35 正式な 後編
そして、ようやく本題が来た。
長老の中心にいる者が、岩の杖みたいなものを手にして、ゆっくり言う。
『……アラン・ド・ヴァレンヌ』
フルネーム。
胃に悪い。
『……この里に来た者は、問われる』
アランの胃が鳴った。
「問われるって、なにを」
アンフィスが小声で助け舟を出す。
「儀礼です。短く済ませます」
「短く!?この空気で!?」
長老が言う。
『……おまえは』
一拍。
『……アルシェを、怖がるか?』
アランは固まった。
予想していた質問と違う。
もっと無難に「忠誠」とか「血」とか「覚悟」とかが来ると思っていた。
アルシェが、横で静かに瞬きをする。
目が、少しだけ細い。
聞いている顔だ。
アランは喉を鳴らした。
「……怖いよ」
長老の空気が揺れる。
正直すぎる、と。
でもアランは続けた。
「怖いけど――」
一拍。
「この短い間に少しだけでも竜のことは理解したつもりだ」
アルシェの目が、ほんの少しだけ柔らかくなる。
長老が、ゆっくり問う。
『……理解』
アランは胃を押さえたまま頷いた。
「許可を取る。触る前に。止める時は止める。竜は強い。もっと強引にことを進めたって誰も文句は言えないのに」
アンフィスが一拍、目を伏せた。
長老が、さらにゆっくり言う。
『……アルシェは、許可のないものが自分に触れるのを嫌う』
アランは頷く。
「知ってる。破った人間が殺されなかったのは奇跡だろう。機嫌が悪ければ結果は違ったはずだ」
長老の空気が少しだけ動く。
“祈りを焼いた”情報は、もう里に届いている。
長老は、ゆっくりと続ける。
『……ならば』
一拍。
『……おまえはアルシェに触るか』
アランの胃が、別方向で死にかけた。
「……それ、質問が雑じゃない?」
アルシェが即答する。
「雑」
「おまえも言うのかよ」
アランは、横のアルシェを見た。
最強竜。
でも今は、答えを待っている顔。
アランは息を吐いて言った。
「触れる」
空気が鳴る。
長老がゆっくり目を細めた。
『……矛盾だ』
アランが即答する。
「矛盾じゃない。俺が伴侶になるんだろう。家族ならそれが当然だ」
アルシェが、すぐ言った。
「伴侶」
「恥ずかしいからおまえが言うな!!」
アランは続けてアルシェを見て言った。
「――でもそうなってもいいって言うなら側にいさせてくれ」
アルシェの喉が、ふっと鳴った。
笑い声に近い。
長老たちの空気が、少しだけ緩んだ。
犬のような納得。
◇
長老の中心が、ゆっくりと頷く。
『……よい』
その一言だけで儀礼が半分終わった気がした。
アンフィスが小さく言う。
「……通りました」
「通った!?今ので!?」
「竜族は、言葉より気配で判断します」
「余計怖い!」
長老が、さらに続ける。
『……ならば、次』
アランの胃が鳴る。
「やっぱりまだあるのか?」
長老が、ゆっくり手を上げた。
『……この里の、歓迎を』
一拍。
『……もう受け取ったな』
アランが固まる。
「……見てたのか」
空気が鳴る。
笑いの気配。
アルシェが誇らしげに言った。
「犬」
「おまえ、今日ずっと犬って言ってるな!」
長老が、ゆっくり言う。
『……なら、返せ』
アランが眉を寄せる。
「返す?」
アンフィスが淡々と補足する。
「礼です。短く」
「短く頼む!」
長老が、ゆっくりと指を一本立てた。
『……名を』
「名?」
『……呼べ』
アランの胃が、変な音を立てた。
「誰の」
長老の視線が、アルシェを指すみたいに動く。
「……アルシェ」
アランが固まる。
呼べって、今ここで?
アルシェが、何も言わずに見ている。
圧じゃない。
期待でもない。
ただ、待っている。
アランは喉を鳴らした。
「……アルシェ」
たった数文字。
でも胸が鳴る。
洞穴の空気が、ふっと軽くなる。
長老が、ゆっくり頷く。
「……よい」
アンフィスが目を閉じた。
胃薬顔が、ほんの少しだけ消えた。
『……終わりました』
「終わった!? 今ので!? よくわからんぞお前たちの文化」
アルシェが満足そうに頷いた。
「公式」
「公式やめろ!!」
長老の一人が、最後にゆっくり言った。
『……恋人』
復唱。
儀礼の刻印。
アランは膝から崩れそうになりながら、胃を押さえた。
「……俺、ここで生き残れる気がしない」
アルシェが即答する。
「生きる」
「根拠は?」
「私が死なれると嫌だから」
「俺だって死にたかねぇよ」
アンフィスが淡々と告げた。
「次は、宴です」
アランの胃が、未来を見て死んだ。
「また大量の竜の前に行くのか……元人間には心臓に悪いんだが」
洞穴の奥で竜たちの“行儀のいい笑い”が、ゆっくりと岩に沁みていった。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




