第三話_帝都
門を越えた先、そこにあったのはかつての栄華を無残に踏みにじった、骸の街だった。
バルハート帝国の帝都。
アマデウス領の城下町やジノーブス北部で見せつけられた絶望が、ここではより深い静寂とともに凝固していた。
リゼアの放った極大火球によって穿たれた城門の穴を、アーデルミノスが即座に氷の魔法で封鎖する。
追撃せんとしていた影の軍勢は、その氷壁を前にしてぴたりと動きを止めた。
彼らは執拗に門を破ろうとはせず、ただ無機質な軍勢として外側で静止している。
「…バルハートは、いつ滅んだのだ?」
誰かの呟きが、乾いた風に消えた。
廃墟の至る所に、朽ち果てた住人たちの姿があった。
転がっている死体は流れる血さえもすでに固まり、残った皮膚はミイラのように乾ききっている。
その腐敗の進み具合からして、帝国が滅びてから相当な月日が経過しているのは明白だった。
セルスはこの凄惨な死の街の頂点に、長きにわたって君臨していたのだ。
一同は、言葉を失いながらも城へと続く大通りを急ぐ。
◇◇◇
街の中腹に差し掛かったその時、不意に空気が凍りついた。
視界の端から、あの不吉な黒い霧が噴き出してくる。
影の軍勢を作り出したものと同様の、禍々しい魔力の残滓。
それが眼前の広場に集まり、急速に形を成していく。
「また影か…!」
クライムが聖剣を構える。
だが、そこに姿を現したのは、先ほどまでの兵とは比較にならない、巨大な「恐怖」そのものだった。
「グオォォォォォォォォ!!」
更地となった街の隅々にまで響き渡る、鼓膜を裂くような咆哮。
巨躯が立ち上がり、その広げた羽は、天頂へと昇ろうとしていた太陽の光を完全に遮り、地上に絶望の影を落とした。
「ドラゴン…!まさか、伝説の魔獣まで影にしているのか!?」
魔王ローデウスですら、その光景に息を呑んだ。
ジノーブス北部にて死闘の末に、ようやく討ち果たしたはずの伝説。
それが漆黒の霧を纏い、より禍々しい死の化身となって再び彼らの前に立ちはだかったのだ。
ジノーブス戦での疲労、そして先ほどまでの影の軍勢との消耗。
「これは、流石に厳しいですね…。」
清十郎が刀を握り直し、額に冷や汗をにじませる。
各々が覚悟し武器を構えた、その時だった。
突如として、バルハート帝国の東側――海に面し、城壁が存在しない方角から、天を突くような巨大な波が押し寄せた。
「な、なんだ!?津波!?」
グレイが叫ぶ。
街の通りを飲み込まんばかりの勢いで迫る奔流の中から、三体の巨大な影――海獣クラーケンが姿を現した。
その背後には、槍を掲げた精強なるマーマン兵たちが波を割って続く。
そして、その先頭、波頭に立って剣を振るうのは、美しくも苛烈な女傑。
アマデウス魔王軍、三将の一人、海竜将軍リアであった。
「ここは我らが引き受ける!アーデルミノス、先に行け!!」
聞き覚えのある凛とした声に、一同の顔に驚愕と歓喜が走った。
「リア…!」
アーデルミノスの口元に、不敵な笑みが浮かぶ。
「遅かったではないか!任せたぞ!!」
「フン、海を駆けてくるのは時間がかかるのだ!行け、クラーケン!!」
リアの号令とともに、三体の巨大な触手がドラゴンの影に絡みついた。
物理的な質量を超えた深海の魔獣たちの拘束が、伝説の影を地上へと引きずり下ろす。
クラーケンがドラゴンの翼を封じ、足掻く巨躯を抑え込むことで、城へと続く最短の道が切り拓かれた。
「一気に抜けるぞ!」
アーデルミノスの叫びに応じ、清十郎たちはドラゴンの傍らを走り抜ける。
リアは、城へと向かう将たちの背中を見送り、再び目の前の巨大な影を見上げた。
漆黒のドラゴンの瞳が、海からの侵入者を忌々しげに捉える。
「伝説の魔獣、ドラゴンか…よかろう。我ら海軍の力、その身に刻んでやろう!」
リアが槍を構え直す。
大陸が誇る唯一の海軍と、死せる伝説。
バルハートの廃墟で、新たな戦いが幕を開けた。
その喧騒を背に、清十郎たちはついに、セルスが待ち構える魔王城の入り口へと辿り着く。




