34 正式な 前編
“正式な席”という単語は、だいたい胃に悪い。
人間社会でもそうだし、竜社会ならなおさらだ。
なにせ相手が話が長いことで有名な――長老だ。
アランは胃を押さえた。
「……長老って、あの、会話が遅いって噂の……?」
アンフィスが淡々と頷く。
「遅いです」
「最悪じゃん」
「最悪です」
「肯定するな!」
アルシェが即答する。
「嫌」
「知ってる!」
「でも、行く」
「嫌なのに行くの!?」
アルシェは真顔で言った。
「恋人、見せびらかす」
「それだけはブレないな!?」
アンフィスがため息を吐いた。
「叔母上。そこは“紹介”と言い換えてください」
「紹介」
アルシェは一拍置き、すぐ訂正した。
「見せびらかす紹介」
「悪化してる!」
◇
長老の間は、洞穴の奥にあった。
洞穴というより、山の腹に開いた“口”だ。
入口の岩が歯みたいに並び、奥の暗さが喉みたいに深い。
アランは足を踏み入れた瞬間、空気の重さが変わるのを感じた。
(……圧が違う)
アンフィスの圧は「統率」だった。
アルシェの圧は「理不尽」だった。
ここにある圧は――「蓄積」だ。
長い時間が積もった匂い。
古い骨と、乾いた石と、燃え残った誇り。
アルシェが、さらっと言う。
「臭い。掃除ちゃんとしている?」
アランが即座にツッコむ。
「言うな!!」
アンフィスが低い声で言った。
「叔母上。行儀」
「行儀よくする日」
「その合言葉で全部済ませないでください」
「済む」
「済みません」
会話のテンポは早い。
でも、洞穴の奥の気配が“遅い”
まるで「急がなくていい」と空気が言っている。
アランの胃が鳴った。
(ここ、何というか時間が遅い……)
◇
広間に出た。
円形の空間。
天井は高い。
壁には竜文字の刻印。
床には古い爪痕。
真ん中には、岩の椅子がいくつも並んでいる。
椅子というより、岩を削った“座る概念”だ。
その上に――老竜たちがいた。
いや、老いた“ふり”をしている竜だ。
目が若い。
目が獣のまま。
視線が一斉にアランに刺さる。
アランの胃が懐かしい感じで死んだ。
「……こんばんは」
誰も返事をしない。
返事が遅い。
というか、返事という文化が薄い。
長老の一頭が、ゆっくり口を開いた。
『……アルシェ』
アルシェが即答する。
「うん」
『……戻ったのか』
「戻った」
『……久しい』
「久しい」
短文で返すアルシェにアランは妙な安心を覚えた。
この竜、長老の遅さに合わせる気がない。
別の長老が、ゆっくりと視線をアランへ移す。
「……それは」
アンフィスが一歩前に出た。
「客人です。名はアラン・ド・ヴァレンヌ」
空気が“鳴る”
里で起きたのと同じ反応。
名が通る音。
長老の一人が、さらにゆっくり言う。
『……人間の名だ』
「はい。まだ人間です」
アンフィスの声は淡々としているのに、鋭い。
余計な情報を与えない、仕事の声。
長老が視線を細めた。
『……“まだ”』
アランの胃がきゅっと鳴る。
アルシェが、堂々と言った。
「恋人」
アランが叫びかけて、飲み込んだ。
ここで叫んだらたぶん即死する。
胃が。
長老の空気が、じわりと動く。
ゆっくり、ゆっくり、面倒くさく。
「……恋人」
復唱された。
“公式”に刻むみたいに。
アランは顔を覆った。
(復唱文化、竜にもあるのかよ……)
長老が、さらにゆっくりと続ける。
『……アルシェが、恋人を』
「うん」
『……連れてくるとは』
「うん」
『……顔か』
アランが心の中で叫んだ。
(そこは分かるな!!)
アルシェが誇らしげに言う。
「顔がいい」
アンフィスが即座に口を挟んだ。
「叔母上」
「なに」
「今日は控えてください」
「嫌」
長老が、ゆっくり頷いた。
『……控えないのか』
「控えない」
長老の何人かが、同時にため息の“気配”を出した。
長年の慣れだ。
“またアルシェがやってる”
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




