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第一話_新たな出会い

湖畔に広がる穏やかな午後の陽光。

二つの太陽が天頂で並び、世界の色彩を奇妙に際立たせている。

清十郎とアーデルミノスが、その不可思議な空の下で身構えたその時――茂みの中から一人の青年が飛び出してきた。


「ちょ、ちょちょちょっ!待った!敵じゃない、敵じゃないから!」


慌てて両手を挙げて現れたのは、使い込まれた、けれどどこか頼りない簡易的な鎧に身を包んだ、冒険者風の青年だった。

背中には小ぶりの剣を背負い、青い髪を短く切りそろえている。

アーデルミノスは鋭い眼光を崩さず、低く冷徹な声を浴びせた。


「…何者だ、貴様。何ゆえ我らを窺っていた?」


「ひえっ…!」


問われた青年は、言葉を失ってその場に固まった。

だが、それは恐怖だけが理由ではない。

彼は、アーデルミノスの姿を直視した瞬間、あからさまに「ほぇ〜」と口を半開きにして見惚れてしまったのだ。

彼女は元いた世界でも絶世の美女と謳われたほど。

これほど間近で彼女の美貌に晒された者が、正気を保つのには努力を要する。


「おい、聞いているのか?貴様、死にたいのか?」


アーデルミノスが苛立ちをあらわに眉をひそめ、冷たく睨みつける。

その殺気を含んだ視線に、青年はようやく我に返ってあわあわと手を振った。


「す、すみません!あまりに綺麗だったもので、つい!ぼ、僕の名前はロン。しがない冒険者の…いや、こう見えても『勇者ロン』って言います!」


「…勇者?」


アーデルミノスが、更にあからさまに怪訝けげんそうな顔をした。

彼女にとって勇者とは、クライムやグレイのように、聖剣を手にし、己の国と種族の命運を背負って戦う、選ばれし強者を指す言葉だ。

目の前の、どことなく締まりのない青年から発せられる響きとは、あまりにかけ離れている。

一方、清十郎は一歩前へ出ると、人当たりの良い笑顔を作って彼に話しかけた。


「勇者様なんですね。ということは、どこかの国に仕えていらっしゃる、高貴な方なのですか?」


するとロンは、照れくさそうに青い髪をかきながら、困ったように笑った。


「いや、勇者って言っても僕はまだ『駆け出し』だからね。冒険者ギルドに登録したてなんだ。国に認められて、正式に称号を貰えるまでは、まだまだ修行の身だよ。」


「…駆け出しの、勇者?勇者というのは、そんなに種類があるのですか?」


清十郎の重畳たる問いに、ロンは少しだけ真面目な顔をして答える。


「ま、まあ勇者職は珍しいには珍しいんだけど…実際、あまり大成しないから人気ないってのが実情かな?ほら、ステータスは平均的だし、これといった特化魔法も使えないからさ。」


「職…?人気がない……?」


二人の顔に、深刻な困惑が広がる。

世界の希望として祭り上げられていた「勇者」という存在が、この地では職業の一つとして扱われ、あろうことか「不人気」などという言葉で評されている。

その事実だけで、ここが自分たちの知る世界とは根底から異なる場所であることを物語っていた。

ロンは不思議そうに清十郎の姿をジロジロと眺め、首を傾げた。


「ところで君、珍しい服を着てるね?そのヒラヒラした装束に、なんだかミステリアスな雰囲気…もしかして魔法使いか、それともどこかの教会の僧侶かな?」


じりじりと清十郎に詰め寄るロンの視線を、アーデルミノスが力ずくで遮る。


「悪いなロン。私たちは遥か遠方の地から来たせいか、ここの常識をあまりよく知らないのだ。もし良ければ、色々教えてくれないか?」


彼女が努めて穏やかな口調(といっても、軍司令としての威厳は隠しきれていないが)で頼むと、ロンの顔がパッと明るくなった。


「ええ喜んで!あなたのような美女の頼み、聞かないわけがない、いや、ぜひ聞かせてほしいっ!!」


食い気味に顔を近づけてくるロンの勢いに、アーデルミノスは流石に少し引き、「お、おう…」と軽く頷くのが精一杯だった。

その時、二人の間に割って入ったのは、柔らかな、だが入り込む余地のないほど鮮やかな「壁」だった。


「おっと、失礼。…あまり彼女に近づきすぎると、このあたりは足場が悪いですから。」


清十郎が、いつの間にかロンの肩にそっと手を置き、絶妙な角度で彼をアーデルミノスから引き離していた。

その動作は、彼らしい流麗なものだったが、微笑む瞳の奥には、いつもの飄々とした余裕とは異なる、冷たく研ぎ澄まされた何かが一瞬だけ走った。


「遠方からってことは、もしかして南方にあるっていうあの島国から来たのかい?噂じゃあ、変わった服装の人たちが住んでるって聞くけど…。」


ロンが再び饒舌じょうぜつに話し始めると、清十郎はさりげなくアーデルミノスを自らの背後へと促し、自らがロンの正面に立つ形を崩さない。


「すみませんが、本当に何もわからなくて。この土地の名前や、さっき言っていた『職業』、それから今の情勢なんかも教えていただけると嬉しいのですが?」


清十郎が屈託のない笑顔で畳みかける。

その声は普段通り優しげだが、アーデルミノスには分かった。

今の清十郎は、まるで標的を仕留める直前のような、あるいは大切な預かり物を守り抜こうとする時のような、妙に硬質な気配を纏っている。


(清十郎…?いや、気のせいか?)


アーデルミノスが訝しげに彼の背中を見つめる中、ロンは得意げに鼻を鳴らした。


「よしきた!この辺りのことは僕に任せてよ!」


腰を下ろして語り始めたロンの様子を、二人は静かに観察する。

ロンのあっけらかんとした、裏表のない性格にわずかな安らぎを感じつつも、まだ気を許すわけにはいかない。

湖面に反射する光が、ゆらゆらと二つの太陽を揺らしている。

新しい世界、新しい常識。そして、目の前の勇者。

清十郎とアーデルミノスの、波乱に満ちた第二の人生は、この騒がしい青年との出会いから静かに動き出した。

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