25 恋人 後編
アルシェはアランの肩に、軽く額を寄せた。
「ねえ」
「何だよ」
「静か」
「……静かだな」
「好き」
アランの胃が、また別方向で死んだ。
「単語が短いほど破壊力上がるのやめろ」
「好き」
「繰り返すな!」
アルシェは少し笑って、アランの髪を指でつまんだ。
「あなたの匂い」
「やめろ。情報過多になる」
「下げる?」
「下げなくていい!」
「じゃあ、我慢」
「我慢するな! いや、我慢しろ!」
アランは目を閉じた。
火山の音が遠い。
世界の圧が消えている。
頭の中にあった“面倒”が、薄くなる。
眠れる。
こんな場所で眠れるなんて、最悪だ。
でも眠れる。
アランがうとうとしかけた、その時。
アルシェがぽつりと言った。
「ねえ、アラン」
「……ん」
「竜にする」
アランの目が開いた。
「今!?」
「今はしない」
「言い方!」
アルシェは真面目な顔で続ける。
「進めるだけ」
「進めるって何だよ!!」
「少しずつ」
アルシェは指先で、アランの胸元をちょん、と触れた。
触れた瞬間、ぞくりとした。
冷たいんじゃない。
熱いんでもない。
身体の奥のほうが「形を変える準備」を始める感じ。
アランは息を止めた。
「……おい」
「怖い?」
「怖いっていうか……」
言葉が出ない。
怖いとも違う。
嫌とも違う。
ただ、人生の歯車が勝手に組み替わっていく感覚。
アルシェが言う。
「あなた、脆いの嫌」
「……俺のこと?」
「うん」
アルシェは淡々と、でも少しだけ優しく言った。
「私の恋人、壊れない方がいい」
アランは胃を押さえた。
「その言い方、ロマンがないのに刺さる」
「刺さる?」
「心に」
「良い?」
「……良くない。いや、良いのか? 分かんねぇ」
アルシェは少し考えて、短く頷いた。
「じゃあ、今日はここまで」
指先が離れる。
身体の奥の“準備”が、ふっと落ち着く。
アランは息を吐いた。
「……今ので何が変わった」
アルシェは言った。
「匂いが、少し変わる」
「熱が、少し平気になる」
「寿命が、少し伸びる」
「全部さらっと言うな!」
「さらっとじゃない」
アルシェは真面目に言う。
「計画」
アランは顔を覆った。
「……俺、計画って言葉に弱いかもしれない」
「覚えた」
「覚えんな!」
アルシェはアランの指の隙間から覗き込む。
「眠い?」
「……眠い」
「寝て」
「おまえは」
「見てる」
「見てるって何を」
「いい顔」
「やめろ!!寝れない!!」
アルシェは首を傾げた。
「寝顔、もっといい」
「やめろって言ってんだろ……!」
でも怒鳴る気力が、もうない。
火山の上の静けさが、アランの神経をほどいていく。
アランは、アルシェの肩に頭を預けた。
「……もし寝てる間に溶岩泳ぎ始めたら、俺は呪う」
「泳がない」
「ほんとに?」
「行儀よくする日」
「その言葉、信じていいんだな」
「うん」
アルシェは静かに言った。
「今日だけは」
アランの意識が沈む。
火山の音が、遠くなる。
世界の気配が、薄くなる。
最後に聞こえたのは、アルシェの小さな声だった。
「……私の恋人、かわいい」
「……聞こえてる……」
「聞こえてる顔」
「くそ……」
胃が、くすぐったくて。
心臓が、うるさくて。
でも、世界は静かだった。
◇
少し離れた場所で妖精たちが円陣を組んでいた。
声は出さない。
羽音だけで会話している。
『終わった……?』
『終わった……終わった……!』
『面倒だった祈りも燃えたし……!』
『胃が生きてる……!』
レオニスが小声で釘を刺す。
「声を出すな。竜様が起きる」
『出しません!』
『羽音で泣きます!』
妖精たちは、羽音で静かに泣いた。
火山の上で。
世界最強の竜が。
恋人を抱えて。
昼寝をしている。
それは、世界にとっては信じがたい光景で。
妖精にとっては、奇跡みたいな休憩時間だった。
『……収まるところに収まった……』
『やっと……』
火山の上の静けさが恋人たちを見守っていた。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




