第二十七章 原振の檻、ふたたび
深夜二時四十五分。六人が施設の前に集まった。
ブラス、ダリ、レム、ゼン、タウ、そしてカイとミラ。
「状況を伝える」カイは言った。「情報端末から、治安端末のハブへ経路が来ている。この経路を使って、ヴァルクは原振の檻への接続を試みる。発動まで、一時間から二時間だ。その前に、檻の内側から防壁を張る必要がある」
「前回と同じ手順か」ブラスが言った。
「同じではない。前回は安全機能の発動を待った。今回は待てない。金属片で直接接触を試みる」
「できるか」
「やってみなければ分からない」
ブラスはカイを見た。「お前が、やってみなければ分からない、と言うのは珍しい」
「そうか」
「悪くない」
全員で施設に入った。昨日と同じ経路だ。だが今夜は速く動く必要がある。
ゼンが道を作った。右手は動かない。だが、体は動いた。歩き方が昨夜より重かった。でも止まらなかった。
レムが解錠した。三十秒。
「速くなってる」ゼンが言った。
「昨日より難しい鍵じゃなかっただけ」
「そうか。まあ、速い」
深層への通路を降りた。
白い空間に出た。
前回と同じ場所だ。橙の光が、奥に見える。
だが今回は、光が少し揺れている。外部から何かが触れようとしている。ヴァルクの接続が、すでに届きかけている。
「急ぐ」
カイは金属片を取り出した。ミラに手渡した。
「今夜、お前が持ってくれ」
「あたしが?」
「接続が成立するには、刻命が要る。お前の刻命が鍵になる」
ミラは金属片を両手で持った。
温かかった。
「どうすればいい」
「奥に向かって歩いてくれ。俺が隣にいる。計算機で補助する。金属片が反応したら、その場で止まれ」
「分かった」
タウが言った。「歌えるタイミングは?」
「檻の前に立った時。それまで待ってくれ」
「分かりました」
ミラが前に出た。カイが隣に並んだ。
白い空間を歩く。橙の光が近づく。
光が揺れている。外部からの接触が強くなっている。時間がない。
「ミラ、金属片は」
「今、すごく震えてる」
「止まれ」
ミラが止まった。
金属片が、手の中で強く震えた。
境界だ。
前回はここで安全機能が発動した。今回は発動していない。だが金属片が反応している。
「境界がある。今夜は違う方法で越える。計算機を使う。金属片の振動に合わせてコードを流す」
カイは計算機を取り出した。接続する。
「タウ、今だ」
タウが息を吸った。
歌い始めた。
今夜の声は、七塔の夜とも、原振の檻の初日とも違った。怖くても歌う声ではなく、届くと分かって歌う声だった。
橙の光が揺れた。
金属片が応答した。
カイはコードを流した。境界が薄くなる。薄くなる。
消えた。
「行け」
ミラが金属片を握り直した。一方の手の指が、形のまま少しだけ遅れた。
三人で入った。
タウの体が、前に一人で来た夜の空気を覚えていた。
原振の檻の中。橙と金の光。穏やかな振動。
外部からの接触が、内側に届こうとしている。感じる。振動として。
「カイ」ミラが言った。「みんなが、外から来てるの、感じてる」
「誰が感じている」
「ここにいる人たちが」
振動体が、外部の接触に反応している。
「封鎖のコードを流す。タウ、続けてくれ」
「はい」
タウの歌が続く。
ミラが金属片を高く持った。光の中に向けた。振動が、全体に広がっていく。
カイは計算機を叩いた。
外部からの接続を一本ずつ閉じていく。
今夜は速い。前回より速い。内側からの応答が、前回より強いからだ。
三分。
全部、閉じた。
「……封鎖、完了」
カイは手を止めた。
今夜は、膝が折れなかった。
手が止まっただけだった。
「終わったね」
ミラが言った。
「ああ」
「カイ、今夜、間に合ったね」
計算が完了する前に動いた。動いて、間に合った。根拠のない選択が、今夜は正しかった。
「……そうだな」
タウが歌を止めた。橙の光に向けて、一言だけ言った。
「今日も、いてくれてありがとうございます」
光が、穏やかに揺れた。
それだけだった。
三人で、来た道を戻った。
通路を上がった。外郭施設に出た。
ブラスたちが待っていた。
「終わったか」
「終わった」
「ヴァルクの接続は」
「切れた。また別の経路を探すだろう。だが、今夜は終わりだ」
ブラスは頷いた。
全員で施設を出た。
夜の帝都。冷たい空気。腕輪の光がバラバラに瞬いている。
レムが隣に来た。「カイ」
「何だ」
「手帳、役に立ったか」
「立った。三年前のアイの記録が、今夜の経路の特定に使えた」
「そうか」レムは手帳を外套の内側に戻した。「アイが残してくれてよかった」
「そうだな」
「ゼンも、役に立った?」
ゼンが横から言った。「俺のことを俺の前で聞くな」
「聞いてもいいだろ」
「役に立ったかどうかは、俺が決める」ゼンは右手を外套のポケットに入れた。「……立ったな、今夜は」
「そうか」レムが笑った。
カイは歩きながら、今夜の記録を頭の中で組んでいた。
計算より先に動いた。間に合った。アイの記録が届いた。ゼンが道を作った。タウの声が届いた。ミラの刻命が鍵になった。
全部、今夜あったことだ。
「ミラ」
「うん」
「金属片は今、何と言っているか」
ミラは鞄の中の金属片に触れた。
指が、いつもより半拍遅れて戻った。
「……静かだよ。ただ、そこにある感じ」
「冷えているか」
「少し。でも、今夜はまだ少し温かい気がする」
「そうか」
カイは鞄を持ち直した。
金属片はまだ、捨てていない。
捨てない理由が、今夜少しだけ分かった気がした。




