13 神殿の男 前編
黒いローブの男が優雅に礼をした。
「神殿代表代理、大司祭補佐。ヴィクトルと申します」
顔が良い。
泣きたくなるほど、良い。
整いすぎているのに“作為”が見えない。
笑みも声も滑らかで柔らかい。
なのに背筋が寒い。
アランは胃を押さえたまま呻いた。
「……増えるなって言っただろ!!」
アルシェが小さく言った。
「顔、好き」
「やめろ!!」
会場がざわざわと揺れる。
貴族たちが息を呑み、王が喉を鳴らし、レオニスだけが無駄なく立っている。
ヴィクトルは、まずアルシェではなく王へ向き直った。
「王よ。失礼を」
王は反射で背筋を伸ばした。
「……神殿代表代理殿。貴殿の入場は許可していないはずだが」
「承知しております」
ヴィクトルは即答した。
即答なのに嫌味がない。
嫌味がないのが気持ち悪い。
「ただ、すでに“神殿関係者が王宮で拘束された”と各国に伝わり始めております」
王の顔色が変わる。
「何……?」
「このままでは外交問題になります」
さらっと言った。
さらっと言ったのに空気が重く沈む。
アランは思った。
こいつ、言葉で殴るタイプだ。
しかも“事実”で。
アルシェが首を傾げる。
「外交ってなに」
「面倒の増殖です」
レオニスが淡々と補足し、王が「補足するな」と目で訴えた。
アルシェは納得したように頷いた。
「面倒は嫌」
「同意です」
ヴィクトルが微笑んだ。
アランの胃が嫌な音を立てた。
(こいつ、今の“嫌”に合わせた)
合わせたというより、寄せた。
竜を動かす言葉を探してる。
ヴィクトルは、ようやくアルシェへ向き直り、静かに一礼した。
「竜の御方、アルシェ様。先ほどの不調法、心よりお詫び申し上げます」
アルシェが目を細める。
「誰のこと?」
「ユリウス伯、そして白フードの者たち」
ヴィクトルは一拍置いて、さらりと言った。
「彼らは俗物的過ぎました」
会場がざわつく。
アルシェが言う。
「私を従わせようとしたわね」
「ええ」
ヴィクトルは頷いた。
「ですので、私はその者たちを止めに参りました」
アランは眉をひそめた。
「止めに来た? じゃあ引き取るのか」
「引き取りません」
ヴィクトルは笑ったまま言った。
「引き取る、は支配に近い。竜様はそれを嫌う」
アルシェが頷く。
「嫌」
「承知しております」
アランの胃がきゅっと縮む。
(やべえ、こいつ、地雷地図を持ってる)
ヴィクトルは穏やかに続けた。
「私はただ、“線引き”を提案します」
「線引き?」
アルシェの視線が一瞬だけ床の黒い境界線に落ちる。
あの影の線だ。
この竜、線好きかもしれない。
ヴィクトルは手を上げ、指を二本立てた。
「二つだけ、確認したい」
アルシェが頷く。
「いいよ」
アランが即ツッコむ。
「即答するな! 条件を聞け!」
アルシェがアランを見る。
「あなた、うるさい」
「うるさくなる相手が来てるんだよ!!」
ヴィクトルは楽しそうに目を細めた。
「第十七候補。あなたの胃の健闘に敬意を」
「そんな敬意いらねぇ!」
ヴィクトルは、まず一つ目。
「竜様。あなたは“偽物の顔”が嫌い」
「嫌」
「では、“本物の顔”なら良いのですね」
アルシェは少し考える。
「……本物なら、まあ」
アランが叫ぶ。
「まあ、じゃない! その“まあ”が戦争の引き金だ!」
ヴィクトルが二つ目。
「竜様。あなたは“従わせる”のが嫌い」
「嫌」
「では、“あなたが自分で選ぶ”なら良い」
「うん」
ヴィクトルは優雅に微笑んだ。
「では、提案です」
空気が、すっと薄くなる。
嫌な静けさ。
「神殿は、竜様の選考に介入しません」
※完結まで毎日投稿です。
よろしくお願い致します。




