33 歓迎 後編
アンフィスが少し離れた場所から近づいてきた。
歩き方が仕事人だ。
ゆっくりで音が少ないのに近づくと分かる。
目線が肉に行って、ほんの一瞬だけ眉が動いた。
「……やはり置いていきましたか」
「やっぱり?」
「毎回です」
「毎回って」
アンフィスは淡々と言った。
「叔母上が里に戻るたびに“何か”が増えます」
アランが胃を押さえた。
「それ、俺がいなくても?」
「叔母上の時点で起きます」
アルシェが頷く。
「私は好かれてる」
「自己評価が強い」
「事実」
アンフィスが目を閉じた。
胃痛顔だ。
「……事実です」
アランは肉を見た。
「これ、どうすればいい」
アンフィスが答える前にアルシェが即答する。
「食べる」
「即答すんな!」
アンフィスが淡々と補足する。
「食べてください。見られてます」
「うわぁぁぁ!!」
アランが呻くとアルシェが許可を取った。
「触っていい?」
「……いい」
指先が手の甲に触れる。
「大丈夫。行儀よく食べる」
「俺にそんなスキルあると思うか?」
「学ぶ」
「今さらここで学ばせるな!」
◇
アランは骨付き肉を持ち上げた。
火を通していない肉なんかあまり食べないものだったが。
重い。
でも持てる。
昨日の自分なら腕が悲鳴を上げていた重さだ。
指先に少しだけ“硬さ”がある。
爪がほんの少しだけ強い。
竜化の副作用がこんなところで役に立つのが腹立つ。
アランは肉を齧った。
――柔らかい。
噛んだ瞬間にほどける。
脂が甘い。
鉄の旨味が舌に広がって、身体が“必要なものだ”と勝手に判断するような。
アランは思わず息を吐いた。
「……うまい」
遠くの稜線の影がふっと緩む気配がした。
褒められて安心する犬の気配。
アランは胃を押さえて叫びかけて、飲み込んだ。
(やめろ、静かに驚けって言われた)
アルシェが嬉しそうに言う。
「歓迎、成功」
「成功って言うな!試験みたいだろ!」
アンフィスが淡々と呟いた。
「試験です」
「おい!」
「竜族は、相手が拒絶しないかを見ます」
「犬じゃねぇか……!」
「犬です」
「認めるな!」
アルシェが首を傾げる。
「大きい犬、かわいい」
「かわいいけど!かわいいけど胃に悪い!」
アルシェが、肉を齧るアランの頬をじっと見た。
「ねえ」
「なんだよ」
「恋人、ここでも生きてる」
「喜び方が雑!」
「嬉しい」
「単語短いのやめろ!」
アルシェは少しだけ声を柔らかくした。
「みんなが、あなたを嫌がってない」
アランは肉を持ったまま固まる。
それは、ただの事実の報告なのに。
胸の奥が妙にほどける。
アランは小さく呟いた。
「……そりゃ、おまえが慕われてるからだろ」
アルシェが即答する。
「違う」
「違うのかよ」
「あなたの匂いが、もう“里”」
「里の主張やめろ!!」
アンフィスが淡々と締めた。
「食べ終えたら、礼を」
「礼!?」
「言葉はいりません。置いた相手は出てこないので」
「じゃあどうやって」
アンフィスは空を見上げる。
「骨を見える場所に置く。それだけで伝わります」
「犬だ!!!」
アルシェが頷く。
「犬」
「一致するな!」
◇
アランは最後に果物をひとつ齧って、骨を手元に揃えた。
そして、岩の上の“目立つ場所”に置いた。
それだけで、空気がふっと軽くなる。
影が、ひとつ。
稜線から消えた。
洞穴の青い光も揺れて消えた。
満足して帰った犬もとい竜たちだ。
アランは息を吐いた。
「……なんか、変な達成感がある」
アルシェがにこっと笑う。
「いい顔」
「やめろって!」
「やめない」
「しつこい!」
「覚えたい」
アンフィスが小さく咳払いをした。
「叔母上。次は“正式な席”です」
アランが固まる。
「……正式?」
アンフィスが淡々と頷く。
「歓迎を受け取った以上、このままでは里の“長老方”が黙っていません」
アランの胃が、復活して鳴った。
「来た……」
アルシェが即答する。
「行儀よくする日」
「その呪文、万能すぎるだろ!!」
アルシェはアランの手を取って、許可を取る。
「触っていい?」
「……いい」
指先が絡む。
そして、さらっと言う。
「恋人、見せびらかす続き」
「やめろォォォ!!」
谷の静けさの中で竜の里の犬たちは満足して眠りにつき、人間の胃だけが、次のイベントを予告するように騒がしかった。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




