第二十四章 電波塔の夜
翌夜、電波塔の内部確認に向かった。
今夜は五人だった。昨日の四人に、ブラスが加わった。
「報告は受けた」ブラスが言った。「俺が必要だと判断した」
「なぜ」
「電波塔は、外郭がある。物理的な障壁だ。ゼンの右手だけでは突破が難しい場合がある」
ゼンが言った。「俺のことを心配してくれてるのか、ブラス」
「お前のことではない。作戦のことだ」
「そうか」ゼンは少し笑った。「ありがとな」
ブラスは答えなかった。
電波塔は帝都北区画の外縁に立っていた。高さは他の塔より低い。だが、周囲に壁がある。昼間は整備員が出入りする。夜は無人のはずだ。
「壁の構造は」カイが言った。
「設計図によれば、三段構成だ」ブラスが答えた。「外壁、内壁、核への通路。核は地下にある」
「地下」レムが言った。
「電波塔の仕様は地上だが、治安端末との接続部分は地下に埋設されている。禁書の記録と、アイの観測値から推測した」
カイがブラスを見た。「どこで禁書を確認した」
「昨夜、禁書庫に来た。お前が計算している間、棚を漁った」
「ノックはしたか」
「した。返事がなかった」
「返事が来る余裕がなかった」
「分かってる。だから勝手に読んだ」
ミラが言った。「来てたの? 気づかなかった」
「お前は寝ていた」
「そっか」
ブラスは壁に手を当てた。「外壁は越えられる。内壁は、ゼンと俺で対応する。核への通路は、カイが計算機で開く」
「了解した」カイは言った。
五人で動き始めた。
外壁を越えた。内壁に着いた。
ゼンが右手で壁を触った。素材を確かめる。感覚が薄くても、圧力は分かる。
「ここは硬い。前回の施設より、密度が高い」
「越えられるか」
「時間がかかる。正面から解錠した方が早い」
「鍵の構造が分からない」
「レム」ゼンが言った。
レムが前に出た。錠前を確かめる。手帳の観測記録を取り出した。「この型は、三番目の歯が引っかかる。ここを先に解除してから、二番目に入る」
「分かった」
レムが解錠した。四十秒だった。
「速い」ゼンが言った。
「アイが錠前の構造を書いてた。何で書いてたのかは分からないけど」
「残ってたんだな」
「残ってた」
内壁を越えた。通路に入った。地下へ降りる。
音が変わった。
機械音が増える。振動が増える。電波塔特有の、高い周波の振動が体に当たってくる。
ミラが立ち止まった。
「カイ」
「何だ」
「金属片が、今夜一番温かい」
カイは鞄を確かめた。
熱かった。ただ温かいのではなく、明確に熱い。
「核に近い」
「うん。あと、なんか、怒ってる感じがする」
「怒っている?」
「怒ってるっていうか、急いでる感じ。何か、ここにある、って言ってる感じ」
カイは計算機を開いた。地下の通路を進みながら、接続部分の構造を読む。
見えた。
「……ここだ」
通路の突き当たりに、接続架があった。治安端末のハブと、電波塔の制御部が、直接接続されている。設計図にない接続だ。禁書にも詳細は書かれていない。アイの観測記録にあった数値が、この接続部の出力と一致する。
誰かが、意図的に繋いだ。
いつ繋いだのか。誰が命令したのか。
「三年前の接続だ」カイは言った。「ちょうど、アイが観測を始めた時期と重なる」
「アイは、これを見てたのか」レムが言った。
「可能性がある。観測者として、ヴェルタの変化を継続的に確認していた。この接続ができた時、記録した」
「なんで手帳に書いたんだ。レンへの返答の中に」
「分からない。ただ、残した」
レムは手帳を見た。
アイがいた。レンがいた。二人が問いと返答を交わした。その隙間に、アイは観測値を書き込んでいた。誰かが見つけるかもしれない、見つけないかもしれない。それでも残した。
「観測者は、残すんだな」レムは小さく言った。
誰に言ったわけでもなかった。
カイはその言葉を、処理しようとした。
できなかった。処理する前に、何かが動いた。名前のつかない何かが。
「接続を遮断する」カイは言った。「この接続が生きている限り、外部からのアクセスが続く」
「遮断したら、向こうに気づかれるか」ブラスが言った。
「気づく。だが、明後日の変動より前に遮断できれば、経路が使えなくなる」
「明後日の朝まで、何時間ある」
「十四時間だ」
「遮断にかかる時間は」
「計算中だ」
ゼンが言った。「俺は今、何をすべきだ」
「接続架の反対側を抑えてくれ。遮断の際に、バックアップが起動する可能性がある。その経路を物理的に切る必要が出るかもしれない」
「分かった」
ゼンは右手を前に出した。接続架の側面を確かめながら、反対側へ回った。精密な動きではない。だが、確実な動きだった。感覚が薄い右手で、それでも動いていた。
カイは計算機を接続架に繋いだ。
接続構造を読む。遮断のための手順を組む。
三年前の接続を今夜解く。三年間ここにあったものを、今夜終わらせる。
「……始める」
計算機のキーを叩いた。
接続が、揺れた。
バックアップが起動しようとした。
「ゼン」
「見えてる」
ゼンが右手で経路を押さえた。感覚が薄い手で、位置を確認しながら、押さえた。震えている。でも、離れなかった。
計算機の画面で、遮断のコードが流れる。
接続が、弱くなった。
もう少し。
ミラが歌い始めた。
命令したわけではない。ただ、歌い始めた。かすれた声だった。音程が揺れていた。それでも、金属片が答えるように震えた。接続が薄くなる速度が、少しだけ上がった。
「……」
カイは画面を見た。
三年前にアイが観測した接続が、今夜レムの手帳の数値として残っていて、今ここにある。
形を変えて、ここまで届いた。
「完了だ」
接続が、切れた。
静寂が落ちた。
電波塔の高い振動だけが、静かに鳴っていた。
ゼンは、指を離そうとした。
指は、経路に残った。
もう一度、試した。
離す、という指令が、手のどこかで止まっていた。
動かなかった。
動かないな、と思った。
左手で、右手の指を経路から外した。
外された指は、その形のまま動かなかった。
「……終わったか」
「終わった」
「そうか」ゼンは右手を見た。指先は動かなかった。「だいぶ、踏ん張ったな」
「問題なかったか」
「問題はある。右手、もう動かない」ゼンは少し笑った。「でも、それだけだ」
ブラスが言った。「帰ってから手当をする」
「大げさだ」
「大げさではない」カイが言った。「神経への負荷は記録する。セラへの報告書に含める」
ゼンはカイを見た。「……お前、いつからそういう物言いになったんだ」
「何がだ」
「なんか、以前と違う」
カイは答えなかった。
代わりに、計算機を閉じた。
「行くぞ」
五人で、通路を戻った。
ゼンの右手を、誰も触れなかった。でも、全員が少しだけ、ゼンの歩調に合わせて歩いていた。




