17 デートのあと 前編
アランの「話を聞け!!!」は、火口の縁で溶岩より赤く熱い反響をして消えた。
アルシェは指を一本立てる。
「了解」
「了解の仕方が怖いんだよ……」
アルシェは真面目な顔で頷いた。
「じゃあ、泳がない」
アランの肩から力が抜ける。
「……よし。やっと人間基準を覚えたか」
「うん」
アルシェはにこっとした。
「溶岩の上を歩く」
「結局死ぬ!!!!!」
「死なない」
「そればっかり!!」
勇者が火口に向かって土下座したまま、顔だけこちらに向けた。
「え、えっと……」
「喋るな」
アランが即座に言うと、勇者は口を閉じた。
学習が早い。
筋肉も空気を読む。
妖精が風上で羽をばたつかせながら、小声で叫んだ。
『竜様、落ち着いて……!』
『今日、行儀よくする日……!』
「おまえらも喋るな! 存在感がうるさい!」
『仕事です!!』
アルシェは火口から少し離れた黒い岩場に移動し、手を差し出した。
「帰る」
「帰る、は助かる」
アランが手を取った瞬間、ぐっと世界が“軽く”なる。
胃がほんの少しだけ生き返る。
――と、思ったら。
風景がめくれた。
「おい!!!」
「歩くって言った」
「歩くの定義が歪んでる!!」
「歩いたよ。二歩」
「二歩で世界を跨ぐな!!」
溶岩の熱気が一瞬で遠のき、代わりに鼻腔を刺すのは酒の匂い。
人の汗と木の脂と、焦げた肉と香辛料。
耳に飛び込むのは笑い声、罵声、ジョッキのぶつかる音。
アランは膝から崩れそうになった。
「……ここ」
アルシェが言った。
「あなたの好きな場所」
そこは、王都の外れのいかにも“安酒場”だった。
看板は傾き、扉はきしみ、窓からは煙が漏れている。
「……なんで知ってる」
「匂いで追った」
「追うな!!」
「あなた、ちょっと前にここで飲んでた」
「それはそうだけど! 情報の出どころが怖い!」
扉の前でアルシェが首を傾げる。
「入っていい?」
アランは咄嗟に周囲を見た。
ここは王宮じゃない。
神殿もいない。
騎士もいない。
いるのは酒場の常連と、今にも喧嘩を始めそうな酔っ払いと、背中の煤けた旅人。
そして、世界最強の竜。
「……入るな」
「どうして?」
「目立つ」
「目立ってない」
「目立つ!!!!」
アルシェは少し考えた。
「じゃあ」
指先がふわっと動く。
「やめろ! ここで世界のボリューム下げるな!」
「下げない」
「信用できない」
「じゃあ、変える」
アルシェは目を閉じた。
一瞬だけ、空気が澄む。
次に目を開けた時――
白銀の髪が、くすんだ灰色に。
金の瞳が、茶色に。
顔立ちは変わらないのに、光の反射の仕方だけが違う。
“美人”ではある。
でも「神話から降ってきた」感じは消えた。
「……え」
アランが固まると、アルシェが得意げに言った。
「人間に混ざるモード」
「その能力、最初から使え!!!!」
「昨日は楽しくて忘れてた」
「楽しいの方向が危険すぎる!」
アルシェは扉を開けた。
酒場の熱気がどっと流れ出る。
アランは一瞬だけ吸い込んで安心した。
俺の世界だ。
少なくとも火山よりは。
――そう思ったのが運の尽きだった。
「おい、見ろよ」
「なんだ、あの女」
「新顔か?」
視線が刺さる。
刺さる刺さる刺さる。
王宮と違って下品で真っ直ぐだ。
アランは心底呻いた。
「……結局目立ってる」
「目立ってない」
「目立ってる!!」
アルシェは少し不思議そうに言った。
「みんな、あなたの顔を見てる」
「俺!?」
確かに視線の多くはアランに向いている。
いつものことだ。
いつものこと……のはずだが今日はさらに増えてる。
理由は簡単。
隣に女がいる。
しかも“妙に似合う女”が。
「おいアラン! 連れか!?」
「いつの間に!」
「やっぱ顔か! 顔で女は落ちるのか!」
うるさい。
うるさすぎる。
火山よりうるさい。
アランは溜息を吐いて、カウンターの奥の顔見知りに手を上げた。
「いつもの」
「おう」
店主はジョッキを出しかけて――アルシェを見た瞬間、手が止まった。
「……なんだ嬢ちゃん。どこの……」
「火山帰り」
アルシェがさらっと言った。
「は?」
「やめろ!!!!」
アランが即座に口を塞ごうとして空振りした。
店内が静まり返る。
「火山……?」
「今、火山って……」
「王都の外の、あれか?」
アランは胃を押さえた。
「違う。今のは言い間違いだ。火山じゃなくて……えっと……」
「温泉」
アルシェが補足した。
「終わった!!!!」
ざわっ、と店内の温度が上がる。
男たちの目がキラつく。
「温泉!?」
「嬢ちゃん温泉好きか!?」
「いいぞ、俺も詳しい!」
アランは頭を抱えた。
こいつ。
王宮の政治より酒場のノリのほうが危ない。
アルシェが首を傾げる。
「温泉、人気」
「人気じゃない。口説きだ」
「口説き?」
アルシェは目を細める。
「……花婿?」
「違う!! いや、違わないのか!? 違う!!」
アルシェの目がきらりと光った。
「応募?」
「応募するな!!!!」
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




