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第21話:軟禁と呪いの鎧

ふかふか、であった。

まるで雲の上に寝転がっているかのような、極上の柔らかさ。

周囲には、最高級の香木が放つ、精神を甘く蕩かせるような高貴な香りが漂っている。

遠くからは、小鳥のさえずりと、ハープの優雅な調べが微かに聞こえてくる。


(……ここは、天国か? 俺、過労死してついに天国に来たのか……?)


サトーは、薄暗い意識の中で、ゆっくりと重い瞼を開けた。

視界を覆うのは、見慣れたアパートの雨漏りする天井でもなければ、スラム街の酒場のカビ臭い木組みでもない。

純金と大理石で彩られ、美しい天使のフレスコ画が描かれた、途方もなく高く、そして広大な丸天井であった。


「……あ、あれ?」


サトーが身をよじろうとした瞬間、ガシャンッ!という無骨で重苦しい金属音が、静寂の空間に無遠慮に響き渡った。


その音で、サトーの脳細胞が一気に覚醒した。

天国ではない。

自分の身体は、依然としてあの三十キロの赤錆びた全身甲冑(フルプレートアーマー)にすっぽりと覆われている。

そして、その泥とススと深海クラーケンの悪臭が染み付いた汚い甲冑のまま、天蓋付きの超高級なキングサイズベッドのド真ん中に、ズブズブと沈み込むように寝かされていたのである。


純白の最高級シルクのシーツは、サトーの甲冑のサビと泥で、すでに無残な赤茶色に汚れきっていた。


(そうだ……! 俺は魔将が三体もいる戦場に空から落とされて、そこで般若王女に目をつけられて、ショックで気絶して……!)


サトーの心臓が、早鐘のように激しく打ち鳴らされる。

慌ててベッドから転げ落ちるようにして起き上がり、周囲を見渡した。


広さは、前職のブラック企業のオフィスフロアまるごと一つ分はあろうかという巨大な一室。

調度品はすべて国宝級。壁には歴代の王の肖像画が飾られ、床には毛足の長いフカフカの絨毯が敷き詰められている。

どう見ても、王宮の超VIP専用の貴賓室である。


(終わった……! マジで王宮に連行されてきちゃったよ! どうしよう、どうしよう! 逃げないと! 今すぐここから逃げないと、あの般若王女に正体がバレて、国家反逆罪でギロチンにかけられる!)


サトーはパニック状態で部屋の出口を探し、巨大なマホガニー製の両開き扉へと駆け寄った。

そして、三十キロの甲冑の重さに耐えながら、必死にドアノブを引こうとした、その時である。


「――お目覚めになられましたか、将軍!」


扉の向こう側から、聞き慣れた、そして今最も聞きたくない暑苦しい声が響いた。

扉が外側から勢いよく開かれ、サトーは危うく尻餅をつきそうになる。


そこに立っていたのは、王宮の華やかな廊下に全く似つかわしくない、泥と血にまみれた完全武装の狂信者たち――レオンとバルタであった。

彼らの後ろには、王宮の近衛騎士たちを威圧するように睨みつけている、百名のならず者部隊がズラリと整列し、サトーの部屋をアリ一匹通さない鉄壁の陣形で警護していた。


「レ、レオン……バルタ……お前ら、なんでここに……」

サトーが震える声(※兜を通すと低く重厚な声になる)で呟くと、レオンは感極まったようにその場に片膝を突いた。


「当然であります! スミス将軍の御身をお守りするのは、我々独立遊撃部隊の至上の使命! たとえこの場所が王宮の最奥であろうとも、我々は将軍の盾となり、剣となる覚悟であります! 王都の軟弱な近衛騎士どもに、将軍の寝所の警護など任せられませんからな!」


「ヒャハハ! 大将がグッスリ眠ってる間、怪しい動きをする貴族の連中が近づいてこねえように、俺たちがバッチリ睨みを利かせておきましたぜ!」

バルタが自慢の戦斧を肩に担ぎ、凶悪な笑みを浮かべる。


(お前らのその過剰防衛のせいで、俺が部屋から一歩も逃げ出せなくなってるんだよォォォッ!)


サトーは心の中で血の涙を流して絶叫した。

窓から飛び降りようにも、ここは王宮の高層階だ。体力3のサトーが飛び降りれば確実にミンチになる。

そして正面の扉は、百名の狂信者によって完全に『封鎖(※彼らの中では警護)』されている。


詰みである。

完全なる、盤石のチェックメイトであった。


そこへ。


「皆様。スミス将軍はお目覚めになられましたか?」


廊下の奥から、鈴を転がすような、甘く蠱惑的な声が響いた。

レオンたちがサッと道を開けると、そこには、戦場の泥汚れを完全に洗い落とし、最高級の絹のドレスを身に纏い、美しく化粧を施した第一王女・セレスティアが、十数名のメイドを引き連れて優雅に歩み寄ってきた。


(は、般若王女ォォォッ!)


サトーは三十キロの甲冑の中で、ビクンッ!とカエルのように跳ね上がった。


セレスティアは、サトーの部屋(VIPルーム)に入ると、汚れたシーツや、サトーの甲冑から漂う強烈な悪臭に一瞬だけピクッと眉をひそめたが、すぐに完璧な『恋する乙女』の微笑みを顔に貼り付けた。


「ああ、将軍。よくぞお目覚めになられました。戦いの疲労は癒えましたか? 貴方様が倒れられた時は、このセレスティア、心臓が止まるかと思いましたのよ」


セレスティアは、サトーの鉄の腕にそっとすがりつき、上目遣いで潤んだ瞳を向けてきた。


(こえええええええ! なにその猫撫で声!? お前、俺をスラムに捨てる時、「この汚いゴミを私の視界から消しなさい!」って般若みたいな顔で絶叫してたじゃねえか! 今のこの態度、絶対に裏がある! 俺を利用して王宮の権力闘争に勝とうとしてるのが見え見えなんだよ!)


ブラック企業で、上司の機嫌の裏にある「理不尽な押し付け」を察知する能力だけは異常に研ぎ澄まされていたサトーは、セレスティアの腹黒い野心を肌で感じ取り、全身に鳥肌を立てていた。


「さあ、将軍。まずはその重く苦しい鎧を脱いで、王宮が誇る『神聖なる大浴場』で、戦いの汗と血を洗い流しましょう?」

セレスティアが、甘い声で致命的な提案を繰り出した。


「私が特別に手配した、最高の侍女たちに、貴方様のお身体を隅々まで磨かせますわ。……ふふ、もし将軍がお望みなら、私自身が背中をお流ししてもよろしくてよ?」


王女からの、信じられないほどの破格の待遇。

周囲の近衛騎士たちが「お、王女殿下自ら!? なんという破廉恥な……いや、なんというご寵愛!」とどよめき、レオンたちも「さすがは大将だ、王女殿下を完全に虜にしてやがるぜ!」と感嘆の息を漏らす。


しかし、サトーにとっては、それは『処刑執行の合図』に他ならなかった。


(風呂!? 鎧を脱ぐ!? 絶対にダメだ! 脱いだ瞬間に、中から出てくるのはお前が捨てた「体力3の佐藤」なんだよ! 顔を見た瞬間に「お前はあの時のゴミィィィ!」って絶叫して、俺をギロチンにかける気だろ!)


サトーはパニックになり、ガシャンッ!と一歩後ずさった。

そして、首の関節をギシギシと鳴らしながら、必死に、千切れるほどの勢いで首を横に振った。


(入りません! 風呂には入りません! 僕は不潔な男なんで! このままで結構です!)という、必死の拒絶である。


しかし、セレスティアはそれを「遠慮」だと受け取った。

「まあ、将軍ったら。王宮での待遇に遠慮などなさらないでくださいな。貴方様は国を救った英雄なのですから。さあ、メイドたち。将軍の兜を外し、鎧を解きなさい」


「はい、殿下」


セレスティアの合図とともに、屈強な女性のメイドたちが数人がかりでサトーを取り囲み、甲冑の留め具に手をかけた。


(やめろォォォォォ! 俺の皮を剥がないでくれェェェ!)

サトーが心の中で絶叫し、必死に腕をバタバタさせて抵抗しようとする。


――だが。

事態は、サトーの予想も、セレスティアの予想も全く超えた、斜め上の方向へと転がっていった。


「……あれ? 殿下。この鎧、留め具が完全に錆びついていて、全く動きません」

メイド長が、汗を拭いながら困惑した声を上げた。


「は? 何を言っているの。力ずくで外しなさい」

「それが……ペンチのような工具を使っても、ビクともしないのです。まるで、鎧の金属同士が細胞のように融合してしまっているようで……」


(あっ)

サトーは思い出した。


この甲冑。スラムのゴミ捨て場で拾って着たはいいものの、あまりのサビと泥、そしてシルヴィママの謎のプロテインの成分が金属の隙間に入り込み、完全に『癒着』してしまって、二度と脱げなくなってしまった呪いの装備(ただの鉄クズ)だったのだ。


「ええい、どきなさい! 私が魔法で留め具を外して差し上げますわ!」


業を煮やしたセレスティアが、指先に魔力を集中させ、甲冑の首元の留め具に向けて『開錠(アンロック)』の高位魔法を放った。


カィィィンッ!!


魔法の光が留め具に直撃した瞬間、激しい火花が散った。

しかし、甲冑はビクともしない。どころか、魔法のエネルギーが赤錆に吸収され、ぷすぷすと情けない煙を上げただけだった。


「な、なんなのよこの鎧!? 私の高位魔法を完全に弾いた!? ただの鉄屑に見えるのに、どれほどの魔力耐性が付与されているというの!?」

セレスティアが驚愕に目を見開く。


(違う! 魔力耐性じゃなくて、ただサビが酷すぎて物理的に癒着してるだけだよ! 油をさせばワンチャン取れるかもしれないけど、今は絶対に油を差さないで!)


「ならば、物理的に叩き割るまでです! 衛兵! ミスリル製のハンマーを持て!」


「やめてえええええええっ!」

サトーが思わず声に出して悲鳴を上げそうになった、その時である。


ガシャンッ!!

レオンが、サトーを庇うようにセレスティアの前に進み出た。


「お待ちください、王女殿下!!」

レオンの声は、怒りと、そして強烈な敬意に震えていた。


「これ以上、将軍の『崇高なる誓い』を汚すのはおやめください!」


「……誓い? 何を言っているの、レオン副官」

セレスティアが不機嫌そうに眉をひそめる。


「お気づきになりませんか、殿下!」

レオンは、サトーの悪臭を放つ錆びた甲冑を指差して、熱弁を振るい始めた。


「スミス将軍は、あえてこの王宮の最奥、最も安全な場所においてすら、鎧を脱ぐことを拒絶しておられるのです! いかなる工具も、いかなる魔法も受け付けないこの鎧は、将軍の『魔王軍を完全に根絶やしにするまでは、決して兜を脱がず、安息の風呂にも入らない』という、凄絶なまでの【不退転の誓い】の具現化なのです!」


「なっ……! 不退転の誓い……!?」


「そうです! この悪臭、このサビ! これはただの汚れではない! 将軍がこれまでくぐり抜けてきた死線の数々、数万の魔物を屠ってきた血肉の歴史そのもの! それを洗い流すことなど、将軍の戦士としての誇りが許さないのです! 殿下の優しさはありがたいですが、将軍の魂の気高さを、どうかご理解いただきたい!」


レオンの熱すぎる大演説に、王宮のメイドたちや近衛騎士たちが「おおお……!」と感嘆の声を上げ、中には涙ぐむ者まで現れた。


(いや、違うから! ただサビてて脱げないだけだから! 俺だって本当は今すぐお風呂に入りたいよ! 頭皮が痒くて死にそうなんだよ!)


サトーは心の中で号泣していたが、レオンの言葉は、セレスティアの腹黒い心にも、別の意味で強烈なクリティカルヒットを与えてしまった。


(なんてこと……! この男、私がここまで色目を使って「お風呂に誘って」あげているのに、それを拒絶するほどの強靭な精神力を持っているというの!?)


セレスティアは、悔しさと、そして「自分の魅力が通用しない相手」に対する異常なまでの執着心(ゲーマーが絶対に倒せないボスに出会った時のような闘争心)をメラメラと燃え上がらせた。


(いいわ、スミス将軍……! 貴方がそこまでストイックな禁欲主義者だというのなら、私がその鉄の貞操帯(アーマー)を、いつか必ず内側からドロドロに溶かして、私の前で全裸で土下座させてやるんだから!)


「……ふふ。素晴らしい覚悟ですわ、スミス将軍。私の配慮が足りませんでした」

セレスティアは、悔しさを隠して、悲劇のヒロインのように微笑んだ。


「ならば、せめてお食事だけでも、王宮の最高の晩餐を楽しんでくださいませ。大広間にて、我が父である国王陛下も、将軍の武勲を讃える宴を準備してお待ちですわ」


(食事!?)

サトーの心臓が、再び嫌な音を立てて跳ねた。


(食事ってことは、当然、口元を出さなきゃいけないよな!? この兜、目のところに細い十字のスリットがあるだけで、口のところは完全に塞がってるんだぞ! どうやって食べるんだよ! カチャカチャやってる間に素顔が見えちゃったら、結局処刑されるじゃないか!)


サトーが絶望の淵に立たされていると、セレスティアはウキウキとした足取りで、サトーの腕を引いて大広間へと向かい始めた。

「さあ、行きましょう。国中の最高級の食材を集めましたのよ。楽しみにしてくださいね」


最弱の社畜は、逃げることも、鎧を脱ぐことも許されないまま、王宮という名の公開処刑場(大広間)へと引きずられていくのであった。


◆ ◆ ◆


アーゼンベルフ王宮、中央大広間。


そこは、金銀財宝で飾られたシャンデリアが眩く輝き、数百人の高位貴族たちが集う、この世の贅の限りを尽くした大宴会場であった。

長大なテーブルの上には、幻の魔獣のステーキ、深海の宝石と呼ばれる魚のカルパッチョ、そして王家秘伝のスープなど、ミシュラン三つ星のシェフが裸足で逃げ出すような超高級料理が所狭しと並べられている。


上座には、恰幅の良い国王が座り、その隣にはセレスティア王女。

そして、そのさらに隣の『最も名誉ある主賓席』に、泥とサビと悪臭にまみれた三十キロの甲冑の男、サトーがドカッと座らされていた。


周囲の貴族たちは、サトーから漂う強烈なアンモニア臭(※クラーケンプロテインの残り香)に顔をしかめつつも、「彼こそが魔将三体を瞬殺した無敵の英雄だ」という噂に怯え、引き攣った笑顔で遠巻きに拍手を送っている。


「さあ、スミス将軍! 今日は存分に食べて、飲んでくれ! 貴公の武勲は、我が王国の歴史に永遠に刻まれるであろう!」

国王が、ワイングラスを掲げて機嫌よく笑う。


「将軍、あーん、して差し上げますわよ?」

セレスティアが、フォークに刺した最高級のステーキ肉を、サトーの兜の口元(※塞がっている)に近づけてきた。


(やめて! 怖い! なんで肉を押し付けてくるの!? 穴が開いてないから入らないってば! 兜の表面が肉汁でギトギトになる!)


サトーは必死に顔を背けようとするが、セレスティアは「あら? 恥ずかしがっていらっしゃるの?」と、さらにグイグイと肉を押し付けてくる。

周囲の貴族たちが「おお……あの鉄壁の将軍も、王女殿下の前ではタジタジのようだ」と、生温かい目で見守っている。


(食べられない! 兜を脱がないと絶対に食べられない! でも脱いだら死ぬ! どうすればいいんだ、俺は餓死するしかないのか……!)


サトーの胃袋が、極限のストレスと空腹で悲鳴を上げた、まさにその時である。


「――お待たせいたしましたァァァッ!! スミス将軍の『専属の食事』をお持ちいたしましたわよ!!」


大広間の巨大な扉をドカン!と蹴り破って、けたたましい声とともに乱入してきた集団がいた。


ピンク色のフリルエプロンを着た身長二メートルの筋肉オカマエルフ、シルヴィママ。

小さな手にお玉を握りしめた、スラムの孤児の少女、リン。

そして、巨大な寸胴鍋を担いだポチやドン・ガンたち、『踊る豚亭』の常連メンバーたちであった。


「な、なんだお前たちは! スラムの賎民が、なぜ神聖な王宮の宴に乱入してくるのだ!」

近衛騎士たちが慌てて槍を構える。


「無礼者! このお方たちは、スミス将軍が唯一認めた『専属の料理長』であらせられるぞ!」

レオンが近衛騎士たちを怒鳴りつけ、道を開けさせた。


シルヴィママは、王宮の豪華なシャンデリアや貴族たちを鼻で笑い飛ばし、ドスドスと地響きを立てながらサトーの主賓席へと歩み寄ってきた。


「サトー! あんた、こんな綺麗な場所で、こんなお上品な料理なんて食べてちゃ、筋肉が落ちちまうわよ! はい、いつもの『特製・超濃縮深海クラーケン・プロテイン(劇薬)』を持ってきたわよ!」


シルヴィママが、テーブルの中央に、巨大な寸胴鍋をドンッ!と置いた。


その瞬間。

大広間の空気が、文字通り『死』に染まった。


ボコッ……ボココッ……。


寸胴鍋の中で煮えたぎっているのは、ドブ川の泥をさらに煮詰めたような、赤黒く泡立つ不気味な液体。

そして、鍋の蓋を開けた瞬間に爆発的に広がった、生物の生存本能を根底から否定するような、究極のアンモニアと腐敗の混ざり合った『致死量の悪臭』。


「オエェェェェェェッ!?」

「な、なんだこの臭いは!? 毒ガスか!? 敵襲だァァァ!」

「目が……目が痛い! 助けてくれ!」


数百人の高位貴族たちが、一斉に喉を掻きむしって床に転げ回り、ある者は白目を剥いて気絶し、ある者はシャンパングラスを落として吐き気を催した。

国王すらも「ごふっ!?」と顔を紫にして倒れ込み、セレスティア王女も「くさっ……! な、なんなのこの劇物は!?」と涙目で鼻をつまんで後退した。


大広間は、たった一つの鍋によって、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。

王宮のミシュラン三つ星シェフたちは、自分たちの作った最高級料理の横に置かれたその『泥水』を見て、「我々の料理に対する冒涜だ!」と泣き叫びながら気絶した。


そんな地獄の中心で。


「……あ、ママさん……」


サトーは、その強烈な悪臭を嗅いだ瞬間。

なぜか、ブラック企業で連日徹夜をした後に飲む、エナジードリンクのような『実家のような安心感』を覚えてしまったのである。

(ああ……これだ。この酷い臭い。スラムの底辺の臭い……。俺にはやっぱり、高級料理なんかより、こっちがお似合いなんだ……)


「ほら、サトー。いつものように、兜の隙間から『ストロー』で飲みなさいな」


リンちゃんが、ニコニコと無邪気な笑顔で、木をくり抜いて作った特製の極太ストローを、サトーの兜の十字スリットの隙間にスポッと差し込んでくれた。


「……ズズッ。……ズズズズズッ」


サトーは、周囲の貴族たちが毒ガスでバタバタと倒れていく中、微動だにせず、兜の隙間に刺さったストローから、その『致死量のプロテインドロ水』を、無心ですすり始めた。


(マズい。相変わらず信じられないくらいマズい。でも……なんだか、胃袋が温かくなって、安心する……)


サトーが、王宮のド真ん中で泥水をすする姿。

それを見た、レオンとバルタ、そして意識を保っていた一部の武官たちは、戦慄と極限の畏怖に全身の震えを止めることができなかった。


「……見ろ、バルタ……。王族ですら嗅いだだけで気絶するほどの、あの恐るべき猛毒の泥水を……将軍は、顔色一つ変えずに(※見えないだけ)、涼しい顔ですすっておられる……!」


「あ、ああ……! 凄まじいぜ……。大将は、常に己の肉体を極限の死地に置くために、あえて毎日の食事に『猛毒(ドラゴンすら気絶させたアレ)』を取り入れ、耐性を限界突破させていたんだ! あんなものに比べれば、魔王軍の毒ガス攻撃なんて、そよ風みたいなもんだったってわけだ……!」


レオンが、涙と鼻水(※プロテインの悪臭による生理現象)を垂れ流しながら、天を仰いで絶叫した。


「王都の貴族どもよ、己の軟弱さを恥じよ! これが、我が国の真の英雄、無敵大将スミスの『覚悟の食事』である! 決して兜を脱がず、一切の贅沢を拒絶し、ただ毒を喰らって戦いにのみ己を捧げる、孤高の戦神の姿であるッ!!」


「「「スミス将軍バンザイ!! 孤高の戦神バンザイ!!」」」


悪臭で気絶しそうになりながらも、独立遊撃部隊のならず者たちが、狂熱の大合唱を王宮に響かせる。


その狂気的な光景を、鼻をつまんで物陰から見ていたセレスティア王女は。


(な、なんなのよこの男は……! 私の用意した最高級の料理を無視して、あんな毒物みたいな泥水を好んで飲むなんて! しかも、兜を脱がないために、ストローで!? どんだけ禁欲的なのよ! どんだけ私に素顔を見せるのが嫌なのよ!)


セレスティアのプライドは、完全に粉々に打ち砕かれ、そして。

(……絶対に、絶対にあの兜を引ん剥いて、私の足元でひれ伏させてやるんだから! この王宮から、一歩も外には出さないわよ、スミス将軍!)

と、最悪の執着心(メガトン級のヤンデレフラグ)を、完全に確定させてしまったのである。


こうして。

最弱の社畜・佐藤一郎は、王宮という名の最高級の牢獄に監禁され、逃げることも、兜を脱ぐことも許されないまま。

毎日毎日、気絶する貴族たちの横で、ストローで泥水プロテインをすするだけの、異常すぎる『究極のVIP生活』をスタートさせるのであった。

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