表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鳴素の共鳴  作者: 佐々木勇二


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/30

第二章:日常と絆

帰り道、レンは足を止めた。

部屋の中から、音がする。

腰の短剣に手をかけ、息を殺してドアを開けた。

部屋の隅で、古いギターが鳴っていた。

誰も触れていない。なのに弦が震え、穏やかな旋律を刻んでいる。

細い銀色の光が、弦に絡みついていた。

「……なんだ」

『出発前に、設定しました』

「……なんのために」

少し間があった。

『……必要だと思いました』

レンは短剣から手を離した。

音楽だ、とレンは思った。計算が、音楽になっている。

「……勝手な真似すんな」

少し間があった。

「……だが、悪くない」

翌日。

夕方、レムが鍋を抱えてやってきた。

「作りすぎた。食べて」

それだけ言って、テーブルに置いた。シチューだった。レンの好きな、じゃがいもが多めのやつ。

レンが無言で椀に盛り、食べ始めた。レムは向かいの椅子に肘をついて、それを眺めた。

しばらく黙っていた。

「……ジイから聞いた」

レンは食べる手を止めなかった。

「なんか最近、雰囲気が変だったもんね」

レムは少し首を傾けた。

「なんか、硬い感じ?」

レンは何も言わなかった。

「まあいいけど。でも掃除とか洗濯とかもやってくれるんでしょ。便利じゃん。いいなあ」

「……うるさい」

「私にも分けてほしいくらい。洗濯たまってるし」

「たまってるなら帰ってさっさとやれ」

「はーい」

レムは振り返る。

それから、急にぎこちなく背筋を伸ばした。両腕をわずかに外に張り、膝を固定したまま、カクカクと一歩踏み出す。ねじを巻いた人形みたいに。

「いーち」

もう一歩。

「にー」

振り返って、無表情のまま舌を出した。

「さん」

「……帰れ」

「はーい」

バタン。足音が遠ざかる。

静かになった部屋で、レンは溜息をついた。

だが、口元が少し緩んでいた。

翌朝。

レンは手帳を開いた。

しばらく迷ってから、書いた。頭で言えば曖昧になる気がした。

―緊急時以外、勝手に動くな

返答は、次の朝に来た。

―了解しました。制約を固定します。

相変わらずの字に、小さくため息をついた。

それからは、レンが「変わっていいぞ」と言わない限り、「あいつ」は動かなくなった。

「変わっていいぞ」

一時間後、気がついたら椅子に座っていた。

手帳が開いている。見覚えのない字が増えていた。

『受信機:コイル歪み。修理可。天候:強風/降雨。早期出発推奨。保管庫:野菜2点、劣化。窓:蝶番調整済』

レンはしばらく眺めた。次の行にはこう書かれてあった。「清掃を強く推奨」。

「うるさい!」

思わず隣のページに殴り書きをした。大きく、強く。

「ラジオと天候だけでよかった」

市場は昼前から混んでいた。

レムが八百屋で値切り交渉をしている。ゼンがその隣で試食を狙っている。いつもの光景だ。

その時。

脳の奥に、声が落ちた。

『……荷馬車。前輪の車軸、限界です』

レンが振り返る前に、体が動いた。

人混みを抜ける。子供の前に滑り込む。次の瞬間、轟音。荷馬車が傾き、積荷が崩れた。

土埃が晴れる。

子供は、レンの腕の中にいた。

「……おい、今のは俺が動いたのか、お前が動かしたのか」

少し間があった。

『個体レンの予備動作を、0.1秒加速させました。結果として、最善です』

レンは子供を地面に下ろした。

後ろからゼンの声が飛んでくる。

「なんだあの動き。人間じゃねえだろ」

レムが慌てて駆けより。子供の頭を確認してから、レンを見た。

「すごいね」

「俺じゃない」

「知ってる」

レムは、八百屋に戻った。

ゼンがレンの隣に並んだ。

「なあ、その”アイ”ってやつ、俺にも入れてくんねえかな」

「断る」

「なんで」

「お前に任せたら街が壊れる」

「……否定できねえ」

―その日の夕方

ジイの工房は、夕方になると機械油の匂いが濃くなる。

蒸気ポンプの修理だった。古い型だ。ジイが三日かけて診ているが、まだ歪みが取れない。

レンは工具を手渡しながら、何気なく視線を落とした。

その瞬間。

ポンプの表面に、赤い線が浮かんで見えた。 等高線のように、歪みが一か所に集まっている。

(・・・ここか)

『振動の歪みです。この一点を叩けば、共鳴が整います』

視界の中に、光る点が一つ。

レンはジイのハンマーを取った。

「ちょっと貸せ」

示された一点に、迷いなく振り下ろす。

甲高い音が工房に響いた。それから、静かになった。

ポンプが、滑らかに動き始めた。

ジイはしばらく、それを眺めていた。

「……お前」

振り返った。レンを見た。いや、レンの奥を見た。

「…歪みを、見ておるのか」

レンは答えなかった。

ジイは目を細めた。それ以上は聞かなかった。

代わりに、作業台の端を指さした。

そこに、金属の破片があった。見たことのない形だ。巨大な何かの、指のような形をしている。

「今朝、川で拾った」

ジイの声が、少し低くなった。

「カルナの技術じゃない」

レンは破片を手に取った。

冷たい。異様に精巧だ。無駄が一切ない。

脳の奥が、静かになった。

『……分析中です』

「わかるか」

少し間があった。

『……良くないものです』

ジイがレンを見た。

二人とも、何も言わなかった。

同じ頃。

遥か上空、戦艦のブリッジで、レイクは部下の報告を聞いていた。

「カルナの刻命総量、試算完了しました。想定の一・四倍です」

「そうか」

レイクは僅かに目を細めた。

「また、北の塔の崩壊時に観測された未確認信号ですが……街の居住区に消失した形跡があります」

レイクは窓の外を見た。眼下にカルナの灯りが広がっている。

「ノイズだろう」

一拍。

「……砕け散ったゴミだ」

「しかし——」

「…そうであっても、問題ない」

それだけ言った。部下は口を閉じた。

レイクは灯りを見下ろしたまま、動かなかった。 あの光の一つ一つに、刻命がある。感情がある。 そして、無駄がある。

かつて、選ばせたことがある。

結果は、全て同じだった。

「……もうすぐだ」 その夜。 レンは路地の石段に腰を下ろしていた。

酒の熱だけが、まだ体に残っている。

少し離れた場所で、老人が一人、壁にもたれていた。

腕輪の光が、弱かった。ほとんど光っていない。 いつもより、はっきり見える。酔っていると、こういうものが見えやすくなる。

(……刻命が、少ない)

『残量が危険域です。あの状態が続くと、彼の体温維持ができなくなります』

レンは立ち上がろうとした。止まった。

老人が、こちらを見ていた。目が合った。老人は首を横に振った。来るな、という意味だった。

レンは座ったまま、老人を見ていた。老人はまた目を閉じた。

しばらくして、レンは視線を空に戻した。

安酒の熱が、また頭に残っていた。

『摂取量超過。代替飲料を推奨します』

「うるせえよ。これが俺の生きてるって実感なんだ」

沈黙が数秒続いた。

やがて声が静かに流れた。

『……了解しました』

それだけだった。文句も、提案も、それ以上何も来なかった。

レンは小さく息を吐いた

「……気が利くじゃねえか、相棒」

初めての呼びかけだった。

自分でも驚いて、レンは空を見上げた。

雲の切れ間に、星が一つだけ見えた。

脳の奥が、静かだった。何も言ってこない。だがその沈黙は、最初の頃の無機質な沈黙とは違った。何かが、息を呑んでいるような気がした。

それから数日後、工房の裏にゼンが出入りするようになった。

近くの廃材置き場を根城にしている、どこの誰ともわからない少年だ。

「また独り言かよ、レン。マジで頭おかしくなったんじゃねーの」

「るせえ。お前には関係ねえ」

「関係あるぜ。あんたが壊れたら、俺に競技場の話を聞かせてくれる奴がいなくなる」

ゼンはニヤニヤしながら、レムが持ってきたパンの半分をくすねて口に放り込む。

「おい」

「いいじゃん。半分こだろ? レンが言ってたじゃん、一緒に食えばうまいって」

レムは笑いながら、ゼンの周りをぐるりと回った。

夕日に照らされて、三人の笑い声が集まった。

脳の奥で、相棒が静かに記録していた。

『視覚情報、保存。……良好です』

その一言が、なぜかレンには、照れているように聞こえた。

同じ頃、都の外縁を、一人の男が歩いていた。

フードを深く被り、人目を避けるように路地を選ぶ。手には何も持っていない。腕輪の光だけが、暗がりの中でかすかに揺れていた。

(……まだ、時間がある)

急ぐ必要はない。機は、熟す。

男は踵を返し、夜の中へ消えた。

同じ頃。

遠く離れた廃工場の地下で、別の何かが静かに動いていた。

鈍い鉄の匂い。青白く光る鳴素の結晶。

男が冷たく言う。

「予定より三割、出力が足りない」

その背後に、巨大な鎧の影が沈黙していた。

酒場は夜になると声が大きくなる。

レンは隅の席で安酒を煽っていた。ゼンが向かいで飯を食っている。

隣のテーブルから、声が聞こえてきた。

「北の方の村、知ってるか」

「どこだ」

「名前は出せない。ただ、丸ごと静かになったらしい」

「静か?」

「悲鳴も聞こえなかった。争った形跡もない。朝起きたら、全員の腕輪の光が消えてて、抜け殻みたいになってたってよ」

ゼンが箸を止めた。小声でレンに言う。

「……なあ、それって」

別のテーブルから、また声。

「そういや昨日、変なもん見たぞ。夕暮れ時、雲の隙間を何かが横切った。鳥じゃない。羽音がしなかった。でも羽があった。鉄の匂いがした」

酒場の空気が、少しだけ変わった。

誰も笑わなかった。

レンは杯を置いた。

脳の奥に、声。

『……夕方、工房で分析した破片と、同じ振動です』

レンは何も言わなかった。

ゼンが立ち上がった。「……帰るか」

「ああ」

二人で酒場を出た。

夜風が冷たかった。

空を見上げた。星がある。何もいない。

今夜は。

酒場から帰ると、扉の前にレムがいた。

鍋を抱えている。

「作りすぎた」

「何回目だそれ」

「今日で三回目」

「うそだろ」

「ほんとだよ」

レムは笑いながら中に入った。

二人で食った。レンが無言で二杯目をよそった。レムはそれを見て何も言わなかった。

帰り際、レムが机の上の手帳を見た。

「なにこれ、字が二種類ある」

「気にするな」

「こっちの字、すごく几帳面だね。レンじゃないじゃん」

「だから気にするな」

「こっちの『うるさい!』はレンだ。絶対」

「……帰れ」

「はーい」

扉が閉まる直前、レムが振り返った。

「ねえ」

「なんだ」

「その几帳面な字の人、いい人だね」

バタン。

レンは手帳を見た。

しばらく、そのままでいた。

守衛の夜、路地の奥。レンはその角で足を止めた。

音がした。短い悲鳴。何かが倒れる音。

体が動いた。足元の瓦礫が止まった。次の瞬間、跳ねた。男の膝裏を打つ。崩れる。刃が落ちる。

気がついたら、別の場所に立っていた。

奥で男が倒れている。刃物が落ちている。

レンには、一秒も記憶がない。

踏み込めた距離だった。喉を断てる場所だった。

なのに、止まっていた。

脳の奥に、声が落ちた。

『無力化完了』

「……終わりか」

『はい』

レンは少しだけ眉を寄せた。

「殺せただろ」

わずかな間があった。

『……不要です』

レンは何も言わなかった。

ただ、その一言が、頭の奥に残った。

不要。

理由は、まだわからない。

夜中。

悪夢で目が覚めた。

爆発と血と、誰かの叫び声。

パンの匂い。くだらない声。あいつが、名前のない声で何かを呼んでいた。

レンは暗がりの中で、しばらく天井を見ていた。汗が冷たく、息が荒い。

脳内に、波の音が流れ始めた。

穏やかなさざなみ。どこか遠くで聞いたような、懐かしいメロディ。

レンは目を閉じた。

「……どこから持ってきたんだよ、この音」

相棒は答えなかった。

ただ、そのさざなみのなかで、意識はゆっくりと沈んでいった。

夜更けに、音があった。

理由はわからなかった。

脳の奥で、何かが鳴っている。警告ではない。もっと低い、遠い振動だ。

『……歪んでいます』

レンは暗闇の中で天井を見た。

「何が」

『振動流。歪みを検出。遠方で大型反応。原因未特定。』

しばらく沈黙があった。

『……良くないものです』

レンは目を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ