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転生最強竜の花婿探し(※ただしイケメンに限る)  作者: ゆうらり薄暮


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22 祈りの掃除 前編



 火山の上の空気は薄い。

 薄いのに重い。


 熱と硫黄と、溶岩の呼吸。

 それだけならいつもの“竜の温泉”なのに、今日はそれ以外が混ざっている。


 祈りだ。


 目に見えないはずの祈りが、粘つく煙みたいに火口の縁に溜まっている。

 吸い込むと胸の奥がきしむ。

 肺じゃなくて、世界のほうが息をしにくくなる感じ。


 アランは胃を押さえ、息を吐いた。


「……なあアルシェ。今の、ほんとに“掃除”の話だよな」


 アルシェは火口を見下ろしたまま頷いた。


「うん」


 声は軽い。

 軽いのに、火山がその返事を聞いたみたいに、低く鳴る。


「温泉の掃除」


「言い方を直せ」


「直さない」


 アルシェは淡々と告げた。


「汚いの、嫌」


 その“汚い”が、泥とかゴミとかじゃないのが分かるから、アランの胃は余計に嫌な音を立てた。


 火口の縁。

 神殿の黒ローブが、ろうそくみたいに整列している。

 中心のヴィクトルは、声が戻った今も表情を整えたまま、机と紙を守っている。


 守ってる、というより、

 “ここが契約の舞台だ”と宣言する姿勢だ。


 ヴィクトルが口を開いた。


「竜様。ご機嫌を損ねたことは認めます。ですが――」


「うるさい」


 アルシェが遮った。


 声は小さい。

 小さいのに、火山の上の音が一段だけ減る。


 ヴィクトルが一瞬だけ息を詰める。

 でもすぐに笑みを戻して言い直す。


「……承知しました。では、竜様の嫌う“説明”は省きます。確認だけを――」


「嫌」


「……確認は縛りではなく――」


「嫌」


 アランは思った。

 この竜、“嫌”の切れ味が刃物だ。

 理屈を切って、余計なものを落とす。


 ヴィクトルの眉がほんのわずかに動く。

 人間でいうところの「困っているのを隠す顔」だ。


 アランが一歩前に出た。


「ヴィクトル。最後に聞く。あんたら、ここで何がしたい」


 ヴィクトルは穏やかに答える。


「世界を静かにしたいのです」


 アルシェが即座に言った。


「静かにするって言う人間、だいたい、うるさい」


 アランは短く頷く。


「同意」


 ヴィクトルは微笑みを崩さない。


「竜様。貴女は世界の均衡です。貴女が選ぶなら、世界は安心する」


「安心しない」


 アルシェが言い切った。


「安心したいだけの顔」


「……竜様は、顔で人を計る」


「うん」


「ならば、私の顔は――」


「良い」


 アランが胃を押さえた。


「そこで褒めるな」


 アルシェは続けて言う。


「でも、嫌」


 ヴィクトルの笑みが、ほんの一瞬だけ固まる。


「なぜ」


 アルシェは火口の向こう、溶岩の赤を見ながら言った。


「あなたの顔は、私のためじゃない」


 沈黙が落ちた。


 火山の呼吸音だけが残る。

 黒ローブたちの喉が、揃って鳴った気がした。


 ヴィクトルはゆっくり息を吸う。


「竜様。貴女がそう感じることは理解します。ですが、世界は――」


「世界」


 アルシェがその単語を口にして、少しだけ目を細めた。


「世界の祈りが、うるさい」


 アランは背筋が冷えるのを感じた。


 ここだ。

 これが本題だ。

 契約書じゃない。ヴィクトルでもない。

 “祈り”そのものが、アルシェに触れている。


 ヴィクトルは言葉を選ぶように、丁寧に言った。


「祈りは、敬意です」


「違う」


 アルシェは即答した。


「祈りは、期待。鎖。押しつけ」


 火山が、ゴォ……と鳴った。

 雲海が一瞬だけ揺れた。


 アランは喉を鳴らし、低く言った。


「アルシェ。行儀よく」


 アルシェは頷く。


「うん」


 そして、ヴィクトルではなく“空”を見上げた。


 空は青い。

 雲は白い。

 何もない――はずなのに。


 見える。


 薄い文字みたいなものが、空の層の上に滲んでいる。

 祈りの残滓。

 願いの束。

 「竜様どうか」「竜様どうか」「竜様どうか」

 うるさい。

 文字が音を立てているみたいにうるさい。


 アルシェが言った。


「私に触らないで」


 それは命令じゃない。

 お願いでもない。

 ただの、事実の宣言だった。


 アランは思う。

 この竜は、世界の理より強い。

 世界の“こうあるべき”を指先で押し返せる。


 アルシェは指を一本立てた。


「行儀よくする日」


 アランは反射で言いかけて、飲み込んだ。

 叫ぶな。

 今日は叫ぶところじゃない。


 レオニスが、少し後ろで喉を鳴らす。


「竜様……」


「大丈夫」


 アルシェは言った。


「燃やすだけ」


「“だけ”が怖い」


 アランが小声で返すと、アルシェはちらりと見た。


「あなた、恋人」


「今その確認いらない」


「いる」


 アルシェは真面目に言った。


「恋人は、怖い時、手をつなぐ」


「誰の基準だよ」


「私」


 アランの心臓が、今までとは別の意味で鳴った。

 最悪だ。

 今、照れるな。


 アランは黙って手を伸ばした。

 アルシェの指先は冷たくない。

 熱い場所なのに涼しい。


 指を絡めた瞬間、空気が変わった。


 ――誰かが息を飲む。


 アルシェは空に向かって、指先を軽く振った。


 ぱちん。

 音はしない。


 でも、火口の赤が一段だけ明るくなる。


 まるで溶岩が「掃除の時間だ」と理解したみたいに。

 そして空の滲み文字が、ふわりと火口へ引き寄せられる。


 見えない糸で。


 祈りが、落ちてくる。


 雨みたいに。

 でも水じゃない。

 願いの塊が、燃料みたいに落ちてくる。


 アランは喉の奥が乾いた。


「……おい。あれ、燃やして大丈夫なのか」


「大丈夫」


「根拠」


「嫌だから」


「根拠が感情!!」


 アルシェは小さく首を傾げた。


「感情は、根拠」


 その言葉が、妙に真っ直ぐで。

 アランは返せなかった。


 祈りが火口に落ちる。

 落ちた瞬間、赤が白く光る。

 燃える。

 燃えて、音が消える。


 世界の上澄みに貼り付いていた“期待”が焼却されていく。


 そして空が――静かになった。


 静か、というより、

 空気が「軽い」のに気付く。


 息が吸える。

 世界が勝手に肩を押してこない。


 妖精がどこかで小さく叫んだ気がした。


『うわ、減った!!』

『祈りが減った!!』

『胃が――胃が生き返る!!』


「聞こえてるぞ」


『すみません!!』


 ヴィクトルが初めて本気で目を細めた。


「竜様。それは……」


「掃除。でもただの人間にはそもそも見えない」


 アルシェが言った。


「世界の汚れ」


「汚れではありません。祈りは――」


「うるさい」


 アルシェが言い切った。


 その瞬間、ヴィクトルの背後の黒ローブたちが、揃って一歩下がった。


 怖がっている。

 でも正確には、“理解できないもの”を前にしたときの距離の取り方だ。


 ヴィクトルは笑みを保ったまま言う。


「竜様。貴女は世界の信仰を敵に回す」


「回さない」


 アルシェは淡々と言った。


「私が嫌なのは、触られること」


 そして火口を指さす。


「触ったものは燃える」


 アランの胃がきゅっと縮む。


 この竜、ものすごく単純だ。

 単純だから恐ろしい。

 でも単純だから、救われる。


 ヴィクトルは一拍置いた。


「……ならば、条件を変えましょう。祈りではなく、誓約に」


「同じ」


 アルシェは即答した。


「縛る顔」


 ヴィクトルはゆっくりと机の契約書に手を置く。


「竜様。これは貴女の自由を守るための――」


 アルシェが、指をもう一度振った。


 今度は“空”じゃない。

 机だ。


 ぱちん。

 音はしない。


 でも契約書の紙が、風もないのにふわりと浮いた。

 そして火口の方へゆっくり滑る。


「おい!!」


 アランが反射で声を上げかけて、途中で止めた。

 叫ぶな。今は叫ぶな。


 レオニスが前に出る。


「竜様。書類は王都へ――」


「燃やさない」


 アルシェが即答した。


 紙は火口の縁で止まった。

 溶岩の熱で、端が少しだけ焦げる。


 アルシェが言う。


「汚れは燃やす。でも」


 一拍。


「人間の面倒は、人間が片付ける。行儀」


 レオニスがすぐ頷いた。


「承知しました。回収します」


 レオニスが合図すると、騎士が数名、黒ローブの隙間を縫って動く。

 黒ローブたちは抵抗しない。

 抵抗できない。


 火口の縁に引かれた黒い線が、静かに増えているからだ。

 境界線。

 越えられない線。

 竜が「ここまで」と決めた場所。


※完結まで毎日投稿です。

よろしくお願い致します。

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