37 宴 後編
座る場所は、本当にアルシェの隣だった。
岩の席。
背もたれがない。
というか背もたれが必要なサイズ感でもない。
アランは座った瞬間、背筋を伸ばした。
動くな。動くな。
アルシェが隣で当たり前みたいに手を取る。
「触っていい?」
「今さら聞くのかよ!」
「聞く」
アランは小さく頷いた。
「……いい」
アルシェは満足そうに頷く。
「行儀」
「その単語、おまえの都合でしか使われてないだろ」
アンフィスが一歩前に出た。
里の竜たちに向けて、短く言う。
「叔母上の客人だ。余計なことをするな。近づくな。見るなら静かに見ろ」
さっきと同じだ。
短いのに、誰も逆らわない。
……と思った、その時。
岩棚の陰から、ころころころ、と丸い果物が転がってきた。
誰かが“転がした”
勢いがつきすぎて、アランの足元にコツンと当たる。
アランは固まった。
動くな。動くな。拾うな。拾うな。
アルシェがすっと拾って、アランの膝に置いた。
「今の、かわいい」
アランは胃を押さえて小声で言った。
「……竜が転がしてくるの、犬すぎるだろ」
アンフィスが淡々と頷く。
「犬です」
「……認めんでいい」
◇
宴が始まった。
火はない。
竜は火を飾りにしない。
かわりに、岩の皿みたいなものに肉と果物が積まれていく。
積む、というより置き逃げされていく。
誰も名乗らない。
誰も近づかない。
でも明らかに“アランの前”にだけ増えていく。
アランは半泣きで胃を押さえた。
「……これ、俺、全部食えってこと?」
アンフィスが淡々と答える。
「食べられる分だけでいいです。拒否しないのが大事です」
「犬のしつけじゃん!」
アルシェが嬉しそうに言った。
「合格」
「合格とか言うな!」
アランが青い果物を一つ齧ると、甘さが口に広がった。
すると、広間の端の影が少し揺れて、すっと引っ込んだ。
食べたのを見て安心したらしい。
アランは震える声で言った。
「……今の、見てたよな」
アルシェが即答する。
「見てた」
「言うな」
アンフィスが淡々と補足する。
「気に入られました」
「気に入られって言い方がペットなんだよ!」
アルシェが頷く。
「ペットじゃない。恋人」
「余計重い!!」
◇
その時、広間の奥の影が一つ、ぬっと動いた。
今まで一番大きい。
竜型のまま、腹ばいになっている影。
頭だけを持ち上げて、こちらを見た。
目が金色じゃない。
青い。
アンフィスが小声で言った。
「……長老の一頭です」
「宴にもいるのかよ!」
「監督です」
「監督ってなんだ?」
長老が、低い声でぽつりと言った。
『……食うな』
アランが固まる。
「え」
アンフィスが眉を動かす。
「……?」
長老はゆっくり続けた。
『……食われるな』
アランの胃が、魂ごと逃げた。
「意味が分からん!?」
アルシェが即答する。
「大丈夫。食べない」
「誰が誰を!?」
アンフィスが小さくため息を吐いた。
「つまり、“調子に乗るな”です」
「雑に訳すな!」
アルシェが長老に向かって言った。
「行儀」
長老が、鼻で笑ったような音を出した。
『……その言葉、嫌いじゃない』
アランは胃を押さえたまま、そっとアルシェを見る。
「……今、長老と会話したぞおまえ」
「した」
「会話成立してるの怖い」
「竜だから」
「理屈のわからん万能ワード禁止!」
◇
宴は続く。
果物が転がる。
肉が置かれる。
誰も名乗らない。
でも、アランが一口食べるたびに影が満足して引っ込む。
でかい犬の群れに囲まれたみたいな夜だ。
アランはついに、観念して小さく言った。
「……俺、歓迎されてるってことでいいのか」
アンフィスが淡々と頷く。
「はい。かなり」
アルシェが満足そうに言った。
「成功」
「試験だったのかよ!」
「試験じゃない」
一拍置いて、
「でも嬉しい」
「結局それか!」
アルシェがアランの手をぎゅっと握る。
「触っていい?」
「……いい」
その握り方は強引じゃない。
でも逃げ道はない。
嫌な逃げ道じゃなくて、落ちないための逃げ道の消し方。
アランは胃を押さえながら、小さく笑ってしまった。
「……最悪だな」
アルシェが首を傾げる。
「最悪?」
「俺の人生が犬のような竜に採点されてる」
「犬、かわいい」
「かわいいけど!」
アンフィスが締めのように言った。
「明日から、里の若竜たちが“遊び”に来ます」
アランの胃が跳ねた。
「遊び!?」
「遊びです。つまり――」
アンフィスがちらりとアルシェを見る。
「叔母上の恋人に、もっと慣れようとします」
アルシェが即答する。
「慣れさせる」
「えっ?! このカオスに慣れろと?! 俺まだ半分人間だって!」
広間の隅で、また果物が転がってきた。
ころころころ。
犬だ。
でかい犬だ。
アランの胃だけが、夜更けまで忙しかった。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




