24 恋人 前編
火山の呼吸が、落ち着いていく。
さっきまで空に貼り付いていた“うるさいもの”が消えたせいか、雲海のざわめきも遠くなった。
世界が、ようやく「放っておく」という態度を覚えたみたいに。
アランは岩に背中を預けたまま、空を見上げた。
「……静かだな」
アルシェは隣に座る。
「静か」
その返事が、珍しく嬉しそうだった。
アランは小さく笑ってしまう。
「おまえ、静か好きだよな。うるさいの嫌いなくせに、うるさいことばっかり起こすけど」
「起こしてない」
「起きてるんだよ」
アルシェは少し考えてから言った。
「……世界がうるさい」
「それは分かる」
アランが言うと、アルシェは一拍置いて頷いた。
「分かる顔」
「顔で判断すんな」
「分かる」
「だから顔で言うな」
ふ、とアルシェが笑った。
熱気の上で笑うのに、涼しい笑い方だ。
アランは胃を押さえたまま言う。
「で、昼寝って言ってたけど……どこで寝るつもりだよ。ここ、火山だぞ」
「温泉地」
「直せ」
「直さない」
アルシェは真面目な顔で、手を伸ばした。
「人間基準の安全、探す」
「探すって、どうやって」
アルシェは指を二本立てる。
「一、落ちない」
「二、熱くない」
「二がもう無理だろ」
「大丈夫」
「根拠」
「恋人が熱いの嫌い」
「そういう意味で言ってない!」
アルシェは首を傾げた。
「嫌い?」
「……暑すぎるのが嫌い」
「覚えた」
「覚えるな、変なところだけ」
アルシェは火口から少し離れた黒い岩場を指さした。
岩の陰に、風が当たりにくい凹みがある。
そこだけ影が濃くて、熱が柔らかい。
「ここ」
「……そこなら、まあ」
アランが言いかけた瞬間、アルシェがさらっと続ける。
「寝床、作る」
「作る?」
「うん」
指先がふわっと動く。
「待て待て待て、変なことするな」
「変じゃない」
アルシェが真面目に言う。
「昼寝の環境整備」
「言い方が仕事なんだよ!」
でも、起きたのは派手な魔法じゃなかった。
黒い岩の表面が、ほんの少しだけ“丸く”なる。
角が取れて、背中に刺さらない形になる。
さらに上から、風が運んだ乾いた苔みたいなものが、ふわりと降り積もる。
アランは目を瞬いた。
「……おい」
「なに」
「地味だな」
アルシェは頷く。
「行儀」
「その行儀、便利すぎるだろ」
アルシェは凹みに腰を下ろし、ぽんぽん、と自分の膝を叩いた。
「ここ」
アランの胃が、条件反射で鳴った。
「……いや、いやいや」
「安全」
「安全の定義が違う!」
「落ちない」
「落ちるかどうかの話じゃない!」
アルシェは不思議そうに瞬きをした。
「恋人、隣で寝る」
「誰が決めた」
「私」
「また私基準!」
アルシェは少しだけ眉を寄せた。
「嫌?」
その一言が、ずるい。
拒否すると、たぶんアルシェは静かに傷つく顔をする。
傷つく顔を見たら、アランの胃が別の理由で死ぬ。
アランは視線を逸らし、咳払いをした。
「……嫌じゃない」
アルシェの目がきらりと光る。
「じゃあ、来て」
「……来るけど」
アランは渋々、凹みに身を滑り込ませた。
確かに風は当たらない。
熱も少しだけ和らいでいる。
そして何より、アルシェが近い。
近いのに、熱くない。
火山の上なのに、妙に落ち着く。
アランは、悔しいけど息を吐いた。
「……人間基準、意外といけるじゃん」
「学んでる」
「いつから」
「今」
アルシェはさらっと言う。
「恋人は、覚える」
「その語彙だけ成長早すぎるだろ」
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




