第二話_影の軍団
「こいつら、本当に倒せるのか…!?」
ディゾルブが呻くように吼えた。
二振りの巨大な斧を旋回させ、蛇の如き下半身をうねらせて影の兵を次々と薙ぎ倒していくが、一向に数は減らない。
それどころか、斬り伏せられた影たちは、まるですり抜ける風を集めるかのように、再びその場に立ち上がるのだ。
物理的な衝撃は確かに通じている。だが、四肢を断ち切られようが、胴体を両断されようが彼らには関係がなかった。
切断された部位は磁石のように引き寄せられて接着し、消し飛んだ部分は黒い霧が凝縮して即座に復元する。
それは、死すらも克服した「不滅の軍団」であった。
「くっ…やはりところどころに強い個体が混ざっているぞ!」
クラウハルトが吠える。
大剣を携えた巨大な影の一撃を重厚な大剣で受け止めるが、その膂力は生前の英雄をなぞるかのように鋭く重い。
「焼き払え!業火の魔法!!」
メイルートが軍団の中心部に向けて巨大な火球を打ち込んだ。
しかし、紅蓮の炎が炸裂する直前、それは空中で霧散するように消え失せる。
影の軍勢の中に立つキフィルの影、そして複数の僧侶と思わしき影が、無言のまま強固な防御障壁を展開したのだ。
「これでは埒があきませんね…。」
清十郎が呟く。
一度に数体の影を斬り裂くが、数と再生速度がそれを上回る。
「クソがっ!こいつら体力も無限かよ!このままだとジリ貧だぜ!?」
グレイがガルーダの影の双剣を受け止めながら叫んだ。
前線の兵士たちにも、倒しても何度も起き上がる影との不毛な消耗戦により、明らかな疲弊の色が見え始めていた。
「一度集まれっ!」
アーデルミノスの鋭い号令が響く。
面々は互いをカバーしつつ、後退しながら一点に集結した。
「ローデウス様と私、そしてリゼアで一気に城門までの道を切り開く!兵は一時撤退、影どもがジノーブスへ侵攻しないよう防御陣を引け! 防衛指揮はポトフォウルに任せる!」
その采配に、ポトフォウルは短く頷いた。
個の武力において、ポトフォウルはこの場に並ぶ英雄たちには及ばない。
だが、軍を率い、数万の動向を制御する術において、彼の右に出る者はいない。
「俺も残ろう。セルスとの戦いでは、残念ながら今の俺は足手まといだ。」
イルゼもまた、決然とした声を上げた。
彼はクライムの肩にそっと手を置く。
「キフィル、ドルンの仇を…。そして俺たちを騙し、弄んだあの偽王女に、すべてを後悔させてやってくれ。」
その言葉を聞き、メイルートは焦燥に駆られたように隣のグレイへ詰め寄る。
「わ、私は行くわよ!セルスに服従の首輪のことを聞かなきゃいけないんだからっ!!」
食ってかかるメイルートを、グレイはこれまでにない真面目な顔で宥めた。
「それは俺が聞いてきてやる。…お前までいなくなっちまったら、俺はもう『勇者』じゃいられねぇよ。」
初めて見るグレイの深い覚悟に、メイルートの瞳が赤く潤む。
「…っ、わかったわよ!そのかわり、絶対に生きて帰ってきなさいよ!!」
睨みつけるメイルートに、グレイが不適に笑う。
そして、もう一人の将が声を上げる。
「この広範囲を見渡すには我らがワイバーン部隊が必要だろう。」
フェルディナンドが四本の手を組み、クラウハルトを見据えた。
「アマデウス様の仇、お前に任せる。ワイバーンに乗ってこその私では、セルスとの戦いでは役不足だ。」
残る者、そして死地へ進む者が決まった。
◇◇◇
「リゼア!!」
アーデルミノスの声に応え、リゼアが城門に向けて両手を突き出した。
あと先など考えない、全魔力を消費した極大の火球。
人間の中でもトップクラスの魔力を持ち、「従属の首輪」による強制力があるからこそ放てる、禁忌に近い破壊魔法。
放たれた灼熱の奔流は、影の僧侶たちの防御魔法を力任せに粉砕し、城門へと続く一本の「道」を作り出した。
「道を閉ざさせぬぞ!」
そこへローデウスとアーデルミノスが両側から氷の魔力を叩きつける。
炎で焼かれた路の両脇に、天を突くほどの巨大な氷の壁が築かれた。
影の軍勢が容易には近づけない、最短にして唯一の突撃路。
「いくぞ!!」
アーデルミノスの咆哮とともに、選りすぐりの精鋭たちが地を蹴った。
ローデウス、アーデルミノス、清十郎、ディゾルブ、クラウハルト、クライム、そして、意識を失いかけたリゼアをその腕に抱きかかえたグレイが、猛然と突き進む。
背後からはポトフォウル、イルゼ、メイルート、そしてフェルディナンドが、影の猛追を必死に食い止める怒号が響いていた。
退路はない。
あるのは、焼かれた路の先にある因縁の玉座のみ。
精鋭たちは、世界を歪めた「魔王」の元へと突撃を開始した。




