9・あんたなんか知らん
「どうした? 急に消極的になったみたいだけど、もうかかってこないのか?」
今のがノーダメなのが、かなりの衝撃だったようだ。マントは致命傷受けたが。
どこか二体とも、及び腰……とまではいかないか、慎重にはなっている。
身構えている。
油断や、おおらかさが消えた感じだ。
武器だけでなく持ち主もヤバいと、気を抜いてはならない相手だと、俺に対してそう思い出したのかもな。
認識を改めた──ってとこか。
「急に、ね。それはこちらの台詞よ。炎がさして効かなかったのが、よほどご機嫌なようね。ずいぶんと態度が大きくなったじゃない」
少し間を置いたことで、気を取り直したのか。
魔女の言葉に余裕が戻ってきた。
並の人間ではないのはわかったし、聖なる武器まで持っている。
だとしても。
それでもまだ、自分のほうに分があるはずだ。
こんな少年に遅れをとるはずがない──と、そういう具合に、高を括っているのかな。
「あの程度の炎を我慢できたくらいで、私を退けられるとでも思ってる? だとしたら、調子に乗りすぎね。浅はかにも程があるわ」
「本気を出してないのはわかってたさ」
あの状況で全力なんか撃つはずがない。
ブチ切れてもいないし、切羽詰まってもいないのだから。
「人間に食らわせるには強めの火力だけど、聖なる武器ごとまとめて灰にするならこれでいいか」くらいの炎だったのだろう。
「ただ、本気を出してたところで、どうだろうね。それで俺を燃やせることができたかというと、怪しいものがあると思うよ」
「言ってくれるわね。金と縁がまるでなさそうな貧乏くさい格好のくせに。人にとやかく言う前に、地面から這い出てきたようなその服装を気にしたらどうなの?」
「うるさいなぁ。誰だって最初はこんなもんだろ」
ファンタジー的な異世界での冒険が始まったばかりなんだ。これくらい質素なのが普通だっつーの。
序盤なんだぞ序盤。
開始してまだ間もないのに金属製のカッコいい防具なんか揃っててたまるか。本来ならスライムとかゴブリンとか倒してる時期だぞ。
こんなもんだよ。
まあ、聖なる刀があるから、これだけでもお釣りがくるってもんだけど。
「それで、やんのかやらないのか、はっきりしてくれよ」
「? おかしなことを聞くのね」
「どゆこと?」
何を言ってんだこいつ。
続けるのか止めるのか訊ねるに決まってるだろうに。
「先制攻撃を受けておいて、反撃するどころか、続行するかどうか聞いてくる……そんなお人好しがいる? あなた、平和主義者なの? それとも余裕からくる態度?」
「まー、どちらかと言ったら後者だな。だけど一番の理由はそうじゃない」
「なら、どんな理由なのかしら」
「別にそんな難しい話じゃない。単に、無駄なことをやりたくないだけだよ。やっても何の得もないしな。失ったのもたかだかマント一枚。目くじら立てるほどのことじゃない」
「へえ?」
炎の魔女が、面白そうに笑う。
「こんなところにいるということは、あの街の生き残りでしょう? なら、私が何をしでかしたか、その一部始終を見てたわよね? ウフフ、ご覧なさいなその結果を。この……素晴らしい光景を」
右腕を上げ、自慢げに紹介するように、ゆるりと一回転してみせた。
芝居がかってんなお姉さん。
「このパルニア王国を慈愛で包みこみ、魔物や災いから守っていた、火の守護結界──それを反転暴走させた結果がこの光景よ」
反転と暴走か。
それでこうなったと。
あと、パルニア王国とかいったか。
包み込んでいたのを暴走させたってんなら、やっぱり丸ごとやられたんだな……王国そのものが。
きっと、全土にあの処刑場みたいに濃厚な炎の雨が降り注いだんだろう。
……ってことは。
もう、こんな大規模な、広範囲を焼き尽くすような真似はできないのかな。だとしても街ひとつくらいなら楽に燃やせそうだけど。
「やり過ぎだろ。いったい何がそんなに腹立たしかったか知らんが、無茶苦茶だな(だいたいの予想はついてるけどね)」
「は?」
魔女が、呆然とした。
さっき俺が炎に耐えたときよりも、さらに驚き、そして開いた口が塞がらなくなっている。
信じられないものを見る目。
「…………知らないの? 私のこと」
「知らん。……知ってる?」
魔女を指差しながら、左の銀色女に聞く。
いきなり話を振られて困惑していたが、すぐに、
『不明……。おそらくは、高エネルギー放出タイプの、人型災獣……と、推測……しています』
聞くだけ無駄だった。
自分の中にあるデータに無理やり照らし合わせて、それっぽいレッテルを貼ってるだけじゃんそれ。ダメだこのロボ。
「そんなゴーレムなんかに聞いてわかるはずないでしょ。お馬鹿さんね」
なんだと。その通りだが。
「イストリア伯爵家の灰白姫……ここまで言えば、いくら察しや頭が悪くても、わかるわよね?」
「申し訳ありませんが、とんと存じ上げません」
「嘘でしょ」
「本当だよ」
「つまらない冗談はよして」
「冗談なんか言ってない」
「……なら、ティリファーナ・イストリアの名も……聞いたこと、ないの……?」
「ないっスねー」
「……………………」
ついに絶句する炎の魔女。
『ティリファーナ・イストリア……灰白姫…………共に該当データ無し……。不明、この災獣の個体データは、一切不明……』
電子頭脳の中身を検索してる氷のガイノイド。
そして俺。
……なんだろ。
一触即発みたいな空気がやわらいできた感じがしてきたな。でもまだ危うさはあるから注意しとこ。




