、決定的に違うのはその「多様性」だった。
道を行き交うのは人間だけではない。
額に角を持つ者、巨大な単眼を持つ者、背中から美しい羽を覗かせている種族。
さらには、耳がマーマンのように尖った種族や、豊かな髭を蓄えた小柄な種族までが、当たり前のように隣り合って笑い合っている。
「…驚いたな。魔族も人も、これほど平等に生活しているのか、ここは。」
アーデルミノスが、感慨深げに呟く。
かつて魔王ローデウスが目指し、成し遂げられなかった共生の形が、そこには完成されているように見えた。
「魔族、ですか?」
ロンが不思議そうに首を傾げた。
「それは、魔王配下の人語を話す『異形』のことですよね?ここにいるのは、みんな『人間』ですよ。角があろうが羽があろうが、知性を持ち、神の祝福を受けた民はみな人間です。」
「…何?」
「姿形はただの『種族(種)』の違いでしかないんです。魔族っていうのは…もっとこう、話の通じない、魂そのものが汚染された怪物たちの呼び名ですよ。」
清十郎とアーデルミノスは、再び顔を見合わせた。
同じ言葉を使いながらも、定義が根本から異なっているようだ。
教会から漏れる鐘の音が、夕闇に溶けていく。




