39 若竜
若竜たちは、すぐには近づいてこなかった。
距離を測っている。
昨日より慎重で、昨日より期待している。
アランは岩棚に腰を下ろしたまま、静かに息を吐いた。
「……なあ」
隣でアルシェが頷く。
「なに」
「こいつら、遊びたいのか」
「うん」
「でも噛まない?」
「噛まない」
「爪は?」
「出さない」
「信用していい?」
アルシェは一拍置いて、遠くを見た。
人型がゆっくりと白銀の巨体へと変化する。
竜型のまま、少し高い岩の上に伏せた。
こちらを見ているが、近づかない。
介入しない。
ただ見ている。
『私が、見てる』
その一言でちゃんと安心できた。
◇
最初に動いたのは、白っぽい若竜だった。
体はまだ細く、翼も小さい。
でも鼻先は立派で、好奇心が顔に出すぎている。
そっと一歩。
止まる。
様子を見る。
アランは動かない。
手も伸ばさない。
呼吸だけ整える。
若竜は首を伸ばして、くんと空気を吸った。
次の瞬間、ぴたりと止まる。
匂いを嗅ぎ終わったらしい。
青い鱗の若竜が、横から小さく鳴いた。
「……」
声じゃない。
空気が少し揺れる。
たぶん、「どうだった?」だ。
白い若竜は、満足そうに尾を一度振った。
良いらしい。
アランが遠い目になる。
(犬の会議だ……)
◇
次に、黒い影が前に出た。
昨日果物を転がしてきたやつだ。
学習能力が高い。
そいつは慎重に、慎重に――
果物を、また転がした。
ころころころ。
今度は、アランの手の届く位置で止まる。
完璧だ。
アランは一拍待ってから、果物を拾った。
食べる。
静かに。
若竜たちの尾が、一斉に揺れた。
喜びの波。
静かな成功。
アランは小さく息を吐いた。
「……よし」
何がよしなのか分からないが、よしだ。
◇
次は“遊び”だった。
遊びと言っても、追いかけっこじゃない。
噛み合いもしない。
若竜が一匹、前足で地面を軽く掘った。
石ころがぽんっと跳ねる。
それを別の若竜が鼻先で弾いた。
ころん。
アランの足元まで転がってくる。
――ボールだ。
アランは一瞬迷ってから足先で軽く蹴り返した。
転がる。
若竜が、目を輝かせる。
次は少し強く。
でも、アランのところには来ない。
ちゃんと距離を守っている。
アルシェが遠くで、満足そうに尾を一度だけ揺らした。
監督だ。
完全に。
◇
しばらくそれが続いた。
石ころを転がす。
果物を置く。
匂いを嗅いで満足する。
誰も触らない。
誰も越えない。
アランは気づいた。
(……これ、信頼の確認だ)
危害を加えないか。
嫌がらないか。
逃げないか。
全部、犬っぽい。
でも。
アランは、少しだけ笑った。
「……悪くないな」
アルシェの声が、少し遠くから落ちてくる。
『うん』
◇
最後に青い鱗の若竜が前に出た。
一番慎重で一番控えめなやつ。
そいつは、少し迷ってから――
翼を、ほんの少しだけ広げた。
威嚇じゃない。
飛ぶ準備でもない。
“見せたい”だ。
アランは瞬きをした。
「……飛べるのか」
若竜は、嬉しそうに一度だけ尾を振る。
そして、短く助走して――
ぽん。
跳んだ。
ほんの一瞬。
すぐ着地。
でも、確かに“浮いた”。
アランの胸が、きゅっと鳴った。
アルシェが、遠くで首を傾ける。
『……あなたも、できる』
アランは視線を上げた。
「今?」
『今じゃない』
「だよな」
『でも、帰る前に』
「条件が増えたな」
アルシェは、少しだけ笑った。
◇
若竜たちは、満足したらしい。
一匹ずつ、静かに下がる。
名残惜しそうに振り返りながら。
最後に白い若竜が、深く頭を下げた。
礼だ。
アランは、反射的に立ち上がり、軽く頭を下げ返した。
それだけで、空気がふっと軽くなった。
アルシェが翼をたたみ、ゆっくりと立ち上がる。
白銀の竜が、近づいてくる。
でも、まだ距離は取っている。
『満足?』
アランは、正直に言った。
「……思ったより」
アルシェが頷く。
『じゃあ、帰ろう』
「帰る、って」
『屋敷』
その言葉がやけに現実的で、安心できた。
アランは息を吐いた。
「……帰るか」
竜の里の外れで。
でかい犬みたいな竜たちに見送られながら。
人間だった男と、最強竜は、静かに帰路についた。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




