第9話:泥沼と地盤沈下
頭上に開いた巨大な大穴から差し込む僅かな月明かりだけが、凄惨な血の海と化した地下トンネルの惨状を照らし出していた。
「大将! 次の命令をくだせえ! 俺たちの武器は、まだ魔族の血を求めて疼いてやがる!」
狂戦士バルタが、魔王軍の工作兵の返り血で真っ赤に染まった巨大な戦斧を振り回しながら、興奮冷めやらぬ声で叫んだ。
その周囲では、百名のならず者部隊の面々が、ギラギラと野獣のように飢えた目を光らせて、彼らの絶対的な指揮官であるスミス将軍の次の言葉を待ち構えている。
(帰りたい。今すぐ帰りたい。血の匂いがキツすぎて、本気でめまいがしてきた……)
サトーは兜の中で、心臓が早鐘のように、いや、もはや空襲警報のサイレンのように激しく打ち鳴らされるのを感じていた。
精神的なストレスはすでに限界を突破し、こめかみの奥がズキズキと割れるように痛み始めている。前職のブラック企業で、絶対に間に合わない納期を前に上司から灰皿を投げつけられた時でさえ、ここまで直接的な命の危機を感じたことはなかった。
足元には、自分がただ泥沼で滑って転びそうになったのを踏ん張った結果、見事にペシャンコになってしまった敵の指揮官の亡骸がある。周囲には無数の魔物の死体。
(とにかく、ここから出よう。この穴をよじ登って地上に戻り、「敵の極秘部隊は殲滅した。我々の任務は完了だ」とでも言って、安全な自軍の天幕に引き返すんだ。そうだ、それが一番賢い選択だ。定時退社だ!)
サトーは震える右腕をゆっくりと持ち上げると、カシャン、と鈍い金属音を響かせながら、頭上に開いた巨大な天井の穴を指差した。
「…………」
無言で、上を指差す。
(さあ、あの穴から地上に帰るぞ。俺は重くて登れないから、お前ら、下から俺を押し上げてくれ)という、切実なSOSのサインであった。
しかし、その意図が、この血の気に逸った百名の狂信者たちに正しく伝わるはずがなかった。
「……ま、まさか将軍!」
レオン副官がハッとして、サトーの指差す先――天井の穴から見える、赤黒く染まった戦場の夜空を見上げた。
「天を指差す……。つまりそれは、『地上の防衛は本隊に任せ、天の加護を背に受けて我々はこのまま地下の敵中深くへと突き進む』という決意の表れですね!」
(違う! 全然違う! 上に帰りたいだけ!)
サトーが慌てて首を横に振ろうとしたが、三十キロの錆びた兜はそう簡単に動かない。
さらに、バルタがその極太の腕でポンッと手を打ち、凶悪な笑みをさらに深めた。
「なるほど! さすがは大将だ、考えが恐ろしいほどに合理的だぜ! このトンネルは、魔王軍が俺たちの本陣を奇襲するために掘り進めていた極秘ルートだ。つまり、この道を逆に辿っていけば……敵の防衛線を完全に素通りして、魔王軍の前線基地の『ど真ん中』に直接繋がってるってことだ!」
「その通りだ、バルタ!」
レオンが銀の剣をギラリと輝かせ、暗く続くトンネルの奥へと切っ先を向けた。
「将軍は、敵の策を逆手に取り、この百名という少数の遊撃部隊で、敵の前線基地を内側から崩壊させるおつもりなのだ! 地上に帰って司令部に報告するなどという悠長な真似はせず、このまま一気に敵の喉笛を食いちぎる! なんという圧倒的な決断力と、電光石火の軍略……!」
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
ならず者たちが、感極まって野獣のような咆哮を上げた。
「さすがはスミス将軍だ!」「俺たちならやれる! 敵の基地を火の海にしてやるぜ!」と、彼らの士気はもはや誰にも止められないほどに爆発してしまった。
(やめてえええええええっ!)
サトーは兜の中で、滝のような冷や汗を流しながら声にならない悲鳴を上げた。
敵の基地のど真ん中に、たった百人で突っ込む? それは軍略でもなんでもない、ただの集団自殺だ。体力値3の自分など、戦闘が始まった瞬間に流れ弾に当たって終わる。
「……(フルフルフル)」
サトーは必死に、微かに首を横に振った。(やめよう、帰ろう)という最後の必死の抵抗である。
「おお、スミス将軍! 無言で首を振られるとは……!」
レオンが熱い涙を拭いながら、大きく頷いた。
「『賞賛の言葉など不要。我々が成すべきは、ただ敵を殲滅することのみ』ですね! 承知いたしました! スミス将軍の御心、このレオンが全軍に徹底させます! 全員、松明を灯せ! これより我々はトンネルを逆走し、魔王軍の前線基地を強襲する!」
「ヒャッハー! 殺戮パーティーの始まりだァ!」
こうして、地上へ帰還するというサトーのささやかな希望は完全に絶たれた。
狂喜乱舞する百名のならず者たちに背中を押されるようにして、サトーは真っ暗な地下トンネルの奥深くへと、死の行軍を強制的に開始させられてしまったのである。
◆ ◆ ◆
ジメジメとした冷たい地下の空気が、甲冑の隙間から容赦なく入り込んでくる。
(暗い……怖い……足が重い……。もう一歩も動きたくない……)
サトーは部隊の先頭――最も危険な位置――を歩かされていた。
「将軍の広き背中こそが我々の道標だ」というレオンの熱すぎる提案により、サトーは否応なしに先陣を切らされているのだ。
松明の赤い炎が揺れる中、サトーは泥濘に足を取られながら、ガシャン、カシャンと不器用なロボットのような足取りで進んでいた。
三十キロの甲冑の重さは、体力値3の肉体をヤスリで削るように奪っていく。
息は完全に上がり、全身の筋肉は悲鳴を上げ、関節という関節が摩擦熱で燃えるように熱い。前職で遅刻しそうになり、駅の階段を一気に駆け上がった時よりも、遥かに心拍数が跳ね上がっていた。
(もうダメだ……本当に一歩も歩けない。少し休ませてくれ。いや、休んだらそのまま見捨てられて置いていかれるかもしれない。でも限界だ……)
行軍開始から一時間が経過した頃。
ついにサトーの貧弱な足腰は完全に限界を迎え、右足のつま先が、地面から突き出ていた太い木の根に思い切り引っかかってしまった。
「あぐっ……!」
ガシャンッ!!
サトーは受け身を取る余裕すらなく、前方のめりに派手に転倒し、トンネルの泥壁に肩から激突してしまった。
あまりの重装備ゆえに、一度転ぶと自力で立ち上がることはほぼ不可能に近い。泥にまみれたカブトムシがひっくり返ったような惨めな状態だ。
「大将! どうしやがった!」
すぐ後ろを歩いていたバルタが、慌てて駆け寄ってくる。
(ごめん、ただ木の根っこに躓いただけだ。誰か起こして……)
サトーが情けなく右手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
「……待て、バルタ! 将軍の御手元を見ろ!」
レオンが鋭い声で制止し、松明の光をサトーが激突した泥壁の根元へと向けた。
そこには、サトーの分厚い鉄の肩当てが激しく打ち付けられたことで、泥壁の表面が崩れ落ち、地中に隠されていた『禍々しい赤い光を放つ魔法陣』が剥き出しになっていた。
しかも、その魔法陣の中心にあった起爆用の赤い水晶が、サトーの三十キロの甲冑による激突の質量衝撃で、見事に粉々に砕け散っていたのだ。
「こ、これは……魔王軍の『無差別連鎖爆破トラップ』だ! もし我々が気づかずにこの上を通過していれば、トンネルごと全員生き埋めにされていたぞ!」
レオンの言葉に、百名のならず者たちが一斉に息を呑み、青ざめた。
「マジかよ……。敵の奴ら、自分たちの工作部隊が全滅した時のための保険として、こんな凶悪な罠を仕掛けてやがったのか」
バルタが額に冷たい汗を浮かべながら、魔法陣を凝視する。
「だが、将軍は……スミス将軍は、この暗闇の中で微かな魔力の気配を察知し、あえて自ら壁に激突するという荒業で、起爆装置の水晶だけをピンポイントで粉砕されたのだ! もし剣や魔法で斬りつけていれば、魔力干渉で爆発していたかもしれない。物理的な質量の激突こそが、この罠を無効化する唯一の正解だったのだ!」
「なんと……! 我々の命、またしても将軍の身を挺した行動に救われたというのか!」
(違う! ただ足がもつれてコケただけだよ! トラップなんて一ミリも気づいてなかったよ! ていうか、一歩間違えたら俺の激突で爆発してたってこと!? 怖すぎるだろ!)
サトーは壁にへばりついたまま、恐怖で全身の血の気が完全に引いていた。
心臓が口から飛び出しそうだ。寿命が縮むどころか、すでに前借りをしている気分である。
「スミス将軍。御見事な罠の解除、感服いたしました。さあ、私めの手をお取りください」
レオンが恭しく手を差し伸べ、サトーの重い身体を引き起こしてくれた。
「大将のおかげで命拾いしたぜ。野郎ども! 大将の背中から絶対に離れるなよ! ここから先は、一歩ごとに死が潜んでると思え!」
「「「応!!」」」
ならず者たちの忠誠心と警戒心が、さらに一段階跳ね上がった。
サトーは「もう嫌だ、誰か助けて」と心の中で泣き叫びながら、再び重い足を引きずって、真っ暗なトンネルの奥へと進むしかなかった。
◆ ◆ ◆
さらに歩くこと数十分。
長く続いたトンネルの先に、微かな光と、人工的な巨大な木の扉が見えてきた。
「……将軍。ついに最深部に到達しました。あの扉の向こうが、魔王軍の基地の地下層に繋がっているはずです」
レオンが声を潜め、銀の剣を構える。
バルタも戦斧を握り直し、百名のならず者たちが音を立てずに武器を抜いた。全員が極度の緊張と、殺戮への期待に満ちた息を吐いている。
(やっと着いた……。でも、扉を開けたら大量の魔物がいるんだろ? 絶対に開けたくない。俺はこの最後尾に回って、お前らが戦ってる間、ずっと壁を向いて耳を塞いで座っていたい……)
サトーが後ずさりしようとした瞬間。
「大将。一番槍は、俺に任せてくだせえ」
バルタがニヤリと凶悪に笑うと、サトーの返事を待つこともなく、助走をつけて巨大な戦斧で木の扉を粉々に叩き割った。
ドシャァァァァンッ!!
「王国軍、独立遊撃部隊だァ! 魔王軍のクズども、首を洗って待ってたかァ!」
バルタの咆哮とともに、百名の戦闘狂たちが、堰を切ったように扉の向こう側へと雪崩れ込んでいく。
サトーも後ろから押し出されるようにして、フラフラと明るい空間へと放り出された。
そこは、想像を絶するほど巨大な地下空間だった。
無数の松明が壁に掲げられ、見渡す限りの広大なフロアには、木箱や樽、そして大量の武器や防具が山のように積み上げられていた。
「な、なんだここは……?」
レオンが驚愕の声を上げる。
そこはただの前線基地ではなかった。
魔王軍が西部戦線に展開するすべての部隊に物資を供給するための、超巨大な『前線兵站基地』の心臓部であった。
フロアの奥には、城の門ほどもある巨大な『魔力供給炉』が不気味な紫色の光を放って稼働しており、その周囲には、高純度の『高爆発性火炎魔石』が、荷車に山積みにされて何十台も置かれていた。
「て、敵襲だァァァ! なぜ人間どもが、完全封鎖された地下保管庫にいるのだ!?」
「迎撃しろ! 物資を死守するのだ!」
警報の魔導具がけたたましく鳴り響き、数百匹の重武装した魔物の守備隊が、一斉に武器を構えて殺到してくる。
「ヒャハハハ! 獲物がいっぱいだぜェ! 叩き潰せ!」
「スミス将軍に続けェェ!」
バルタとレオンを先頭に、百名のならず者部隊が数の暴力に真っ向から突撃していく。
フロアのあちこちで、激しい斬撃の音と怒号、そして血飛沫が舞い散る、地獄の乱戦が始まった。
しかし、その激戦の中心にいるはずのサトーは。
(ひいいいいいいっ! 怖い! 武器が飛んできた! 槍がかすった! 助けてええええ!)
サトーは完全にパニックに陥り、三十キロの甲冑をガシャンガシャンと鳴らしながら、戦場から遠ざかるように、壁際の物資の山の陰へと必死に逃げ込んでいた。
「戦うなんて無理だ! 俺はモブだ! 商社マンだ! エクセルの関数なら組めるけど、剣なんて振ったこともないんだよォォ!」
サトーは涙目で周囲を見回し、隠れられそうな大きな荷車を見つけた。
その荷車には、赤く点滅するように光る、メロンほどの大きさの美しい石(高爆発性火炎魔石)が山のように積まれていた。
それがどれほど危険な代物かなど、現代日本人のサトーにわかるはずもない。
(よし、あの荷車の後ろにしゃがんで隠れていよう! 戦闘が終わるまで絶対に出ないぞ!)
サトーは荷車の裏側に回り込み、身を潜めようとした。
しかし、パニックで足元がおぼつかなかったサトーは、荷車の車輪を固定していた木製の『車止め』を、重い鉄靴で思い切り蹴り飛ばしてしまった。
ガコンッ。
「あっ」
車輪のロックが外れた荷車は、緩やかな傾斜のついたフロアを、ガラガラと音を立てて滑り出し始めた。
しかもその向かう先には、魔王軍の基地のすべてのエネルギーを賄っている、巨大な『魔力供給炉』が口を開けていた。
「や、やばい! 止まれ!」
サトーは慌てて荷車を引き止めようと、荷台の縁を掴んだ。
しかし、腕力値2の貧弱な筋力では、数十キロの魔石を積んだ荷車の勢いを止められるはずがない。逆にサトー自身が、荷車に引きずられるようにして、フロアの中央へとズルズルと引っ張られてしまったのだ。
「うわあああああああっ! 止まれェェェェ!」
サトーの悲鳴(※低く唸るような突撃の雄叫びに聞こえる)とともに、火炎魔石を積んだ荷車が、戦場のど真ん中を猛スピードで横切っていく。
『な、なんだあいつは!?』
『見ろ、あの錆びた全身甲冑……! 噂に聞く、ザルバ様を討ち取った人間の化け物だ!』
『馬鹿な! あいつ、単騎で高爆発魔石の荷車を押しながら、真っ直ぐに魔力供給炉へ特攻を仕掛ける気か!?』
魔王軍の守備隊たちが、その常軌を逸した光景に恐怖で凍りついた。
魔力供給炉に高爆発魔石を放り込めばどうなるか。
それは、この地下基地全体を吹き飛ばす、大爆発を引き起こすことを意味する。
自らの命と引き換えに、基地を丸ごと消滅させる気なのだ。
「大将!?」
「将軍! いけません、それだけは!」
レオンとバルタも、サトーの『真の意図(と勘違いしたもの)』に気づき、青ざめて叫んだ。
(違う! 特攻じゃない! 引っ張られてるだけなんだよォォォ! 手が離れないのォォォ!)
サトーの三十キロの甲冑の腕当ての金具が、不運にも荷車の縁の木組みにガッチリと引っかかってしまい、物理的に手が離せなくなっていたのだ。
そして、運命の瞬間。
ガラガラガラガラッ……ドガァァァァァンッ!!!
サトーを引きずった荷車は、一切の減速なしに、燃え盛る巨大な魔力供給炉の中心部へと激突した。
積まれていた数十個の高爆発性火炎魔石が、炉の超高熱の炎の中に一斉に雪崩れ込む。
「終わった……」
サトーは兜の中で、完全に死を覚悟して目を閉じた。
ピカァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!
次の瞬間。
太陽が地下に出現したかのような、網膜を焼き尽くすほどの超弩級の閃光が、巨大なフロア全体を飲み込んだ。
ズドドドドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
鼓膜が物理的に破裂するほどの、規格外の轟音。
基地の心臓部である魔力供給炉が、大量の高爆発魔石と連鎖反応を起こし、想像を絶する大爆発を引き起こしたのだ。
爆風と紫色の炎の嵐が吹き荒れ、山積みになっていた物資も、魔王軍の守備隊も、すべてが一瞬にして吹き飛ばされ、消し炭へと変わっていく。
◆ ◆ ◆
数十分後。
魔王軍の西部戦線における最大の兵站基地は、跡形もなく崩壊していた。
天井の一部は崩落し、火災の煙がもうもうと立ち込める中、焼け焦げた瓦礫の山だけが残されている。
「ゲホッ、ゴホッ……」
レオンとバルタ、そして百名のならず者たちは、フロアの入り口付近にいたことと、サトーが特攻(※事故)を仕掛けるのを見て咄嗟に物資の山の裏に隠れたおかげで、奇跡的に全員が無傷で生き残っていた。
「信じられねえ……」
バルタが、完全に更地と化した基地の内部を見渡して、震える声で呟いた。
「魔王軍の前線の要、巨大な兵站基地が……たった一撃で、完全に消滅しちまった……」
「これが……スミス将軍の覚悟。自らの命を顧みず、敵の心臓部を最速で的確に破壊し尽くす、究極の自己犠牲の戦術……!」
レオンが、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、瓦礫の山の中へと駆け出した。
「将軍! スミス将軍! どこですか! ご無事ですかァァァ!」
「大将! 返事をしてくれ!」
ならず者たちが必死に瓦礫をどかし、黒焦げになった魔力供給炉の跡地を探し回る。
そして。
「い、痛い……身体中が痛い……。俺、生きてるのか……?」
爆心地から少し離れた、分厚い鉄の扉の残骸の下敷きになっていたサトーが、ガシャンと音を立てて瓦礫を押しのけ、フラフラと立ち上がった。
爆発の瞬間、荷車から引き剥がされたサトーは、運良く吹き飛ばされた分厚い鉄の扉と一緒に壁際まで飛ばされ、それが盾となったことで奇跡的に直撃を免れていたのだ。
三十キロの甲冑は、表面が真っ黒に焦げ付き、さらに異臭を放っているが、中身のサトーは打撲だけで済んでいた。
「し、将軍ゥゥゥゥゥッ!!」
サトーの姿を見つけたレオンが、弾かれたように駆け寄り、そのままサトーの足元に崩れ落ちて号泣し始めた。
「ご無事だったのですね! ああ、神よ感謝します! まさか、あの至近距離での大爆発から、傷一つ負わずに生還されるとは! 貴方様は本当に、不死身の軍神だ!」
「大将! アンタって人は、どんだけ規格外なんだ! 魔王軍の巨大基地をたった一人で壊滅させるなんて、歴史上の英雄でもできねえ芸当だぜ!」
バルタが感極まって、サトーの焦げた肩当てをバンバンと力強く叩く。
(痛い! 痛いから叩かないで! ていうか、また俺がやったことになってるゥゥゥ!? 違うんだよ、荷車が勝手に滑っただけなんだよォォ!)
サトーが心の中で絶叫していると、百名のならず者たちがサトーをぐるりと取り囲み、一斉に武器を天に掲げた。
「スミス将軍バンザイ! 独立遊撃部隊バンザイ!」
「俺たちの上官は、世界最強のバケモノだぜェェェ!」
地下基地の残骸の中に響き渡る、狂熱の歓声。
魔王軍の兵站基地を完全破壊したという、戦争の歴史を覆すほどの圧倒的な大戦果。
それは、サトーを『ただの勇敢な英雄』から、『国家の最高戦力』へと決定づける、決定的な事件となってしまった。
(ああ……もうダメだ。俺、このまま絶対に最前線から降ろしてもらえない。一生この臭い鎧の中で、死線をくぐり抜けるハメになるんだ……)
歓喜に沸く部下たちの中心で。
最弱の社畜・佐藤一郎は、誰にも見えない兜の奥で、ついに精神の限界を超え、ポロポロと一筋の冷たい涙を流しながら静かに気絶(現実逃避)するのであった。
―――つづく。




