16 楽しいデート(竜基準)後編
アルシェは火口の縁に座った。
座るな。
座る場所を選べ。
アランの脳内で、胃が警報を鳴らす。
「おい……そこ、椅子じゃない」
「椅子じゃないね」
「じゃあなんで座る!」
「景色がいい」
「景色の代償が命じゃねぇか!」
アルシェは足をぶらぶらさせた。
火口の上で。
足を。
ぶらぶら。
させるな。
「……おまえ、竜って、ほんとに火山好きなんだな」
「好き」
「理由は?」
アルシェは一拍置いて言った。
「退屈しない」
「ここで退屈してたら、逆に何が楽しいんだよ」
「熱」
「……熱」
「匂い」
「……匂い」
「音」
「……音」
アルシェはまるで、好きなものを指折り数える子どもみたいに言う。
「火山は、生きてる感じがする」
その言い方だけ、少しだけ人間っぽかった。
アランは黙った。
黙ったまま、火口を見た。
「……俺さ」
「なに?」
「おまえが“世界を壊せる”って言われてるの、分かる気がする」
アルシェが瞬きをした。
「怖い?」
「怖い」
即答した。
「でも、こういう場所でおまえが楽しそうにしてるの見ると……」
言葉が詰まる。
「……何だよ」
アルシェが首を傾げる。
アランは視線を逸らして、ぼそっと言った。
「……ちょっとだけ、安心する」
アルシェの表情が止まった。
止まったけど、冷たくはならない。
ただ、静かに。
嬉しそうになった。
「安心」
「その顔するな」
「どういう顔?」
「……その」
言えない。
竜の顔面が強すぎる。
言うと死ぬ。
胃が。
アルシェは、そっとアランの手を取った。
「ねえ」
「何だよ」
「あなたの世界、見せて」
「……俺の世界?」
「うん」
アルシェが言う。
「あなたが好きな場所」
「俺の好きな場所なんて……安酒の酒場と、昼寝できる日陰くらいだぞ」
「行こう」
「今ここでその話する!?」
「火山の次」
「順番があるのかよ!」
アルシェは頷いた。
「ある」
「……それ、デートの計画ってやつか」
「計画」
アルシェはその言葉を転がして、少しだけ得意げに言った。
「うん。計画」
アランは心の中で、深くため息をついた。
竜が“計画”という単語を覚えるのは、世界にとって朗報なのか凶報なのか分からない。
でも少なくとも。
今この瞬間だけは、火山の赤い光が、ふたりの間を妙に優しく照らしていた。
◇
平和は長く続かない。
なぜなら、アランが「平和」と思った瞬間に、世界がそれを裏切るからだ。
遠くで、岩が砕ける音がした。
「……?」
アランが振り向く。
黒い岩肌の向こうから、筋肉が現れた。
筋肉が、登ってきた。
「おおおおおおおお!!」
声は出てない。
でも口は全力で叫んでいる。
勇者だ。
昨日、口を奪われた勇者が、声にならない声で火山を登ってきている。
「……なんでここにいる」
アランが呟くと、アルシェが嬉しそうに言った。
「執念」
「ロマンチックに言うな!」
勇者は火口の縁まで来て、胸を叩いた。
そして、口を開けて――
「ぁ!!!!」
声が出ない。
そのくせ、視線はギラギラしてる。
勇者はアランを指差し、次にアルシェを指差し、最後に自分を指差した。
たぶんこう言ってる。
「俺もデートしたい!」
アランは胃を押さえた。
「……最悪だ」
アルシェは勇者を見て、少し考えた。
「あなた」
勇者がビクッとした。
アルシェは言う。
「静かにできる?」
勇者は全力で頷く。
声が出ないから。
静かにできる。
アランが叫んだ。
「やめろ!! それは条件クリアじゃない!!」
アルシェが首を傾げる。
「静か」
「手段が違うだろ!!」
勇者が「ぁぁ!」って顔をする。
アルシェが少しだけ困った顔をした。
「……じゃあ」
指先がふわっと動く。
勇者の口から、声が戻った。
「よっしゃああああ!!」
「戻すなぁぁぁ!!」
火山に響き渡る大声。
アランは確信した。
これ、溶岩より胃に悪い。
アルシェの目がすっと細くなる。
「大声」
勇者が固まる。
「え、あ、いや、これは、その、感謝の――」
「減点」
「なんで!?!」
「火山がびっくりする」
「火山に謝ればいい!?」
アルシェは真顔で頷いた。
「謝って」
勇者は火口に向かって土下座した。
「すみませんでした火山様!!」
アランは頭を抱えた。
「世界が終わってる」
その背後で、妖精の羽音が聞こえた。
『火山デート……』
『想定外……』
『胃薬……追加……』
「おまえらも来るな!!」
『仕事です!!』
アルシェがにこにこした。
「にぎやか」
「デートの定義が崩壊してる!」
勇者は火口の縁で土下座したまま、静かになった。
妖精は風上で胃薬を握って震えている。
アランは、溶岩の赤を見ながら、もう笑うしかない気持ちになった。
「……なあアルシェ」
「なに?」
「おまえにとってデートって何なんだ」
アルシェは少し考える。
「好きなものを」
一拍。
「一緒に見る日」
アランは言葉に詰まった。
単純で、まっすぐで、竜基準なのに。
なぜか胸の奥に引っかかる。
「……じゃあ、俺の番な」
「うん」
アランは火口から目を逸らして、アルシェの方を向いた。
「次は、俺の好きな場所」
「酒場?」
「酒場」
「昼寝?」
「昼寝も」
アルシェが嬉しそうに頷く。
「行こう」
「……ただし」
アランは言った。
「火山より安全な場所にしろ」
「安全」
アルシェはその言葉を反芻して、少しだけ笑った。
「竜基準で?」
「人間基準で!!」
アルシェは、アランの手をぎゅっと握った。
「分かった」
「……ほんとに?」
「うん」
そして、さらっと言う。
「じゃあ帰りは、溶岩泳いで帰ろう」
「話を聞け!!!!!」
火山が、どこか楽しそうにゴォ……と鳴った。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




