18 デートのあと 後編
男がひとり、ニヤニヤしながら寄ってくる。
酒臭い。
距離感が近い。
嫌なタイプ。
「ねえ嬢ちゃん、どっから来た? 今夜、俺と――」
言い終わる前に、男の足元の影が“ぴし”と固まった。
氷みたいに。
男が一歩踏み出そうとしても動かない。
足が床に貼り付いたみたいだ。
「……え?」
男が間抜けな声を出す。
アルシェが穏やかに言った。
「近い」
店内が凍った。
アランが即座に言う。
「アルシェ、お願いだから行儀よく!! 今日は行儀よくする日!!」
アルシェは瞬きをして、こくりと頷いた。
「うん」
そして男に言う。
「離れて。静かに」
男は青ざめて頷く。
影がほどけ、男は転げるように下がった。
店主が恐る恐る言う。
「……嬢ちゃん、何者だ?」
アランが言う前にアルシェが答えた。
「推し活してる竜」
「言うな!!!!」
「おしかつ?」
「竜?」
「何だそれ……」
アランは目を閉じた。
終わった。
酒場でも終わった。
だがアルシェは、アランの袖を掴んで小さく言った。
「ねえ」
「何だよ……」
「これが、あなたの好きな場所?」
声が妙に柔らかい。
アランは、少しだけ冷静になった。
そうだ。
ここは俺の好きな場所だ。
汚くて、うるさくて、変なやつばっかりで、でも。
「……好きだよ」
ぼそっと言う。
アルシェの目が一瞬だけ輝く。
「じゃあ」
アルシェは、椅子に座った。
普通の酒場の椅子だ。
ふかふかじゃない。
でもアルシェは、不思議そうに指で木の傷をなぞった。
「面白い」
「何が」
「人間の生活の跡」
アランは言葉に詰まる。
火山の“生きてる感じ”と同じように。
アルシェはここでも“生”を見ている。
アルシェが言った。
「飲む」
「……飲むのか」
「あなたが飲むなら」
「……真似すんな」
店主が震えながらジョッキを二つ置いた。
「……酒だ。水じゃないぞ」
「知ってる」
アルシェはジョッキを持ち上げ、匂いを嗅いだ。
「……苦い匂い」
「苦い」
アランが言う。
「でも、慣れる」
アルシェは一口飲んだ。
ぴたり、と止まる。
アランの胃が跳ねる。
「……どうだ」
アルシェは真顔で言った。
「まずい」
「正直!!」
「でも」
アルシェはもう一口飲む。
「まずいのに、面白い」
「それが酒だよ。でも今度から果実水にしような」
アルシェが首を傾げる。
「面白いって、好き?」
「……まあ、好きだな」
アルシェが小さく頷く。
「じゃあ、私も好き」
「雑に合わせるな」
「合わせてない」
アルシェはアランの顔をじっと見た。
「あなたの好きは、覚えたい」
アランは言葉を失った。
心臓が変な音を立てる。
酒のせいにしたい。
まだ飲んでないのに。
「……そういうの」
アランは視線を逸らす。
「ずるい」
「竜だから」
「万能ワードやめろ」
アルシェは少し笑った。
「じゃあ、これは?」
一拍置いて、言う。
「デートだから」
アランはジョッキを持った手で顔を覆った。
「……やめろ。照れる」
店内がざわついた。
いや、ざわついてたのが少し静かになった。
みんな聞き耳を立てている。
アルシェは不思議そうに言った。
「照れる顔も、いい顔」
「言うな!!!」
だが、アランは思ってしまった。
火山よりマシだ。
酒場なら、まだ。
まだ、戦える。
そう思った矢先、酒場の扉が勢いよく開いた。
どん!!
入ってきたのは、レオニスだった。
全身、騎士団の正装。
場違いにも程がある。
そして背後には――妖精が数匹、ふらふらしている。
『胃薬……』
『補給……』
「おまえらも来たのかよ!! というか何で場所がわかったんだ?!」
レオニスは真顔で言った。
「妖精の方々にお伺いしました。それはそうと竜様、緊急です」
アルシェがジョッキを置く。
「何」
「神殿代表代理ヴィクトルが――」
アランの胃が、条件反射で鳴った。
「やめろ、その名前を出すな」
レオニスは淡々と言う。
「火山に向かいました」
アランが固まる。
「……は?」
アルシェが瞬きをした。
「火山?」
レオニスが頷く。
「竜様が“お気に入りの温泉地”と仰った場所へ。おそらく――」
妖精が震え声で補足する。
『竜様の地雷を踏みに……』
アルシェが、にこっと笑った。
にこっと。
それが一番怖い笑いだとアランは知っている。
「……私の温泉、汚す気?」
アランは椅子から立ち上がった。
「アルシェ。行儀よく」
アルシェが頷く。
「うん。行儀よくする日」
アランは深く息を吐いた。
酒場デートは強制終了した。
胃の休暇も終わった。
「……行くぞ」
アルシェがアランの袖を掴む。
「うん。デートの続き」
「続きじゃねぇ。戦争の続きだ」
「戦争?」
アルシェは首を傾げた。
「違うよ」
一拍。
「温泉の掃除」
「言い方ぁぁぁ!!」
こうしてアランとアルシェの“火山温泉デート”は、なぜか“神殿の後片付け”を含むことになった。
恋はだいたい理不尽のあと。
胃痛もだいたい理不尽のあと。
そして世界も、だいたい理不尽のあとに壊れかけるのだ。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




