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とても素敵な勇者様。  作者: はまちんぐ
第2章:呪いのサビ甲冑と軍神爆誕編
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第8話:土下座と神回避

アーゼンベルフ王国の最前線基地を出発した『独立遊撃部隊』は、王国の正規防衛ラインから大きく外れた、草木一本生えない荒涼とした荒野を西へ西へと進んでいた。


部隊の総勢は、およそ百名。

しかし、その行軍の風景は、規律正しく統率された王国軍の正規部隊とは似ても似つかない、あまりにも異様で、極めて物騒な空気に満ち溢れていた。


「オラァッ! 歩くのが遅えぞ新入り! てめえの足の筋を斬り落として、その辺のオークの餌にしてやろうか!」


「ヒャハハハ! いいねえ、俺はアイツの装備をひん剥いて酒代にするぜ! 泣いて命乞いしてみろや!」


「うるせえ! さっさと歩かねえと、後ろから俺の毒塗りの槍で尻の穴を突き刺すぞ!」


怒号、下品な笑い声、そして仲間同士の絶え間ない罵倒と威嚇。

彼らはギュンター司令官の言葉通り、軍の重度の規律違反者、上官への命令無視の常習犯、そして他の部隊から「手に負えない」と放逐された『ならず者』の寄せ集めだった。

顔には歴戦の、あるいは酒場の喧嘩で作った生々しい傷跡が絶えず、中には正規の軍服すらまともに着ていない者もいる。野盗から奪い取ったようなトゲ付きの肩当てや、血の染み付いた獣の毛皮を纏い、髪の毛を派手な赤や緑に染め上げている者までいた。

一歩間違えれば、いや、一歩も間違えなくとも、ただの凶悪な野盗の集団にしか見えない。


そんな百名の血に飢えた荒くれ者たちを、先頭で巨大な軍馬に跨った狂戦士バルタが、人間の背丈ほどもある両刃の戦斧を肩に担ぎながら、凶悪な笑みで統率(という名の物理的な脅迫)をしていた。

その後ろには、生真面目なレオン副官が、額に太い青筋を立てながら部隊の進行方向と最低限の陣形を管理している。


そして、その物騒極まりない行軍の、ちょうど中央。

補給物資を積むための、サスペンションなど一切ない粗末な木製の荷馬車の荷台の上に、この部隊の絶対的指揮官である英雄、スミス将軍(サトー)は鎮座していた。


(帰りたい。今すぐ王都のボロアパートに帰って、温かいシャワーを浴びて、布団を頭まで被って泥のように眠りたい……)


サトーは兜の中で、血の涙を流しながら心の中で悲鳴を上げていた。


荷馬車が荒野の石を踏むたびにガタガタと大きく揺れ、その度にサトーの全身を包む三十キロのポンコツ甲冑が、カシャン、ガシャンと情けない音を立てて激しく軋む。

本来であれば、将軍クラスの指揮官は立派な軍馬に跨り、堂々たる姿勢で行軍するのが常識である。

しかし、腕力値2・体力値3のサトーに、乗馬スキルなどという高度な技術があるはずもない。もし馬の背に乗せられようものなら、三十キロの甲冑の重さに振り回されて、一秒で頭から地面に落下して首の骨を折るのがオチだ。

そのため、サトーは無言で首を振って馬を拒絶し、荷馬車の荷台の隅に、両腕を組んでどっかりと座り込む(重すぎて身動きが取れないだけ)という移動手段を選択せざるを得なかったのだ。


しかし、ただ荷台で置物のように固まっているだけのその姿すらも、狂信者と化した部下たちには『カリスマの塊』として映っていた。


「おい、見ろよ……スミス将軍を」


荷馬車の横を歩いていた、顔の半分にドクロの刺青を入れた巨漢の兵士が、ゴクリと生唾を飲み込んで隣の仲間に囁いた。


「王都を出発してから、一言も言葉を発しねえ。それにあの姿勢……馬車があんなに揺れてるってのに、完全に揺れを殺して、微動だにしていねえぞ。どんな体幹の持ち主だよ」


「ああ……。バルタの旦那が、あのお方に全力で斧を振り下ろして、傷一つつけられずに土下座させられたって噂は、どうやらマジみたいだな。あんな薄汚ねえサビだらけの鎧から、息が詰まるほどの恐ろしい殺気とプレッシャーを感じるぜ……」


(違うから! 殺気じゃなくて、ただ極限の恐怖と寒さでガタガタ震えてるのを必死に堪えてるだけだから! あと、微動だにしないのは鎧が重すぎて、しかもサビで関節が固まってて動けないだけだから!)


サトーは兜の中で、心臓が爆発しそうなほどの緊張に耐え続けていた。

ストレスのあまり、神経がゴリゴリとヤスリで削られているような感覚だ。


もし、今ここで自分が「足が痺れたから休憩したい」などと泣き言を言ったらどうなるか。

この血の気の多い百人のならず者たちは、一瞬で自分を「ただのハッタリ野郎」「腰抜けの案山子」だと見抜き、暴動を起こすだろう。レオンやバルタが止める前に、寝首を掻かれるか、あるいはこの重い甲冑ごと深い谷底へ突き落とされるに違いない。


(絶対にバレちゃダメだ。泥沼に着いたら、「よし、ここは安全だ。適当に陣を張って、戦争が終わるまで各自待機しろ」とでも命令して、俺の平穏な時間を確保するんだ。そのためにも、今は無口な歴戦の強者のフリを、命がけで貫き通すしかない……!)


サトーは心身を極限まですり減らしながら、ただひたすらに、誰もいない平和な泥沼への到着を、神に祈り続けていた。


◆ ◆ ◆


行軍を開始してから数時間後。

部隊はついに、目的の空白地帯、『第八区画・底なしの泥沼』へと到着した。


そこは、不気味なほどに静まり返った、見渡す限りの広大な湿地帯だった。

赤黒く濁った泥水がどこまでも広がり、大人の背丈ほどもある鬱蒼とした葦(あし)の群生が、風に吹かれてザワザワと嫌な音を立てている。

足元はひどくぬかるんでおり、少し踏み込むだけでズブズブと足首まで泥に沈み込んでしまう、最悪の足場だ。

空には分厚い灰色の雲が立ち込め、視界を遮る濃い霧が薄っすらと周囲を覆っていた。腐敗した植物の匂いと、微かな硫黄の匂いが鼻を突く。

魔物の咆哮はおろか、鳥のさえずりや虫の音すら一切聞こえない、まさに生命の気配が完全に途絶えた『死の泥沼』であった。


「……将軍。目的の座標に到着いたしました」


レオンが片手を挙げて部隊の行軍を止め、荷馬車の上のサトーに向かって敬礼とともに報告した。


「しかし……見渡す限り、敵の影はおろか、魔王軍が潜伏しているような気配は一切ありません。念のため斥候を放ちましたが、周囲数キロにわたって、部隊の足跡も焚き火の跡も皆無。本当に、完全な空白地帯です」


バルタも巨大な戦斧を肩に担ぎ直し、周囲の霧を胡乱な目で見渡して鼻を鳴らした。


「大将。本当にこんな何もない泥だらけの場所に、敵の工作部隊なんてもんが潜んでるのか? どんな凄腕の魔術師を連れてきたって、この底なし沼の地下にトンネルを掘るなんて不可能だぜ。地盤が緩すぎて、支柱を立てる前に一瞬で崩落して生き埋めになっちまうはずだ」


百名のならず者たちも、疑心暗鬼の表情で顔を見合わせている。

いくら英雄の言葉とはいえ、こんな何もない泥沼で敵を待ち伏せするなど、狂気の沙汰にしか思えなかったからだ。


(よし! 計画通りだ! やっぱり敵なんていなかったんだ!)


兜の中で、サトーは歓喜のガッツポーズを決めた。

胸の奥から、重苦しい鉛のようなプレッシャーがスッと消え去っていくのを感じた。


敵などいない。それが正解だ。

ここはただの、誰も寄り付かない不気味な泥沼。戦争とは無縁の、最高に平和なサボりスポットなのだ。

地盤が緩くてトンネルなんて掘れない? 当たり前だ、そんな複雑な地形の計算などして地図を指差したわけがない。ただ「一番誰もいなさそうな端っこ」を選んだだけなのだから。


(よし、ここなら安全だ。あとは適当にもったいぶって馬車から降りて、「フッ……敵は我々の接近を察知し、すでに逃げ去ったようだ。我々もここでしばらく休息をとる」とでも言えば、完璧なモブ将軍ライフの始まりだ!)


サトーは、精神的な重圧から解放された安堵感で、フゥーッと長く息を吐いた。

そして、無言のまま重々しい動作で立ち上がり、荷馬車の荷台から、泥の地面へとゆっくりと足を踏み出した。


ガシャン、と。

三十キロの甲冑の重みが、泥濘(ぬかるみ)の地面に深く沈み込む。


「おお……将軍自ら、泥の中へ……!」

レオンが息を呑み、ならず者たちがその一挙手一投足に注目する。


サトーは周囲の部下たちを威圧するように、ゆっくりと、あえてゆっくりと歩みを進めた。

しかし、その実態は、長時間の正座によって完全に足が痺れ切っている上に、泥に足を取られてマトモに歩けないだけの、ただのヨチヨチ歩きであった。


(やばい、足が全然上がらない。泥が重すぎる。転ぶ、これ絶対に転ぶ!)


数歩進んだところで、サトーの革靴の裏が、泥の中に隠れていた『苔むした丸い石』を思い切り踏み抜いてしまった。


「あわっ!」


ツルッ、と。

サトーの体勢が、大きく後ろに傾く。

三十キロの重い鉄の塊が、バランスを完全に崩して宙を舞いそうになる。


(ダメだ! ここで無様に泥まみれになって仰向けに転んだら、歴戦の強者の威厳が丸潰れだ! ならず者たちに舐められて、後ろから刺される!)


極限の生存本能と、これまでの社畜生活で培われた「絶対にミスを誤魔化す」という謎の意地が働き、サトーは転倒を避けるため、空中に浮いた右足を、前方の地面に向かって、体重と甲冑の重量のすべてを乗せて、全力で踏み下ろした。


「ふぬおおおおおっ!!」


ドスンッッッ!!!


サトーの右足の鉄靴が、ぬかるんだ泥の地面を、まるで建築現場の巨大な杭打ち機のような凄まじい衝撃で踏み抜いた。


◆ ◆ ◆


――その数秒前。

第八区画の泥沼から、わずか数メートル下の地中深く。


そこには、地上からは想像もつかないほど巨大な空洞が存在していた。

魔王軍の工作部隊が、高度な土の魔法と、数百匹のモグラ型の魔物(マッド・モール)を駆使して、数週間かけて秘密裏に掘り進めてきた『王都奇襲用・極秘地下トンネル』の最前線であった。


『ククク……愚かな人間どもめ。我々がこの緩い泥沼の地下を、特殊な結界魔法と硬化魔法を何重にも編み込んで固めながら掘り進めているとは、夢にも思うまい』


薄暗い地下トンネルの中で、魔王軍の工作部隊長であるドワーフの変異体、ボルグが、邪悪な笑いを漏らしていた。

彼の顔には、自らの完璧な策が成功を収めつつあるという、絶対的な自信が満ち溢れている。


『先ほど、頭上を百人程度の人間どもの小部隊が通りかかったようだが、我々の完璧な隠蔽魔法には全く気づいておらぬようだ。……あと数時間。あと数時間掘り進めば、このトンネルは人間の防衛線の完全に後ろ側、王都へと続く安全地帯へと開通する! そうなれば、我ら奇襲部隊一万が、人間の本陣を背後から血祭りにあげてくれるわ!』


周囲では、数十人の屈強な工作兵たちが、つるはしやスコップを持ち、最後の仕上げとして天井部分の土を慎重に削り落としていた。

地表までの距離は、すでに残り一メートルを切っている。


『よし、お前たち! 天井の地盤はすでに限界まで薄く削ってある! いつでも一斉に突き破って地上へ躍り出られるよう、武器の準備を怠るなよ! この作戦が成功すれば、魔王様から莫大な恩賞が賜れるぞ!』


ボルグが部下たちにハッパをかけ、魔物たちが歓声を上げようとした、まさにその時だった。


頭上の天井――限界まで薄く削られ、硬化魔法で辛うじて支えられていた土の壁が、突如として『メキッ』と嫌な音を立てた。


『……ん? なんだ、今の音は。モグラどもが石でも噛んだか?』


ボルグがいぶかしげに頭上を見上げた瞬間。


ドッゴォォォォォォォォォンッ!!!!!


まるで空から巨大な隕石でも直撃したかのような、トンネル全体を揺るがす凄まじい衝撃とともに、天井の強固な硬化魔法の障壁がガラスのように粉々に砕け散った。

そして、大量の泥と岩盤が、土砂崩れのようにトンネル内へとなだれ込んできたのだ。


『な、なんだと!? 天井が崩壊した!? ば、馬鹿な、俺の完璧な硬化魔法が破られるはずが――』


ボルグの絶叫は、最後まで続くことはなかった。


崩れ落ちる天井の破片とともに、地表から降ってきた『三十キロの赤茶けた鉄の塊』――サトーの全身甲冑が、重力加速度を完全に味方につけた無慈悲なスタンプとなって、ボルグの頭頂部にクリーンヒットしたからだ。


「べちゃっ」という、熟れたトマトが壁に叩きつけられたような無残な音。


魔王軍が誇る工作部隊の隊長ボルグは、何が起きたのかすら理解する間もなく、サトーの右足の分厚い鉄靴によって、頑丈なヘルメットごと首の骨を完全にへし折られ、地面にペラペラに圧縮されて即死した。


土煙と泥の飛沫が舞い散る中。

突然の天井崩落と、隊長の信じられないほどのあっけない即死という光景を前に、周囲でつるはしを持っていた数十人の魔王軍の工作兵たちは、全員が完全に硬直していた。


そして、その崩落のすり鉢状の中心で。


「……いっっっっっっっっったぁぁぁぁぁぁ!!」


サトーは、踏み抜いた右足の尋常ではない激痛と、突然地面が消滅して落下した恐怖により、兜の中で白目を剥いて涙と鼻水を撒き散らしながら絶叫していた。


(な、なんだ!? なんだこれ!? なんで突然地面に大穴が開いて落下したんだ!? 泥沼って沈むレベルじゃなくて、底が抜けるのか!? しかも足の下に、なんかすごく柔らかくて生温かい肉のクッションみたいなのがあるゥゥゥ!?)


サトーが恐怖でガタガタと震えながら、ゆっくりと細いスリット越しに周囲を見渡すと。


そこには、松明に照らされた真っ暗な地下トンネルと、手につるはしやスコップを持ったまま、呆然とこちらを見つめる魔王軍の異形の兵士たちの姿があった。


(……て、敵!? 嘘だろ!? なんでこんな誰もいないはずの泥沼の下に、魔王軍がウジャウジャいるんだよ!? 嘘だろ!? 俺の平和なサボりスポットは!? 定時退社計画は!?)


サトーの精神は、限界を超えて完全にショート寸前だった。


◆ ◆ ◆


一方、その頃。地上の王国軍の視点。


「し、将軍が……突然地面を踏み抜いて、泥沼に飲み込まれたぞ!」


「いや、違う! 見ろ! 将軍が踏み抜いた泥沼の下に、巨大な地下空洞が広がっている!」


地鳴りのような音とともに開いた直径五メートルほどの大穴を、レオンとバルタ、そして百名のならず者たちが、穴の縁から恐る恐る見下ろしていた。


そこには、何重にもかけられていた隠蔽魔法を物理的に粉砕され、完全に無防備な状態となった魔王軍の秘密地下トンネルと。

敵の工作部隊の隊長を、文字通り『足で踏み潰して』暗殺を完了し、震えるような殺気(※ただの恐怖の痙攣)を周囲の敵兵に放ちながら悠然と立ち尽くす、スミス将軍の無慈悲な後ろ姿があった。


「……見つけた」


レオンの顔から、歓喜と、底知れぬ戦慄が入り混じった狂気的な笑みが溢れ出した。


「見つけたぞ! やはりスミス将軍の戦術眼に狂いはなかった! 魔王軍は、この行軍不可能と思われていた泥沼の地下に、特殊な魔法を用いて極秘のトンネルを掘り進めていたのだ!」


「マジかよ……」

バルタが、信じられないものを見るような目で、戦斧を持つ太い腕をブルブルと震わせた。


「敵の隠蔽魔法は完璧だった。気配も、魔力の痕跡すら地表には一切漏れていなかったはずだ。だが……大将は、この広大な泥沼の中から、トンネルの天井が最も薄くなっている『急所』を、ミリ単位の精度で完全に見抜きやがった……!」


「そうだ!」

レオンが銀の剣を天に高く掲げ、絶叫した。


「将軍は、敵の何重もの結界魔法ごと、たった一回の『渾身の踏み下ろし(スタンプ)』で地盤を粉砕し、敵の指揮官を脳天から踏み潰して一撃で暗殺したのだ! なんという神業! なんという圧倒的な武力と戦術眼! これぞ我らが英雄、スミス将軍の真の力だ!!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」


百名のならず者たちの血の気が、一瞬にして最高潮に沸騰した。

不可能を可能にし、見えない敵の急所を的確に穿ち、一切の魔法を使わずに物理の暴力だけで結界を粉砕する絶対的な強者。

そんなバケモノが自分たちの上官であるという事実が、彼らの奥底に眠る闘争本能に完全に火をつけたのだ。


「すげえ! スミス将軍すげえええっ!」

「俺たちも続くぞ! 将軍に全部の獲物を横取りされる前に、魔王軍のネズミどもを皆殺しにしろォォォ!」


「ヒャハハハハ! 血だ! 殺戮の時間だァ! 大将、今俺たちも行きますぜェ!」


百名の血に飢えた狂戦士たちが、まるで飢えた狼の群れのように、歓声を上げながら次々と大穴の中へと飛び降りていく。


『ひっ!? な、なんだこいつら!?』

『上からの奇襲だと!? 迎撃しろ! 武器を持て! 隊長の仇を――』


不意を突かれ、完全に指揮官を失ってパニックに陥った魔王軍の工作兵たちは、つるはしやスコップで必死に応戦しようとした。

しかし、上空から降ってくる百名の戦闘狂たちの圧倒的な暴力の前に、彼らの貧弱な防衛線は濡れた紙切れのように引き裂かれていった。


「死ねェェェッ!」

バルタの巨大な戦斧が、一度の薙ぎ払いで三人の魔物の胴体を両断し、血の雨を降らせる。


「スミス将軍の御前である! 貴様らのような小賢しい泥ネズミに、生きる価値などない!」

レオンの銀の剣が、鋭い閃光となって敵の喉笛を次々と正確に貫いていく。


一方、その地獄のような殺戮の宴のど真ん中で。


(ひいいいいいいっ! やめて! 血が飛んでくる! 首が飛んでる! 臓物が見えてる! 助けてママさぁぁぁん!)


サトーは、踏み潰した敵将の肉塊の上にへたり込んだまま、両手で兜を抱えて完全に硬直していた。


自分はただ、足が滑って転びそうになったから、踏ん張っただけなのだ。

それなのに、なぜ地盤が崩壊して、敵の秘密基地に直接ダイブして、一番偉そうな指揮官を踏み潰してしまったのか。

自分の悪運が、ついに確率の法則すらもねじ曲げ始めているとしか思えなかった。


戦闘は、わずか十分足らずで終了した。


工作部隊という戦闘を専門としない敵兵五十名は、百名のならず者部隊によって、文字通り一匹残らず殲滅された。

被害は、王国軍側はかすり傷数名。魔王軍側は全滅。

完全なる、圧倒的な大勝利であった。


「……将軍」


血塗れの戦斧を肩に担ぎ、返り血で真っ赤に染まったバルタが、死体の山を越えてサトーの前に歩み寄ってきた。

その後ろには、同じく敵の血で全身を染めたレオンや、ならず者たちが、熱を帯びた尊敬の瞳でサトーを取り囲んでいる。


「敵の部隊、一匹残らず綺麗に片付けましたぜ。……それにしても、大将」


バルタは、サトーの足元で無残に潰れている敵指揮官の死体を見下ろして、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。


「アンタの恐ろしいほどの戦術眼と、ためらいのない一撃には、心底恐れ入った。俺たちみたいなクズの命を無駄にせず、アンタ自らが一番危険な先陣を切って、敵の急所を完璧に穿つ……。アンタの背中を見て、俺たち全員、完全に目が覚めたぜ」


バルタが、その場に片膝を突き、深く頭を垂れた。


それに続くように、レオンが。

そして、百名のならず者全員が、血と泥にまみれた地下トンネルの中で、一斉にサトーに向かって膝を突き、武器を地面に置いて頭を下げた。


「我ら独立遊撃部隊百名! 今日この瞬間より、命の限り、スミス将軍の剣となり盾となることを誓います!」


「大将! 俺たちを地獄の底まで連れて行ってくだせえ!」


洞窟内に響き渡る、百名の熱狂的な忠誠の誓い。


(……終わった。俺の人生、詰んだ)


サトーは兜の中で、乾き切った笑いを漏らすしかなかった。


サボりたかっただけのモブの切実な願いは完全に粉砕され。

手を出してはいけない、軍の中で最も危険で狂暴な百人のならず者たちを、完全に『自分の狂信的な手駒』として手懐けてしまった。


もう、逃げられない。

この戦争が終わるまで、いや、死ぬまで、自分はこの狂った英雄『スミス将軍』という虚像を演じ続けなければならないのだ。



―――つづく。

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