14 神殿の男 後編
会場がざわめいた。
王が目を丸くする。
「介入しない、だと?」
「ええ」
ヴィクトルは頷いた。
「代わりに“選考会の記録”だけを求めます」
アランは反射で言った。
「記録?」
「竜様が選ぶ、その瞬間を」
ヴィクトルはさらっと言った。
「きっと世界が安心します」
アルシェが首を傾げる。
「安心?」
「はい。竜様の“気分”で選ぶのではなくきちんとした理由があれば各国も納得するでしょう」
アランは理解した。
こいつ、うまい。
“管理”じゃなく、“記録”と言う。
でも、行き先は同じだ。
アルシェが言う。
「記録って、私を神殿の権威のだしにしたいの?」
ヴィクトルの笑みが一ミリだけ固まる。
「……竜様は鋭い」
「顔で分かる」
「顔で言うな!」
ヴィクトルは、息を吐くみたいに言い換えた。
「そうではありません。物語です」
「物語?」
「竜様が人間を選ぶ物語」
会場の貴族たちがざわつく。
「物語なら…」
「神殿の権威よりマシか?」
「でも神殿が語る物語だぞ…」
アルシェが少しだけ興味を示す。
「物語、退屈しない?」
「退屈させません」
ヴィクトルの言葉が上手すぎて、アランの胃がまた嫌な波を打つ。
アランは前に出た。
「なあ、ヴィクトル殿」
呼び捨てにした。
「お前、“介入しない”って言ったな」
「ええ」
「でも“記録”って名目であとから神殿の解釈を足すだろ」
ヴィクトルは微笑む。
「解釈は自由です」
「ほら来た」
アランが吐き捨てるとヴィクトルは優雅に首を傾げた。
「あなたは、とても人間らしい」
「褒めるな。怖い」
ヴィクトルは一歩だけ、ミカへ視線を流した。
「それにすでに一件、“保護案件”が生まれています」
王が顔を強張らせる。
「ミカのことか」
「ええ」
ヴィクトルは静かに言った。
「その少年は神殿の施設で育ちました。保護が必要なのは同意します」
アランが眉を寄せる。
「珍しくまともなこと言うな」
「私はいつもまともです」
「それが怖いって言ってんだ」
ヴィクトルは、微笑んだまま続ける。
「ただし」
来た。
「王宮で保護するなら、“後見”が必要です」
「後見?」
レオニスが即座に口を開く。
「王都騎士団が――」
「騎士団は武力の後見です」
ヴィクトルが遮った。声は柔らかい。
柔らかいのに、刃。
「法の後見は、神殿が最適」
アランの胃が五回目の死を迎えかけた。
「それ、遠回しに“引き取り”だろ」
「引き取りではありません」
ヴィクトルは即答する。
「後見です」
アルシェが言う。
「後見は、管理したい顔」
ヴィクトルの微笑みがまた一ミリ固まる。
アランは思った。
(アルシェ、強い。顔で見抜くの強い)
でも、ヴィクトルは引かない。
引かないというより、角度を変える。
「では、竜様」
ヴィクトルはアルシェへ向けて、やけに丁寧に言った。
「“第十七候補”を後見に」
会場が凍った。
アランが固まる。
「は?」
レオニスが即座に言う。
「不適切です。第十七候補は――」
「候補者ですから?」
ヴィクトルが微笑む。
「だからこそ、竜様が選ぶに足る“責任”を持つべきです」
アランは理解した。
こいつ、狙いはミカじゃない。
アランだ。
“制御装置”を公的に固定する気だ。
アランは反射で言った。
「やめろ。俺を鎖にするな」
アルシェがすっとアランを見る。
表情が真面目だ。
「鎖、嫌」
アランは小さく頷いた。
ヴィクトルの目が、初めてわずかに冷たくなる。
ヴィクトルは微笑みを戻し、王へ向き直る。
「王よ。提案は二つ」
指を二本立てた。
「一つ。神殿は選考会に介入しない。代わりに記録を認めよ」
「二つ。ミカの後見を定めよ。さもなくば、神殿は“保護の不備”として王宮を訴える」
王が青ざめる。
「訴える……?」
レオニスが低く言った。
「脅迫か」
「交渉です」
ヴィクトルは微笑む。
「世界を静かにするための」
アルシェがぽつりと言った。
「静かにする、って言う人間は」
一拍。
「だいたい、うるさいことをする」
アランが叫ぶ。
「そうそうそう!! それ!!」
ヴィクトルが微笑む。
「竜様。あなたは本当に、面白い」
「面白がる顔、嫌。人間の都合に私を使うな、不愉快」
アルシェが言った瞬間。
床の黒い境界線が、もう一本増えた。
音もなく。
ただ、増えた。
ヴィクトルの足がその線の手前で止まる。
止まったというより、止められた。
ヴィクトルは初めて、息を呑んだ。
「……竜様」
声が少しだけ硬い。
アルシェはにこりと笑った。
「行儀よくする日だから」
アランが叫んだ。
「行儀よくする日の基準が怖いって言ってんだろ!!」
ヴィクトルは、笑みを戻そうとして戻せなかった。
そして、静かに言った。
「……ならば、次は“契約”で参りましょう」
「顔は良いけどお前の顔、もう見たくないわ」
アルシェが指を軽く振るとヴィクトルの体が簡単に大広間から放り出される。
アランの胃が、何度目かの死を予感して鳴った。
「よくわからない面倒臭いお話は終わりよ。神殿は不愉快だから王、あなたが決めなさい。私はもう知らないわ」
王が口を開けたまま固まった。
固まったまま、レオニスを見る。
レオニスは一礼して、固い声で言った。
「承知しました。竜様のご意向として“本日は中断”を宣言いたします」
「待て、勝手に中断を決めるな!」
「決めません。竜様が決めました」
王の顔が「それもそうだ」に変わる。
妖精の羽音が遠くで一斉に鳴った。
『助かった……』
『胃薬が生き返る……』
アランは胃を押さえたまま、心底思った。
助かったのは世界じゃない。
俺の胃だ。
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




