第四話_王座の間
静寂が、耳に痛いほどだった。
バルハート帝国の最深部、玉座の間。
重厚な扉を押し開けた一行の視線の先に、その女はいた。
瓦礫と化した帝都の惨状とは対照的な、汚れなき純白のドレス。
陽光を弾くような美しい金髪。
彼女は玉座に深く腰を下ろし、優雅に足を組み、肘をついた状態で侵入者たちを見下ろしていた。
「よく来た、人間ども。」
鈴の音のような、だが背筋を凍らせるほど冷徹な声が響く。
セルスは退屈そうに一同を見渡し、やがてグレイの傍らに立つリゼアに目を留めた。
その瞳が、わずかに細められる。
「…その女の首輪、まさか?」
「ああ、お前が魔王アマデウスに嵌めたものと同じだ!」
グレイが吐き捨てるように応じる。
セルスは、意外なものを見たという風に、小さく独りごちた。
「…まさか。あの男の?」
「何を言ってやがる。この首輪の解除方法と、発動条件…すべて吐いてもらうぞ!」
激昂するグレイを、セルスはどこか遠くを見るような、捉えどころのない眼差しで眺めていた。
彼女は考えるように細い指先を口元に添える。
「解除か。…その首輪は、対象となる主人の死によってのみ、その役割を終えるように作ってある。」
唐突に、隠すことなく話される首輪の秘密。
「そして発動の理も単純だ。一定以上の魔力を持つ者を、強制的に支配下に置く。それだけのことだ。」
「…一定以上の魔力?」
アーデルミノスが、その言葉を反芻するように眉を寄せた。
人間であるリゼアが首輪の支配下に落ちたことに、ようやく合点が入った。
ヘパルディアに首輪をもたらした伝説の勇者、そして同じく首輪を保有していたセルス。
この二人が同じ異世界からの訪問者であるならば、彼らと、そして彼らがもたらした首輪に「種族」という概念は存在しないのだろう。
かつてセルスが語ったと言う「人と魔の違いなど、この世界の決め事でしかない」という言葉が、それを裏付けている。
セルスは、ゆっくりと指を唇から離し、獲物を定めるような冷たい光を宿した。
「それよりも…その首輪を所有しているということは、貴様らの中に『ヤツ』の…勇者フアイロの関係者でもいるのか?」
「勇者フアイロ…誰だそれは?」
聞いたこともない名に対し、グレイが怪訝そうに眉根を寄せる。
「それが、かつて異世界から召喚されたという勇者の名か?」
アーデルミノスが推測を元に聞き返す。
勇者の名は、この世界の歴史のどこにも記録されていない。
英雄譚に記される「勇者」という抽象的な称号の裏に、そんな名の個人が存在したことなど、誰も知る由がなかった。
「その反応。『ヤツ』がこの世界に来たのは相当昔の話ということか…。」
何かに納得したように呟くセルスは、改めてこここにいる者達の武器を観察し、別の質問を投げかけてきた。
「聖剣はどうした?」
その問いに、クライムが迷わず前へ出る。
「何を言っているのかはわからないが、今の勇者は私とこのグレイ!聖剣も私たちが保有している!」
クライムが眩い光を放つ聖剣を引き抜き、セルスへと切っ先を向ける。
同じくグレイも、クライムのものとは対照的な荒々しい輝きを纏った大剣(聖剣)を構え直した。
この世界において、これ以上の武器は存在しない。
勇者の象徴たる二本の聖剣。
だが、その二本を冷淡な瞳で一瞥し、セルスは可笑しくてたまらないといった風に、肩を揺らして笑った。
「ふふ…ふふふ。そうか、それは残念だ。」
彼女の笑みが、不意に消える。
感情の温度が完全に削ぎ落とされた無機質な瞳が、一行を射抜いた。
そして、セルスはゆっくりと腰を上げる。
ただ、立ち上がっただけ。
それなのに、玉座の間全体の空気が一瞬にして数倍の重力に押し潰されたかのような、圧倒的なプレッシャーが一同を襲った。
壁が軋み、床のタイルがその圧力で微かに沈む。
「つまらん話し合いはおしまいだ。そろそろ、相手をしてやろう。」
白銀の刃を構える清十郎。
聖剣を握りしめるクライム。
覚悟を決めた面々の前で、白きドレスの魔王が、静かに王座に立て掛けてあった黒剣に手を伸ばす。
因縁の糸は、今この場所で、一つの結末へと収束しようとしていた。




