10・世間知らずですいませんね、こっちに来たばかりなんで
わかったことがいくつかある。
ここはパルニア王国という国の領内。
目の前にいる燃える髪の毛の魔女。
この女性の正体は、イストリア伯爵家とやらのお嬢さま。
伯爵家ってくらいなんだから、かなりの良家だろう。
爵位のランクとかじぇんじぇんわからんけど、上のほうだってのは何となくわかる。いやまあ、あとは公爵とか男爵くらいしか知らないんだけどさ。
俺の新たな人生の始まりだった、あの街。
もしかすると、あそこは伯爵家の治める街であり、領地の中心だったのかもね。
で、その伯爵家のお嬢さまの名前が、ティリファーナ。
ティリファーナ・イストリア。
聞いただけで上品な家系に産まれたというのがわかる、きれいな長い名前。
優雅な名前だ。
柊葉介なんて、微妙に微妙を足したような俺の名前とはまるで違う。
ところが。
どこの誰が最初に言い出したのかはしらんけど。
そのお嬢さまには、『灰白姫』なんて不本意なあだ名がついているらしい。
「その口ぶりだと、いい意味でつけられたんじゃないよな」
「当然よ」
不快そうにお嬢さま──炎の魔女がつぶやく。
おそらく、この世界か、あるいはこの王国では、その色──灰白色がめちゃくちゃ嫌われてるんだろう。
もしくは言い伝えとか。
灰白の髪の乙女が国を滅ぼすとか、災いを引き寄せるとかさ。
……もしそうだとしたら、正しい言い伝えだったな。
「灰白姫なんて呼んでさげすんだかと思えば、聖女なんて呼んでもてはやして、そのあげくに魔女呼ばわりで死刑台送り──笑えるでしょ? いいのよ、遠慮なく笑って」
やけを起こしたような言い草を一気にまくしたてる。
なお、ここで笑うのはきっと、いや間違いなく厳禁。絶対にキレられる。
相手にしないのが吉だ。
「んなこと言われても困るよ。つーかさ、灰色の何が駄目なわけ?」
「…………」
「また黙っちまった。その反応はもう見飽きたからさっさと説明してくれ」
「……もう、なんて言ったらいいのかしらね。そこから説明しないといけないなんて……あなた、いったいどこの秘境から出てきた子なの?」
秘境て。
田舎ですらないんかい。
「言わない。言っても信じないだろうし」
「言いなさい。私も身の上を教えてあげたでしょう?」
「灰色が駄目な理由をまだ言ってない」
「ワガママな男の子ねぇ……まあいいわ」
魔女が折れた。
かなりフレンドリーになってきたな、この姉ちゃん。
こっちに飛んできた直後にこんなこと言ったら即座にファイアアタックだったろうな。
「その様子なら、清らかな青……のことも知ってそうにないわよね」
「知らん知らん」
「はぁ……なんならわかるのかしらね、あなた」
「やめろよなその溜め息。誰だって最初は無知から始まるんだよ。あんただってそうだったろ?」
「その歳まで無知なのはいかがなものかと思うけど……」
「いいから話の続き」
「…………この、パルニア王国にはね、ある言い伝えがあるの。災いの灰と清浄の青という、古い言い伝えがね」
やっぱ言い伝えだったかー。
そーだよなー、中世レベルの文化だもんなー。
そーいう怪しい予言のたぐいも、ガチで信じられてるかー。
しかも、こちらは魔法やあるし魔物もいる世界。
怪しいオカルトしかない地球の中世と違って、予言や伝説が実現する可能性がずっと高いと。なんなら女神すらいるしな。そりゃ誰もが信じて疑わないさ。
「私は災いの子として、しかし伯爵家の令嬢ということもあり、面と向かって酷い言動こそ取る者はいなかったけど……嫌われ、避けられ、陰口を叩かれていたわ」
ところが。
「聖女の力に目覚めたら一変した……ってことか?」
「そうよ」
魔女はそこで一呼吸置いてから、さらに話を続けた。
「そこからは、手の平を返したように周りの態度もくるりと変わったの。信じられないことに、第二王子であるルクス様との婚約まで、とんとん拍子に決まっていったわ」
陰口は減らなかったけれどね、と、魔女はつけ加えた。
「そこに現れたのが、あの娘よ。フレデリカ。聖女の力と青髪を有していた、平民の娘。無邪気な愛らしさの仮面の下に、欲望まみれの顔を隠していた、あの下衆な娘──」
「そこまで聞けば後は予測もつくよ」
俺は肩をすくめた。
「あれこれ裏工作や罠を仕掛けられて、評判をガンガン落とされた。婚約者もやらもフヌケにされた。……で、しまいには、聖女のフリをして人々を騙していたとか冤罪ふっかけられて……弁解すらさせてもらえず死刑コースと」
「その通りよ。名推理ね」
「それほどでもない」
流れ的にだいたいわかるよ。なろうだとよくある話だし。
実際の異世界でも同じようなことがあるなんて、夢にも思わなかったけどさ。
「その後のことは、ご覧の通りよ」
火刑が始まると思わせてからの、聖魔反転どんでん返し。
そしてまさかの王国大炎上。
「……こうして、パルニア王国は魔女へと変貌した聖女の怒りを買い、暴走した守りの結界によって焼き尽くされたのでした……」
「──めでたしめでたし、か」
「私にとってはね。私以外の人間にとっては地獄の始まりでしょうけど。あなたもその一人に過ぎないはずだったのにね。それと、そこのゴーレムも」
「部外者なもんで」
『右に同じく』
比喩とかじゃなくて、マジで俺とあんたじゃ住んでた世界が違うんですよ。多分このロボ娘もさ。
「ほら」
「?」
「今度はあなたの番でしょう? まさか、聞くだけ聞いておいて黙して語らずではないわよね?」
「いや、う~~~~~~~~ん」
「ずいぶんと渋るわね。そんなに知られたくないようなことなの?」
「あんまりね」
「なら尚更聞きたくなってきたわ。私もひねくれ者だから」
「…………あんまり、よそでベラベラ喋られても困るんだけどな」
「他言無用──そう約束する」
そこまで言うならまあいいか。
……どうせこんなこと、この姉ちゃんがどこで言おうが誰も信じないだろうしな。なんだったら、この姉ちゃんも俺の話を信じるかどうか。
左にいるガイノイドにも知られることになるが……どうせこっちにはバレそうな気がするし、それが多少早まるだけだな。
んじゃ、教えてやるか。
衝撃の真実を。
「俺はさ──」
「──ってわけで、この世界に来たんだ」
と、一通りのことを語ってやった。
炎の魔女が、フリーズした。




