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第20話:自滅と最悪の求愛

アーゼンベルフ王国の王都正門前。

そこは、歴史書に永遠に語り継がれるであろう、最も凄惨で、最もカオスで、そして最も意味不明な神話的戦場のド真ん中と化していた。


足元には、わずか数分前まで「王女を焼き殺してやる」と高らかに笑っていた魔王軍の最高戦力・炎将イグニスが、物理的な圧倒的質量(上空数十メートルから自由落下してきたサトーの三十キロの甲冑)によって、熟れたトマトのようにペシャンコにすり潰され、深さ数メートルに及ぶ巨大なクレーターを形成している。


そのクレーターの中心で、両膝を突いたまま微動だにしない錆びついた全身甲冑(フルプレートアーマー)の男、無敵大将スミス。


彼を扇の要とするように、戦場の勢力図は完全に、そして狂気的に塗り替えられていた。


上空では、太陽の光を完全に遮り、周囲の大気をプラズマのように焦がす神話の災厄『古代地竜(エンシェント・アース・ドラゴン)』が、サトーを死守するように旋回し、超高熱のマグマの涎を垂らしながら敵を睨みつけている。

背後からは、血走った目をした百名の狂信的なならず者たち(無敵大将直轄・独立遊撃部隊)が、狂ったような殺戮の雄叫びを上げて雪崩れ込んでくる。

さらにその足元では、なぜか空のワイン樽をスポッと被り、手足だけを出した全裸の老人(大陸最強の魔法暗殺者ヴェイン)が、「偉大なる空間の覇王、スミス将軍に栄光あれェェェ!」と甲高い声で叫びながら、謎の空間魔法の残滓をキラキラとばら撒き、カニのような奇妙なステップで踊り狂っている。


『な、なんなのだ……! なんなのだ、このふざけた軍勢はァァァッ!』


残された魔王軍の最高幹部、氷将グラキエスと雷将トニトルスは、恐怖と混乱で完全に顔を引き攣らせ、魔将としてのプライドも何もかも投げ捨てて絶叫した。


彼らは四天王クラスのバケモノである。これまでの人生で、人間など虫ケラとしか思っていなかった。

だが、目の前の光景は、彼らの数百年という寿命で培ってきた理解の範疇を、完全に、そして残酷に超え去っていた。


『神話の竜を飼い犬のように従え……! 我らが同胞イグニスを、魔法すら一切使わずに純粋な物理質量だけで一撃で粉砕し……! あまつさえ、樽を被った全裸の狂人を配下に置いているだと!? なぜあの鉄仮面の男は、これだけの混沌の中心にいながら、微動だにせず、呼吸一つ乱していないのだ!?』

『底が知れん! 奴の背中から放たれる圧倒的な無言のプレッシャー……! まるで、我々魔将など眼中にないと言わんばかりではないか!』


魔将たちは、完全にサトーの『微動だにしない姿』を、底知れぬ強者の絶対的な余裕だと錯覚していた。


だが、実際のサトーはというと。


(痛い痛い痛い痛い! 腰が! 腰の骨が絶対にヒビ入ってる! 上空何十メートルから落下したんだよ!? ていうか、さっき落ちた時に、目の前の地面で何かが『グチャッ』て潰れる嫌な音がしたんだけど!? 生き物!? 絶対に何か踏み潰したよね!? 見たくない! 怖くて下を見たくない!)


サトーは兜の中で、激しい落下による全身の打撲と強烈なむち打ちに悶え苦しみ、痛みのあまり声も出せず、完全に硬直しているだけであった。

さらに、彼の正面、わずか数メートルの距離には、この世で最も恐ろしい存在が立っている。


かつて自分を異世界に召喚し、「体力3のゴミ」と吐き捨て、スラムのゴミ捨て場に不法投棄した張本人。

アーゼンベルフ王国第一王女、セレスティアである。


(般若だ! トラウマの般若王女が目の前にいる! なんで俺の顔をそんなにガン見してくるんだよ! 頼むから俺から目を逸らしてくれ! バレる! あの日の「ゴミ」だってバレたら、今度こそ国家反逆罪とかで八つ裂きにされる!)


サトーの心臓は、強大な魔将への恐怖よりも、この小柄な王女への恐怖で爆発寸前だった。

前職のブラック企業で、絶対に失敗が許されない役員プレゼンの最中に、パソコンの電源コードに足を引っ掛けてコンセントを抜いてしまったあの瞬間の、一万倍の冷や汗が全身から噴き出している。


(逃げる……! バレる前に、何としてもこの場から自然な形でフェードアウトするんだ! そうだ、背後には部下たちもいるし、そーっと後ろに下がって、人混みに紛れよう!)


サトーは、三十キロの甲冑を軋ませながら、ガシャン……と、極めて不自然な、ゼンマイ仕掛けのロボットのような動きで、ゆっくりと一歩後ろへ後ずさりを開始した。


しかし。

そのサトーの『ゆっくりとした後退』は、パニックに陥っていた二体の魔将たちの目に、とんでもない形で誤認されてしまった。


『……見ろ、グラキエス! 奴が動いたぞ! 我々から距離を取った!』

『バカな……! 奴は我々を攻撃するどころか、背後の王女を庇うために、あえて後退して防御陣形を敷いたというのか! 神話の竜を嗾(けしか)けることもせず、自らの肉体だけで王女を守り抜くつもりか! なんという傲慢、なんという絶対的な自信! 我々をコケにする気か!』


雷将トニトルスが、全身から激しい紫電を放ちながら、屈辱に怒り狂った。


『ナメるな人間がァァァッ! 貴様がどれほどのバケモノであろうと、我々二人の魔将が全魔力と命を結集すれば、王女ごと塵に変えられるわ! グラキエス、合わせろ! 最大奥義でこの王都の正門ごと吹き飛ばすぞ!』


『応ッ! この大陸を、永遠の凍土と雷鳴の地獄へと変えてくれる!』


二体の魔将が空中に浮かび上がり、両手を天に高く掲げた。

氷将グラキエスの全身から、周囲の空気を絶対零度に凍てつかせる猛吹雪が吹き荒れ。

雷将トニトルスの全身から、空を裂くような数万ボルトの狂雷が放たれる。


二つの相反する極大魔法が、彼らの頭上で融合し、巨大な『氷と雷の破滅の嵐』となって渦を巻き始めた。


『消し飛べェェェッ! 究極合体魔法【絶対零度の狂雷破滅陣(アブソリュート・サンダー・フリーズ)】ッ!!!』


魔将たちが、己の生命力すら削り取って生み出した、大陸の地図を書き換えるほどの巨大な魔法の塊が。

サトーとセレスティア王女めがけて、音速を超える速度で放たれた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」


サトーの口から、もはや人間のものとは思えない、甲高いカエルのような悲鳴が漏れた。

視界を覆い尽くす、大自然の災害を濃縮したような死の塊。

あんなものに触れれば、痛みを感じる間もなく、細胞レベルで分解されてしまう。


(逃げなきゃ! 避けないと死ぬ!)


サトーは完全に理性を失い、反射的に後ろへ向かって全力で飛び退こうとした。

しかし。


「あぐっ……!?」


サトーの右足の鉄靴の踵が、クレーターの底に転がっていた『炎将イグニスが持っていた巨大な炎の魔石の破片』に思い切り乗り上げ、ツルンッ!と激しく滑った。

ただでさえ運動神経ゼロで、体力値3の貧弱な体幹である。三十キロの甲冑のバランスを立て直すことなど、物理法則的に絶対に不可能である。


サトーは、何もない平坦なクレーターの底で、一人で勝手に見事に足を滑らせ。

「ひぎゃあああっ!」という情けない悲鳴とともに、真後ろに向かって、まるでバナナの皮で転んだ三流のギャグキャラクターのように、ド派手にスッ転んで、大理石の床に仰向けにひっくり返ったのだ。


ズッッドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!


サトーが派手にスッ転んで頭の位置が『地上スレスレ』まで下がった、その数ミリ上空の空間を。


魔将二人が放った必殺の『絶対零度の狂雷破滅陣』が、すさまじい轟音とともに、サトーの顔の真上を通り過ぎていった。

それは、サトーが転んでいなければ、間違いなく彼の胴体に直撃し、彼を瞬時に消し炭にしていたであろう、神がかった完璧な『偶然の完全回避』であった。


そして、サトーの頭上を無傷で通過したその極大魔法は、サトーの背後にいた『アイツ』の顔面へと真っ直ぐに向かっていった。


『グォォォォォォォォォォォォォォォォッ!?!?』


上空でホバリングしていた神話の災厄、古代地竜である。

地竜は、自分の大好きな「ボス(サトー)」の頭上をかすめて飛んできた冷たくて痛い魔法の塊を、鼻面にモロに受け、激しく咆哮した。


古代地竜にとって、その程度の魔法は致命傷にはならない。しかし、寝起きに顔面にバケツで氷水をぶっかけられたような、最高に不快で、プライドを傷つけられる腹立たしい出来事であった。


『……我が主に刃を向ける、愚かなる塵芥(ちりあくた)どもめ……!! よくも、よくも我の顔面に泥を塗ったな!』


激怒した古代地竜は、黄金色の瞳を血走らせ、口の中に、先ほどの比ではないほどの、まさに神話の時代に大陸の半分を滅ぼした『真の超極大マグマブレス』を限界まで溜め込んだ。

周囲の空間が、地竜の口内の熱量だけでグニャグニャと陽炎のように歪み、大気が悲鳴を上げる。


『なっ……!? バカな! なぜあの男は、我々の必殺の魔法を、あのような不規則な動き(ただスッ転んだだけ)で完全に見切って回避したのだ!?』

『ま、まさか……最初から、我々の魔法を避けて、背後にいる神話の竜に「怒りのカウンター」を撃たせるための布石だったというのか!? わ、我々は完全に、あの男の掌の上で踊らされていたのかァァァ!?』


魔将たちが、絶望に顔を歪め、己の愚かさを呪った、その瞬間。


『消え去れェェェェェッ!!!』


古代地竜の口から、太陽のプロミネンスを凝縮したような極太のマグマの閃光が放たれた。


「アバァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」


氷将グラキエスと雷将トニトルスは、防御魔法を展開する間もなく、その圧倒的な神話の熱量に飲み込まれ、文字通り一瞬にして、骨の髄まで完全に蒸発し、大気中のチリとなって消滅した。

さらにその余波は、後方に控えていた数万の魔王軍の陣形を真っ二つに薙ぎ払い、王都の地平線の彼方まで続く、巨大な赤い焦土の道を作り出したのである。


静寂。

鼓膜が破れるような轟音の後には、恐ろしいほどの静寂が戦場に訪れた。


数万の魔王軍は、自分たちを率いていた無敵の四天王三体が、わずか数分の間に、一人は圧殺され、二人は蒸発するという現実を前に、完全に戦意を喪失した。


『ば、化け物だ! 人間の陣営には、神話の竜を操り、魔将すら赤子扱いする無敵のバケモノがいるぞォォォ!』

『逃げろォォォ! 全軍撤退ィィィ! ここは人間の戦場ではない、神々の殺戮場だァァァ!』


魔王軍の残党たちは、武器を放り出し、我先にと背を向けて、蜘蛛の子を散らすように王都から逃げ出していった。

アーゼンベルフ王国の絶対的な危機は、サトーが空から落ちて、そしてバナナの皮で転んだようにスッ転んだという、たった二つのアクションによって、完全かつ劇的に終結したのである。


◆ ◆ ◆


「おおおおおおおっ!!」

「見たか! 将軍の神業を!」


沈黙を破ったのは、サトーの背後から駆けつけてきたレオンとバルタ、そして百名の狂信者たちの、熱狂的な歓喜の絶叫だった。


「将軍は! 敵の最大奥義を、あえて無防備にその身を晒して引きつけ、ギリギリのタイミングで『姿勢を崩す』というフェイントによって完全に回避されたのだ!」

レオンが、涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、天に向かって銀の剣を突き上げた。


「そして、その回避こそが、背後の古代地竜への『絶対的カウンターの射撃命令』の合図だった! 己は一歩も引かず、一切の魔法も使わず、ただ自らの立ち位置とタイミングのコントロールのみで、二体の魔将を同時に葬り去る! なんという軍略! なんという次元の違う戦闘IQ! これぞ、これぞ我らが『無敵大将』スミスの真の姿だ!」


「「「無敵大将スミスバンザイ! アーゼンベルフの救世主バンザイ!!」」」


ならず者たちと、生き残った王都の防衛兵たちが、一斉に武器を掲げ、地鳴りのような大歓声を上げた。今日この日、彼の『特務大将』という肩書きは、誰が呼ぶともなく『無敵大将』へと完全に昇華されたのである。


その、熱狂の嵐の中で。


(痛い……。本当に背中が痛い……。もう立てない……。このまま死んだふりをしておけば、誰か俺をリヤカーに乗せて、静かなスラムの酒場に連れて帰ってくれないかな……。シルヴィママのプロテインが飲みたい……)


サトーはクレーターの底で仰向けにひっくり返ったまま、冷たい大理石の破片の上で、ただただ目を固く閉じ、完全に現実逃避を決め込んでいた。

彼はもう、一ミリも動きたくなかった。定時退社どころか、すでに徹夜の三日目のような疲労困憊である。


しかし。

そんなサトーのささやかな願いを、この世界が許すはずがなかった。


カツッ、カツッ、カツッ……。


静かな、しかし確かな足音が、仰向けに倒れているサトーへと近づいてくる。


(なんだ……? 誰か来たのか? レオンか? それともバルタか? 頼むから俺をそっとしといてくれ……)


サトーが薄く目を開け、兜の十字スリット越しに視線を向けた先。


そこには。


「……スミス将軍」


朝日が昇り始めた戦場の光を背に受けて。

泥とススにまみれながらも、まるで舞い降りた女神のように美しく、そして息を呑むほどに蠱惑的な微笑みを浮かべた、第一王女セレスティアが立っていた。


彼女は、サトーの顔(鉄兜)のすぐ横に膝を突き、その白く細い、絹のような手を、優しく、本当に愛おしそうに、サトーの錆びついた汚い鉄の胸当ての上に添えたのである。


「ビクッ!?」

サトーは全身の毛穴から致死量の冷や汗を噴き出し、甲冑の中でビクッと痙攣した。


(は、般若王女ォォォ!? なんで!? なんで俺に触ってんの!? その手で俺を燃やす気か!? 毒殺か!? やめて、俺はゴミだから触らないで!)


サトーがパニックで呼吸を止めていると、セレスティアは、その美しい黄金色の瞳から、ポロリと一筋の美しい涙をこぼした。


「ああ……貴方様は。貴方様は、このセレスティアの命を、そして我がアーゼンベルフ王国を救うためだけに、これほどの傷を負い、満身創痍になられるまで戦い抜いてくださったのですね……」


セレスティアの声は、かつてサトーを「ゴミ」と罵った時のヒステリックな金切り声とは全く違う、甘く、切なく、そして熱を帯びた、完全なる『恋する乙女』のそれであった。


だが、彼女の腹黒く、権力欲にまみれた脳内では、今、猛烈な勢いでソロバンが弾かれていた。


(すごい……! なんなのこの男は! 三体の魔将を、文字通り瞬殺してしまった! しかも神話のドラゴンまで従えてる! 王国の騎士団を束ねても勝てないような無敵のバケモノよ!

……もし。もしこの男を、私のモノにできたら? 私の『夫』として、王宮に迎え入れることができたら?)


セレスティアの胸の奥で、野心と欲望がドス黒く燃え上がる。


(そうよ! 今、王宮では私の無能な兄たちが、次期国王の座を巡って醜い派閥争いをしているわ。でも、この『無敵大将スミス』を私の後ろ盾にすれば……いや、私の犬として完璧に飼い慣らせば! 誰も私に逆らえなくなる! 兄たちを蹴落とし、私が、このアーゼンベルフ王国の絶対的な女王として君臨できるのよ!)


セレスティアは、サトーの錆びて深海クラーケンの悪臭を放つ甲冑の匂いすら、脳内の野心フィルターで「戦士の雄々しい香り」へと強引に変換し、さらに甘えた声で顔を近づけた。


「……スミス将軍。貴方様のその無口で、ただ背中だけで語るストイックな姿勢。そして、私を守るために身を挺してくださったその慈愛の心……。このセレスティア、心から、深く深く感銘を受けましたわ」


セレスティアは、サトーの冷たい鉄の腕にそっと触れた。


「私、今までの人生で、貴方様のような『本物の殿方』にお会いしたのは初めてです。……王都の貴族たちは、皆、私の顔や地位ばかりを見て、中身のないお世辞を言うばかり。でも、貴方様は違う。私の顔など一瞥もせず、ただ私の命を守るためだけに、その命を懸けてくださった……」


(違う! お前の顔なんか見たら、俺が不法投棄されたゴミだってバレるから、怖くて目を合わせられないだけだよ! 勘違いしないで! 頼むからそのキラキラした打算的な目で俺を見るなァァ!)


サトーは心の中で絶叫しながら、必死に顔を背けようとしたが、首の関節が錆びていて動かない。


セレスティアは、サトーが「照れて無言を貫いている」と勝手に解釈し、その美しい頬をほんのりと桜色に染めた。

そして、周囲のすべての兵士たち、レオンやバルタにも聞こえるように、澄んだ、よく通る声で高らかに宣言したのである。


「我が王国の絶対の英雄、無敵大将スミスよ! 貴方様のこの偉大なる功績に報いるため……このセレスティアの権限をもって、貴方様を王宮の最も奥深き『貴賓室』へとご招待いたします!」


「「「おおおおおおおっ!!」」」

周囲の兵士たちが、どよめきと歓声を上げる。


「王宮には、最高の癒やしをもたらす『神聖なる大浴場』と、国中の美食を集めた最高の晩餐をご用意いたします! そこで、私と貴方様の『これからの未来』について……そう、我が王国の、そして『私たち二人』の未来について、二人きりで、ゆっくりと語り合いましょう?」


セレスティアは、完璧な上目遣いで、サトーの兜のスリットの奥を覗き込んだ。


「さあ、将軍。どうか、その重く苦しい兜を脱ぎ、私に……貴方様の本当の素顔を、見せてはいただけませんか?」


――ピタリ、と。

サトーの心臓が、今度こそ本当に、完全に機能停止した。


(王宮に招待!? 二人きりで語り合う!? そして……風呂!? 大浴場に入るってことは、当然、この甲冑を脱ぐってことだろ!? 脱いだら、中から出てくるのは、お前が「汚いドブネズミ」って罵ってスラムに捨てた、体力3の佐藤一郎なんだよォォォォォッ!)


サトーの脳内で、絶望の非常ベルが鳴り響く。


顔がバレれば、自分が英雄でもなんでもない、ただの最弱の一般人であることが完全に露呈する。

そうなれば、このプライドの塊のような般若王女が、「私が恋焦がれた無敵の英雄の正体が、あの時のゴミだったなんて!」と激怒し、文字通り八つ裂きにされるのは火を見るよりも明らかだ。

この甲冑は、もはやサトーの皮膚であり、命綱なのだ。


王宮への招待。それは、サトーにとって完全なる『死刑台への招待状』であった。


「……将軍? いかがなさいました? なぜお返事を……」


セレスティアが小首を傾げた、その時。


(もう……嫌だ。会社辞めたい。実家に帰りたい……)


極限のストレス。

度重なる死の恐怖。

肉体的な打撲の痛み。

そして、最悪のトラウマ女からの、逃げ場のない究極の求愛(殺意のフラグ)。


これらすべての致死量の重圧が、サトーの貧弱なキャパシティを完全に、そして美しく打ち砕いた。


「…………(カクッ)」


サトーは、仰向けに倒れた状態から、首だけをガクッと横に傾け、白目を剥いて、完全に意識の糸を手放したのである。


「しょ、将軍!? スミス将軍!」

セレスティアが悲鳴を上げる。


そこに、レオンとバルタが弾かれたように駆け寄ってきた。

レオンはサトーの錆びた胸元に耳を当て、その微弱な心音を確認すると、悲痛な、しかし誇りに満ちた声で叫んだ。


「王女殿下! ご安心ください、将軍は生きておられます! ……しかし、魔将三体との連戦、そして神話竜への命令による極限の精神力消費により、ついに将軍の強靭な精神も限界を迎え、『深い眠り』に入られたようです!」


「眠っている……? この、騒がしい戦場のど真ん中で?」

セレスティアが驚愕する。


「はい! 将軍は、王都の安全が完全に確保されたことを確信し、そして何より……王女殿下という信頼できる御方の腕の中だからこそ、すべての警戒を解き、安息の眠りにつかれたのです! これほどまでに美しく、気高い絆が、歴史上にあったでしょうか!」


「「「おおおおお……! 無敵大将スミス、ゆっくりとお休みください!」」」


百名の狂信者たちが、気絶したサトーを囲んで、涙を流しながら一斉に敬礼を行った。


セレスティアの胸は、レオンの言葉を聞いてさらに大きく高鳴った。

(私の腕の中だから、警戒を解いた……! ふふ、ふふふふっ! チョロい! チョロいわ、この男! 完全に私に惚れ込んでいるじゃないの! これなら、私の手駒として完璧に操れるわ!)


セレスティアは、心の中で邪悪な笑いを響かせながら、表面上は聖母のような慈愛の表情を作り、気絶しているサトーの悪臭を放つ鉄の頭を、そっと自分の太ももの上に乗せた(※膝枕)。


「ええ、そうですわね。……よく頑張りましたね、私の英雄。貴方様の傷は、王宮の最高の魔法医が治してみせますわ。……さあ、無敵大将スミスを王宮の寝所へお運びなさい! 決して、その御身に泥一つ跳ねさせることのないように!」


こうして。

最弱の元社畜・佐藤一郎は、気絶して意識を失っている間に。


最強の狂信者たちと、神話のドラゴンを従え。

さらに、腹黒く野心にまみれた『般若王女からの最悪の求愛』という、絶対に回避不可能な特大の死亡フラグを背負わされたまま。


逃げ場のない完全無欠の『王宮VIP待遇』という名の、真の絶望の牢獄(顔バレ確定の死地)へと、強制連行されていくのであった。

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