第二十五章 明後日の朝
帰り着いたのは、夜中の一時だった。
禁書庫に全員が集まった。ブラスとダリがゼンの右手の手当をした。動かない指を、清潔な布で巻いた。カイは計算機を開いて、今夜の結果を整理した。
接続、遮断完了。
外部からのアクセス経路、一時遮断。
だが、ヴァルクは今夜の遮断に気づく。計算機は切れた経路を検知する。明後日の朝の変動まで、十三時間。
ヴァルクが別の経路を探すには、時間が足りないかもしれない。
足りるかもしれない。
分からない。
「今夜できたことは、これだけだ」カイは言った。「明後日の朝まで、変動が来るかどうかを見張る。もし別の経路が見つかれば、また動く」
「見張りは俺がやる」ブラスが言った。「お前は計算しろ」
「ダリは」
「俺は外との連絡を確保する。ヴァルクの動きを追う」
「タウへの連絡は」
「昨夜した。今夜は休んでいる」
カイは頷いた。
「レムとゼンは帰れ。明後日の朝に備えて休む必要がある」
「ゼンの右手が動かないのに、俺たちが役に立つのか」レムが言った。
「手帳が要る。念のために持っていてくれ。ゼンは道を確認できる。右手でなくても、目は使える」
ゼンが言った。「なんか、役立てる言い方してくれるな」
「事実を言っている」
「そうかもしれないな」
レムとゼンが帰った。ブラスとダリも、それぞれの持ち場に戻った。
禁書庫に、カイとミラだけが残った。
ミラは図鑑を開いていた。百十二頁。
カイは計算機を叩いていた。
しばらく、二人だけの音が続いた。計算機の歯車の音。図鑑のページをめくる音。
「カイ」
「何だ」
「今夜、ミラも役に立った?」
「立った」
「何で?」
「歌った。金属片が反応した。接続の遮断速度が上がった」
「計算で出てるの?」
「出ている」
ミラは少し笑った。「じゃあよかった」
「よかった、という言葉が、お前はよく出てくる」
「そう?」
「難しくないのか」
ミラは図鑑を閉じた。少し考えた。「何が難しいの?」
「よかった、かどうかを判断する基準だ。俺には計算が要る。お前にはないように見える」
「うーん」ミラは首を傾けた。右側に、十五度。「基準はあるよ。ただ、計算じゃないだけ」
「何が基準だ」
「カイが、少し楽そうだったから」
カイは計算機のキーを叩く手が、一度だけ止まった。
「今夜、ずっと難しそうな顔してた。でも、最後に、少しだけ違う顔した」
「どんな顔だ」
「うまく言えない。でも、よかった、ってなる顔だった」
カイはしばらく、画面を見た。
今夜の記録に何を書くか、考えていた。
「カイ」
「何だ」
「今夜、アイの記録が役に立ったんだね」
「そうだ」
「アイは、知ってたのかな。誰かの役に立つって」
「分からない」
「でも残してた」
「残していた」
ミラは図鑑を開いた。百十二頁。白い花。
「あたしも、毎日カイが記録書に書いてくれる。あたしは覚えてないけど、残ってる。なんか、それと似てる気がする」
カイは記録書を開いた。
「……似ているかもしれない」
初めて、その可能性を否定しなかった。記録は残る。残ったものが、いつか誰かに届く。形を変えて、届く。
ミラが笑った。「でしょ」
カイは今夜の記録を書いた。
「電波塔の接続、遮断完了。アイの観測記録が鍵になった。ゼンの右手が、動かなくなるまで動いた。レムの手帳が、三年前を今夜に持ち込んだ。明後日の朝まで、待つ。それまで計算する。先を越されたが、追いついた。今夜は、それで十分だ」
一行空けて。
「ミラが言った。よかった、という言葉の基準は、カイの顔だ、と。記録しておく。理由は分からないが、記録する価値があると思った」
ペンを置いた。
窓の外で、帝都の光がバラバラに瞬いていた。
明後日の朝まで、十三時間。
今夜は、計算を続ける。




