36 宴 前編
長老の間を出た瞬間、アランは肺いっぱいに外の空気を吸った。
「……外の空気がうまい……」
竜の里の風は冷たいのに、喉に刺さらない。
それがまた腹立つくらいありがたい。
アルシェが隣で頷く。
「生きてる?」
「それ、毎回確認するな」
「確認、好き」
「嫌な趣味だな」
アンフィスが前を歩きながら淡々と言う。
「宴の前に一つだけ。里の席は、座る順番があります」
「来た……席次……!」
人間からしてみれば席次問題ほど頭を悩ませるものはない。
面倒ごとの種だ。
「短く言います」
「頼む!」
アンフィスは指を二本立てる。
「一、叔母上の隣」
「二、絶対に動くな」
「完全に動かないのは無理では?」
アルシェが即答する。
「無理じゃない。動かない」
「おまえじゃなくて俺の話!」
アンフィスがちらっとアランを見る。
「動くと、竜たちが“何かあったのか”と勘違いします」
「勘違いしたらどうなる」
「わらわら寄ってきます」
「犬かよ!!」
アルシェが嬉しそうに言った。
「犬」
「おまえ、犬って言いすぎ」
◇
宴の広間へ向かう途中、洞穴の影から何かが“ぽと”っと落ちた。
アランは反射で足を止めかけて、止めた。
視線だけ下げる。
丸い果物。
青くて、皮が薄くて、香りが強い。
アンフィスが足を止めずに言う。
「置かれました」
「置かれましたって何で報告口調なんだ」
「事実です」
アルシェが一歩だけ遅れて果物を拾い、アランの手に乗せた。
「これ、冷たい」
「……今の、誰が置いたんだ」
アルシェが首を傾げる。
「知らない」
「知らないのにさらっと俺に渡すなよ」
「歓迎」
「歓迎は分かったけど!」
洞穴の奥で石が擦れる音がした。
覗くと影が一瞬だけ引っ込む。
逃げた。
でかい犬だ。
しかも照れ屋だ。
アランは胃を押さえた。
「……竜、かわいい方向に振り切れてない?」
アンフィスが淡々と答える。
「叔母上がいるとそうなります」
「どういう現象だよ」
アルシェが即答する。
「私、好かれてるから」
「自己評価が高い!」
「事実」
アンフィスが短く頷いた。
「事実です」
「認めるな!」
◇
もう少し歩くと、今度は岩棚の上から“どさっ”と何かが落ちた。
アランは反射で身構えた。
でも落ちたのは攻撃じゃない。
肉だ。
骨付き。
さっきのより小ぶり。
……小ぶりと言っても人間の腕くらいある。
そして、落とした瞬間に上の影が消えた。
逃げ足が早い。
アンフィスが淡々と言う。
「近づいてきましたね」
「何が!?」
「里の若い竜たちです。宴の前に“気に入られるか”を確認します」
「確認って言い方が試験なんだよ!」
アルシェがアランを見上げる。
「食べる?」
「歩きながら食べろと?」
「歩きながら、できる」
「こんなでかいのは食べれねぇよ!」
アルシェは一拍置き、いつものやつをする。
「触っていい?」
「……いい。今はいい」
指先がアランの手首に触れた。
すると、肉の重さが“重いけど持てる”に変わる。
腕が折れない程度の加減に調整される。
アランは舌打ちした。
「……便利だな」
「便利」
アンフィスが淡々と補足する。
「今のは叔母上の配慮です。竜たちは“落としたのに拾えなかった”のを見ると落ち込みます」
「犬だなぁ」
アルシェが頷く。
「犬」
「同意せんでいい」
◇
宴の広間が見えた。
広い。
広すぎる。
そして、すでに“いる”。
洞穴の入口、岩棚、奥の陰。
好奇心旺盛にこちらを覗き込んでいるものもいれば、巨体を伸ばして寝そべっている影もある。
視線が一斉にこちらへ向く。
アランの胃がまた元気に悲鳴をあげそうになった。
「……数、間違ってないか?」
アンフィスが淡々と答える。
「正しいです。里の半分です」
「半分!?」
アルシェがさらっと言った。
「見せびらかすにちょうどいい」
「ちょうどよくない!」
アンフィスが低い声で釘を刺す。
「叔母上。ほどほどに」
「ほどほど」
アルシェが頷いて、すぐ付け足す。
「ほどほどに見せびらかす」
「やめろ!」
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




