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転生最強竜の花婿探し(※ただしイケメンに限る)  作者: ゆうらり薄暮


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23 祈りの掃除 後編



 ヴィクトルが言った。


「竜様。ここで我々を拘束すれば、外交問題になります」


 アランは胃を押さえた。


(またそれか)


 アルシェは首を傾げる。


「それは私には関係ない。でも拘束もしない」


 ヴィクトルが眉を上げる。


「では、どうするおつもりで」


 アルシェは微笑んだ。


 にこっ、じゃない。

 温度がない。


「帰って」


 ヴィクトルは一瞬だけ言葉を失った。

 そして笑みを整える。


「……帰るだけで済むと?」


「済む」


 アルシェが言う。


「行儀よく帰れば」


 アランは小さく息を吐いた。


(行儀よく、って便利だな……)


 ヴィクトルは一歩だけ前に出ようとして、止まる。

 黒い線の手前で。

 越えられない。


 ヴィクトルは視線を下げ、線を見た。

 そしてそのまま、顔を上げる。


「竜様。貴女は、世界を軽んじる」


「軽んじてない」


 アルシェは淡々と訂正する。


「世界は勝手に重い」


 そしてアランの手を握り直す。


「私は、恋人と温泉に来ただけ」


 アランの胃が、別方向に死にかけた。


「今その言い方するな」


「する」


「やめろ」


「やめない」


 ヴィクトルの目が、ほんの少しだけ細くなる。


 嫉妬じゃない。

 計算だ。

 “竜の弱点を見た”目だ。


 アランはそれを見て、嫌な気持ちになった。


 アルシェはヴィクトルに言った。


「次に来たら」


 一拍。


「温泉の掃除道具じゃなくて、謝る言葉を持ってきて」


 ヴィクトルが微笑む。


「……謝罪は、すでに」


「足りない」


 アルシェが言い切った。


「あなたは、私に触った。世界の顔で。ただ人のくせに」


 火口が、低く鳴る。


 ヴィクトルは一拍置いて、深く礼をした。


「承知しました」


 その声には、初めて“刺”が混ざっていた。

 礼儀の形をした棘。


「本日は撤退いたします。竜様のご意向は理解しました。ですが――」


「うるさい」


 アルシェが即座に返す。


 ヴィクトルの口が止まる。

 止まるが、声は奪わない。

 行儀よくしている。


 アルシェは続けた。


「帰るなら、静かに」


 ヴィクトルは微笑んだ。


「……竜様は、本当に面白い」


 アルシェの目が細くなる。


「面白がる顔、嫌」


 ヴィクトルの笑みが、わずかに揺れた。


 アランは思った。

 これだ。

 ここがヴィクトルの限界だ。

 “竜を言葉で動かしたい”人間ほど、竜に嫌われる。


 ヴィクトルは、黒ローブたちに目線で合図を送った。

 彼らは整列を崩さず、静かに下がる。

 火山の縁から線の外へ。


 そのとき、アルシェが言った。


「待って」


 全員の動きが止まる。

 止まるが、止められたんじゃない。

 竜の声に反射で従っただけだ。


 アルシェは空を見上げた。


 さっきまで滲んでいた祈りの文字が、かなり薄くなっている。

 でも、まだ残っている。

 世界の習性みたいに、しつこく残っている。


 アルシェは指を一本立てる。


「最後」


 そして、空に向かって言った。


「私に祈らないで」


 火山が応えるように、ゴォ……と鳴った。

 溶岩の赤が一瞬だけ強く脈打つ。


 残っていた滲み文字が、するりと火口へ落ちた。

 落ちて、燃えた。


 ぱちぱち、という音が聞こえた気がした。

 祈りが焼ける音。

 世界が「了解」と言い直す音。


 空が、静かになった。


 アランは、胃から手を離せないまま、ぽつりと言った。


「……終わった?」


 アルシェは頷いた。


「終わり」


「ほんとに?」


「うん」


 そして、少しだけ首を傾げる。


「もう、触られない」


 その言い方が、妙に子どもみたいで。

 アランは胸の奥が少しだけ痛んだ。


 ヴィクトルが最後に言う。


「竜様。世界は、貴女を忘れません」


 アルシェは淡々と返した。


「忘れなくていい。でも、距離は守って」


「距離……」


 ヴィクトルの口角が上がる。


「それは、恋人だけの特権ですか」


 アランが言い返すより早く、アルシェが即答した。


「うん」


 アランの胃が、完全に別方向で死んだ。


「即答するな……!」


 アルシェはアランの手を握ったまま、ヴィクトルに言う。


「行儀よく帰って」


 ヴィクトルは一拍置き、深く礼をした。


「承知しました」


 そして黒ローブの列が、静かに火山を下っていく。

 風の音に溶けるほど静かに。

 “うるさい人たち”が、初めて静かに去った。


 火口の縁に残ったのは、赤い光と、黒い岩と、二人の手の温度だけだ。


 レオニスが息を吐き、言った。


「竜様。……脅威は去りました」


 妖精がどこかで泣き声を漏らす。


『何事もなく終わった……』

『世界が静か……』

『胃が……胃が……!』


「聞こえる」


 アルシェが言うと、妖精は慌てて黙った。


 アランは座り込んだ。

 火山の縁で。

 さっきまで神殿の者たちが机を置いていた場所の近くで。


「……やっと、終わった……」


 アルシェが覗き込む。


「疲れた?」


「疲れた。胃も疲れた。魂も疲れた」


「昼寝」


 アルシェが言った。


「昼寝しよ」


 アランは顔を上げた。


「……ここで?」


 アルシェは首を傾げる。


「温泉地」


「温泉地の概念を直せ」


「直さない」


 アルシェはさらっと付け足した。


「でも、人間基準の安全な昼寝場所、探す」


 アランが目を見開く。


「……できるのか」


「できる」


 アルシェは得意げに言った。


「恋人、学ぶ」


 アランは視線を逸らして、小さく呻いた。


「……その単語、まだ慣れてない」


「慣れる」


「雑に未来を決めるな」


「雑じゃない」


 アルシェは真面目に言った。


「計画」


 アランの胃が、妙にくすぐったくなった。


 火山はゴォ……と鳴った。

 さっきまでの不穏じゃない。

 どこか、満足そうな鳴り方。


 祈りの汚れが焼けて、

 厄介者が帰って、

 空気が少しだけ軽くなって。


 ようやく。


 この竜の“デート”が、ちゃんと始まりそうな気配がした。

 

※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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